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第2話 アラサー、ゴブリンになる

「起きるダッチ!!!」

「ボスの前だっちゃ!! 居眠りしてないで起きるだっちゃ!!」





 ……なんだ? この声は。





 澄奈はゆっくりと目を開けた。


 そこは、薄暗くて埃っぽい、まるで古びた小屋のような空間。


 空気が重く、思わずむせそうになる。

 しかし、もっとおかしいのは——




 何度まばたきしても、“人間”の姿がどこにもない。





 目の前にいるのは、緑色の人外生物たち。


 耳が尖り、腰にはパンツ1枚。


 手には、今にも折れそうな安っぽい棍棒。


 彼らは、澄奈を心配そうに瞬きを繰り返す。


 目も彼女には考えられない大きさで、どこか不気味さと幼い人外生物のようだったので、少し愛らしさを感じた。




 そして気づいた。


 目がやたらと良い。寝る前より、視力が段違いに高くなっている。

 遠くの文字もくっきり読める。




 恐る恐る、澄奈は自分の身体を見下ろす。



 小さな手。尖った爪。くすんだ青色の肌。






 ……まさか。





「これって…まさか、本当に私が雑魚敵になっちゃったっきゅ!?」





 澄奈は大声を出した。語尾が気持ち悪い。もちろん声も自分の声ではない。この世界でもメスなのだろうか。前の世界よりも、少し声が高めである。これが、アニメ声というものなのかもしれない。



  自分の声が、こんなに可愛くなって、少し嬉しくなったりする。





 でも、どうして、朝起きたら突然にゴブリンになったのだろうか。かつての夢だったことが晴れて叶って、興奮が止まらないが、実は夢オチ…なんてこともあり得る。油断してはならない。



 さっきから澄奈にとって、好都合すぎることが起きているからだ。

 



 彼女の周りにいるたくさんの子コブリンは、ゴミをみるかのようにチラと視線が集まった。




「黙れぇぃい!!お前!!!さっきからワシの前で爆睡したり、大声をだしてやかましいヤツじゃなぁぁ!!! 」




 遠くから老いた声が聞こえ、澄奈は身体をビクッとした。見えたのは、他のゴブリンの倍はありそうな巨体のゴブリンだった。


 額には傷跡、手には骨の装飾をまとった杖。


 見るからに“ボス”という風格だ。

 状況が分からないから、しょうがないじゃないかと言いたくなったが、どうやらこの大きいゴブリンがボスっぽいので反論するわけにはいかない。下手すると死んでしまうかもしれないからだ。


 そして、静かに会釈する。





 ボスゴブリンの話を聞きながら、少しずつわかってきた。


 やはり、この世界は、澄奈が深夜に見ていたアニメ、『生まれ変わったら世界を救う勇者になっていたので、ハーレムパーティーを作って無双しようと思います』で間違えない。


 トウマたちが倒していたゴブリンにそっくりだからである。


 働き過ぎで死んだのかもしれない。まさか、あんな一瞬で死ぬとは。



 何事も、無理は禁物だということが知らされる。


 でも今はそんなことどうでもいい。どうやら、今日から働かなくていいみたいだから。


 それだけで、幸せだった。



「聞けぇい!!! ちっせえガキ共!!! 昨夜、ワシらの仲間が次々に死んだ!!!!」


 怒鳴り声が、薄暗い集会所に響き渡る。

 再び、緊張の空気が走った。


 あまりにも埃っぽくて、澄奈は咳き込んだ。


 古びた木の床がギシリと鳴り、粗末な松明の火が、黄緑色のゴブリンの肌を不気味に照らしていた。


 中央に立つのは、顔中しわくちゃの巨大ゴブリン。


 腰にはボロボロの毛皮、手にはやけに立派な鉄の棍棒を持っている。


「やっぱり…最近勢力を上げている、ユウシャという奴らたちに…ピか?」


 子コブリンが、大きな声を上げる。

 声が震え、それに伴って、棍棒を強く握りしめていた。


「他に何があるというんじゃ!!!!」


 ボスが大声を上げる。


 子分は、『ひぃぃぃ…』と怯えた声が重なった。


「とにかく、全ては、親愛なる魔王様のためじゃ。このままだと、成体したヤツらも時間の問題で全滅する…。」





「そこでジャ!!!!今から、チビも突撃するんジャ!!! 」




 その瞬間、空気がカチン凍った。

 暫く間があって、その後、至るところから、絶望の悲鳴と鳴き声が聞こえてくる。突撃…。




 澄奈はその言葉を聞き、絶望ではなく、興奮した。




 突撃できる…。あの勇者たちのパーティーに。


 そして、トウマに、トウマに殺してもらえる…。


 ここは、天国かどうかなのだろうか。

 そう疑いたくなるくらいに、胸の鼓動は収まらなかった。


 トウマの指先から伝わる、あの鋭く、冷気がまとった長剣。

 剣を抜く音を想像しただけ、背筋がゾクリとして、身体が震えた。


 トウマの顔を思い浮かべて、更に楽しみでしょうがなくなる。


 澄奈を愛おしく見る目ではない。ゴミをみるような、ひどく軽蔑する目だ。







「…楽しみだっきゅ。」







 澄奈は、口元を吊り上げ、ゾワゾワと背筋が震えるのを感じながら呟いた。


 思わず漏れたその言葉に、場の空気がピキッと凍りつく。


 異常なのではない。他の雑魚ゴブリンが異常なんだと澄奈は本気で感じている。


「な…なんなんだっピか…。怖いっピよ…。」

「おかしいの。お前…頭おかしいの…。」

「どうしてだっきゅか? 楽しみでもう早く行きたいきゅよ。早く準備するきゅよ。」


 澄奈は、周りの視線なんか一切気にせずに異色の歯茎をむき出しにし、不気味な笑みを浮かべた。


「怖い…気持ち悪いだっし〜!!!!」

「こっちに見ないでっぺ〜!!!」





 本気で引いているモブゴブリン達を見て、勝ち気な表情を浮かべた。




 ぐふふふ。





 これでようやく願いが叶う。


 ずっと願い続けた夢が。


 とはいっても、他の奴らに殺されるのだけはごめんだ。

 私は殺されたいのは、トウマ1人だけなんだから。


 殺されるために、何としてでも死ぬわけにはいけない。

 前世で、あまり運動神経がよくなかったが、推しのためのならなんなりとこなしてやる。





 澄奈は、モワッとした地下洞の中、多大なる期待に胸を膨らませていた。


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