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応援団長、なりたい人ー?

チリン――。


 風鈴が、小さく鳴いた。

 中三の蒼空は、布団の上に寝転びながら、その音をぼんやりと聞いていた。


 窓は半分だけ開け放たれていて、朝の風がカーテンをふわりと揺らす。風鈴はそのたびに涼しげな音を響かせて、蒼空の耳に心地よく届いた。


 気がつけば、夏休みはもう終わっていた。宿題も、なんだかんだでギリギリになって片づけて。

 プールも祭りも、楽しかった記憶もあるけど、今思えば、そんなに特別な夏じゃなかった気もする。


 “いつもの夏だったな”って。

 そんなふうに、ちょっとだけ寂しい気持ちになっていた。


「そらー!早く起きないと本当に遅れるよー!」


 階下から母の声が響く。

 返事の代わりに「はーい」と声を張るのが面倒で、枕を頭に乗せたまま蒼空は伸びをした。


「……はぁ、だりぃ」


 そんなことを呟きながら、制服に袖を通す。

 ポケットには去年のままのプリントがくしゃくしゃになって入っていた。

 脱ぎっぱなしの体操服を母に怒られてランドセルに詰め込んだ頃が、なぜか少し懐かしい。


 “中学生”っていうのが、クラスで1軍のくせに、いまだにちょっとだけ自分に馴染まない。


 けれど、今日もまた始まる。

 変わらない毎日。

 何も起こらない、平凡な朝だと思っていた。


「で、そら、お前夏休み何してた?」


 登校中、隣を歩く中嶋祐太郎がそう聞いてきた。

 制服のシャツをちょっとだけはだけさせて、相変わらずだらしない。


「え? あー……特になんも」


「だろうな。お前の“特になんも”って顔してたもん」


「おい、どんな顔だよそれ」


 小さく笑い合う。

 そんな他愛もない会話が、蒼空にとっては一番落ち着く。


 中嶋祐太郎。いつも適当だけどで、なんだかんだ優しいやつ。

そして教室に入ると、すぐに井賀睛が教卓のあたりに座ってゲームの話をしていた。

「……でさー! 結局ラスボス瞬殺だったんだけど、俺すごくね?」

「その話、3回目な」

 祐太郎が軽くツッコむと、睛はムッとした顔で

「いや今回はちゃんとオチまで聞いてよ」とか言って笑いあった。

そんな風に、教室は今日も変わらず、騒がしかった。


 チャイムが鳴って、ホームルームが始まる。

 担任の常安先生は、いつものように早口で大きな声で出欠を取り終えると、ふと、こんなことを言い出した。

「じゃあ次……運動会の応援団、決めちゃおうか。団長、やってみたい人ー?」


 その一言で、教室の空気がピタッと止まった。

 ざわついていた声が消え、まるで誰かがリモコンで“無音”ボタンを押したみたいだった。

 蒼空もまた、机の上で固まった。

「……いない?」


 先生がちらりとクラスを見回す。

 誰も手を挙げない。祐太郎は机に突っ伏し、睛は興味なさそうに窓の外を見ていた。


 (ま、そうなるよな)

 蒼空は、そう思った。

「じゃあ……明日までに決めてきて。誰もいなかったら、指名しちゃうからねー!」


どっと笑いが起きる。

 蒼空も、前の席の祐太郎の背中を軽く叩いて笑った。


「ほら、祐太郎!お前、そういうの向いてるっしょ!」


「絶対イヤだわ、そらがやれって。顔だけなら団長クラスだろ」


「顔だけってなんだよ、褒めてんのかそれ?」


 そんなふうに、教室の空気は元に戻ったように見えた。

 でも――蒼空の心の奥には、妙なモヤモヤが残っていた。



 放課後。昇降口で靴を履いていると、井賀

睛が横から声をかけてきた。


「今針、お前やれば? 団長」


「え、俺? なんでよ」


「いや、あの場で笑いとれるやつ他にいなかったし、声デカいし、あと女子受けよさそうだし笑?」


「それ言ったらお前も声デカいし、クセつよいじゃん」


「クセつよいは褒めてねぇ!」


 二人で笑いながら歩き出す。


 外はまだ蒸し暑くて、蝉の声が耳にまとわりついた。

 でも蒼空の頭の中には、さっきの「団長やりたい人ー?」という声が、ずっとリピートしていた。

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