異なる世界、異なる視点
(待て、待て、一旦整理しよう。
俺はバイトの帰りに桟橋から誰かに落とされ、川の中にドボンしたと思ったら絶対に日本じゃないようなトコにいて、目の前には聖職者?二人がいて.........ああダメだ何一つとして情報が処理できない!ゼノスフィア?フェアリス大教会?クオリア王国?うう......脳味噌が超新星爆発を起こすぅ......)
優也はひとまず、この状況を少しだけ受け入れることにした。感覚があるので夢とは思いづらい、かといって死後の世界というわけでもない、ならここは妹の大好きな『異世界』に他ならないのだ、と。
「えっと、ミシェルさん、リステルさん、ありがとうございます。俺は.........た、旅人で、知らないうちに迷い込んでしまったようで......帰る方法を探すまではここに滞在しようと考えています」
とっさについた方便であったが、怪しまれるようなことはないだろう。
「まあ...!そうだったのですね!であれば...確か、冒険者なら無料で利用できる宿があったはずです!」
「冒険者......?」
また聞き慣れない単語だ。
「冒険者というのは、クオリア王国やその周辺に出現する魔物を倒したり、人々のあらゆる依頼を解決する職業です。リステルさんもかつては冒険者でしたね」
「は、はいっ!でもあまり強くなくて......ならばせめて人々のために祈ろう、とシスターになりました......」
聞く限りでは、魔物と戦う危険な職業に思える。しかし、右も左も、何もかもわからない今ならそれを信じてみることに賭けるしかない。この世界の通貨を優也は持っていない、要は一文無しなのだ。無料で使える宿屋があるなら行かない手はない。
「なら、冒険者になろうと思います。登録等はどこでできますかね......?」
「えっと、そこの酒場......【斎刃亭】で初心者冒険者登録ができます。
基本的には人々の依頼を解決することが主な日課となるでしょう。最近は平和ですしね。月に一回は任務を達成しないと除名されてしまうのでご注意を。似たような説明を斎刃亭でもされると思いますので、詳しい話はそちらで」
そう言ってミシェルは前方のレンガ造りの建物を指差す。まさしく酒場、といった感じだ。
「ありがとうございます、何から何まで......」
「いえ......あなたにも、ブワル神のご加護がありますように」
ミシェルは綺麗な顔で目を伏せ祈る。持っているのは十字架だ。しかしキリスト教というわけではないようだ。ひとまず斎刃亭に向かう。
「こちら斎刃亭です!あれ、見ない顔ですね、新顔さんですか?」
斎刃亭のカウンターには炎のような色の髪をしたウェイター姿の青年がいた。見間違いではない、彼には......狼のしっぽと耳がある!
「あれ、狼の獣人を見るのは初めてですか?ボクはこの斎刃亭の受付をしています、カーリィ•バウルと申します!要件はなんでしょうか?」
カーリィと名乗る青年は耳をぴょこぴょこさせ尋ねる。
「あ、俺は大桐優也です......冒険者登録ってここでできますかね?」
「はいっ!まずはお名前......ってさっき聞いた!オオギリユウヤさん!うーん不思議な名前ですね!」
「えっと...ユウヤ、で大丈夫です」
そう伝えると、「わっかりましたー!」という返事と共にペンが紙の上を走り出す。高価とは言えないだろうが、それなりの価値がありそうな羽根ペンだ。
「お次は......年齢と血液型を教えてもらえますか?」
「22...いえ、23です、O型です」
実際は誕生日は1日後なのだが、まあこのくらいサバ読んでも変わらないだろうというのがこの時の優也の考えだった。ペンはその走りを止めない。
「最後に......魔物との戦闘経験はありますか?」
予期せぬ質問だった。
「い、いえ...」
魔物とやらを見たこともない。そもそも実在すら疑っている。
「なるほどなるほど......では、登録後に簡単な研修を受けてもらうことになりまーす!研修は明日ありますので、本日は宿屋でお休みください!登録手続きはこちらで進めますので!」
そう言うとカーリィは鼻歌を歌いながら店の奥へと消えた。宿屋......と言われても異世界の土地勘なんて優也にあるはずもないので地道な聞き込みで探し出すしかない。近くにはあるだろうが......。
それにしても、本当に慣れない風景だ。
街の人々は皆髪の色が独特だし甲冑を着ている者もいる。なんなら人間か怪しい姿の者もそこらじゅうにいる。改めて、本当に異世界に来てしまったのだ、と感じた。あんなに異世界に興味を示していた妹ではなく何故自分が...そもそも誰が俺を突き落とした?日本語が通じる理由は?斎刃亭という名前も、この世界とどこかミスマッチしているように感じる...。優也の思案は尽きることがなかった。自分の頭だけで展開されている疑問に答えが出るはずもなく、気づけば宿屋の前であった。
「......俺、帰れるのかな......」
脳裏に浮かんだたった一人の家族への心配が、いつまでも優也につきまとう。
ーーー俺がいなくなった時用に、レシピ本とか残しとけばよかったかな...。
「きっと、考えても何も変わらないんだろうな」
今日はもう休もう。
探索とか研修とか、今は一旦気持ちを落ち着かせるために忘れよう。
優也はドアを開いた。
このドアを開くことが、いずれ問題の解決に繋がることを祈って。
かつて世界には 真祖と呼ばれる存在がいた
炎の真祖インセイン
水の真祖ヴィヴァーチェ
風の真祖フリーク
光の真祖ブワル
闇の真祖エルシア
彼らは強大な力を持っていたが
真祖のうち一人が この世界に牙を剥いた
他の真祖は 裏切り者を封印したのち
二度と人間に干渉しないと誓った
この裏切り者が誰かは不明だ
後の研究で 明かされることを願う
ーーー王立図書館 『黎明の書』1章