第2話 家事の時間
家事とは、家庭生活を営むための仕事のことである。炊事、洗濯、掃除など様々なことがある。ことに育児中は子供の世話も家事に入ると考える。
国の調査では、夫婦の家事分担の割合は、夫と妻が1対9の割合が最も多いらしい。これは一般的に妻の方が早く帰宅し、夫の方が帰宅が遅いという実態も影響しているのかもしれない。夫は正社員で、妻はパートという場合もあるだろう。調査の結果からみると、もっと男性が頑張らないといけないという結果になるだろうか。
しかし、夫婦とも同職の場合、どちらが先に帰宅できるかは分からない。夫が先に帰宅する場合は、やはり夫の方が家事を多く分担すべきであろう。
「パパ、おかえり。」ポケットから出した鍵で玄関のドアを開けると、妻の由加里の声がリビングから聞こえる。由加里も小学校教員だが、現在は3女の七海の育児休暇中である。子供たち2人と玄関に入った俊介は、長女の水葉に「おうちに入ったら鍵をかけようね。」と声をかけ、2つのシリンダー錠を回させようとした。「詩帆ちゃんもやるー。」と次女の詩帆がすかさず声を上げる。2人に1つずつ鍵を回させた俊介は、子供たちと共に靴を靴箱に入れ、リュックサックを片方の肩に掛けると、2人の子供と一緒にリビングに向かう。
リビングの引き戸を開けると、キッチンで夕食の用意をしている由加里の笑顔が目に飛び込んでくる。「ママ、ただいまー。」保育園から帰った2人の子供たちが、勢いよく由加里の方に走っていく。おいしそうなスパイスの匂いがリビングには立ち込めていた。「今日はカレーだよ。」と、2人の子供たちが足元にじゃれつく中、IHクッキングヒーターの前で由加里がカレールーを溶かしながら言った。「七海は?」俊介はジャケットを脱いでリビングの椅子の背に掛けながら由加里に聞いた。「さっきおっぱいあげたんだ。今は和室で寝てるよ。」と由加里はおたまと菜箸を置き、足元の2人の子どもを立ったまま抱きしめながら言った。「2人とも手を洗って、着替えてきなさい。」由加里は子供たちにやさしくいうと、既に作ってあった付け合わせのサラダを冷蔵庫から出して、カウンターに出した。「今日はどうだった?」の由加里の問いかけに、俊介は「今日もなかなか疲れたよ。」と子供たちとサニタリールームで手を洗いながら壁越しに答えた。
「七海、ただいま。」と和室の赤ちゃん用の小さなふとんで寝ている三女の七海の様子を見た俊介は、子供たちと服を部屋着に着替えてリビングルームに戻った。俊介はキッチンの吊戸棚からグラスと子供用のコップを重ねて取ると、リビングの机の上に並べた。子供たちはリビングのソファーに飛び乗り、テレビのスイッチを入れる。「今日も夕食ありがとう。」と俊介は由加里に気づかいの声をかけながら、対面カウンターの上からスプーンやサラダ、取り皿をテーブルの上に下ろしていく。「今日はさえちんとみもりんがうちに来てたんだ。」とお皿にご飯をよそいながら、由加里が言った。「そうなんだ。楽しかった?」と俊介はソファーの近くに歩み寄り、アニメを見ようとリモコン操作に夢中の2人の頭や頬を撫でながら聞いた。「楽しかったよ。七海とそうたんとえみりんと3人で撮った写真あるから、あとで送るね。」カレールーをよそってカウンターに置きながら由加里は答えた。俊介は置かれたカレーをテーブルに並べていく。「水葉、詩帆、ご飯だよ。」と由加里は2人の子供たちの声をかけると、エプロンを外しながらリビングに歩いてきた。子供たちはテレビを消すと、「カレーだー。」と我先に席に着く。カレーの匂いには誰しも逆らえない。俊介も席に座った。
俊介の家では、食事中テレビをつけない。俊介の実家ではテレビを見ながら食事をする習慣があったが、由加里の「食事中は家族の会話を大切にしたい」という考えで結婚してからは食事中テレビを見ないようにしている。もちろん由加里も俊介も見たい番組は録画はしているが。サラダボウルからサラダを取り皿によそいながら、由加里は「今日さえちんにみかんをもらったんだよ。実家から送ってもらったんだって。」と俊介に告げた。よく見るとキッチンの奥にミカンが入っているらしい紙袋が見えた。「それはさえさんところに気をつかわせたね。」と俊介は答えた。「パパ、早く食べようよ。」と水葉が足をバタつかせながら言う。詩帆も姉の真似をする。
俊介は由加里の隣のいつもの席に腰を下ろし、みんなで「いただきます」をした。トロトロのタマネギがうまい。牛肉ではなく豚肉なのが、由加里のカレーの特徴だ。由加里はコーヒーやらヨーグルトやら、りんごやら、やたらと隠し味にもこだわっている。子供たちとの会話を楽しみながらあっという間にカレーライスとサラダを平らげた俊介は、まだ食べている3人を横目に自分皿を対面カウンターに載せると、席を立ってキッチンに向かった。夕食の片づけは俊介の仕事なのだ。俊介は由加里が産休・育休に入る前は夕食の担当であった。朝食と洗濯は由加里、夕食と掃除は俊介の担当だ。今は由加里が育休中なのでほとんど由加里がやってくれているが、少しでも家事を分担したいという俊介の提案で、夕食の片づけは俊介が行うのだ。
夕食が終わり、由加里と子供たちはお風呂に入っている。俊介は洗い物を手早く終えると、クレンザーを使ってシンクの掃除を始めた。ハイターでふきんもつけ置きにする。子供たちがお風呂から出ると、俊介はバスタオルで子供たちの体を丁寧に拭くと、和室で着替えを見守る。そうこうしているうちに由加里がお風呂から出てくる。入れ違いに今度は俊介がお風呂に入る。七海をお風呂に入れるのだ。体を洗い、髪や顔を洗って湯船につかると、風呂の壁面にある給湯機に付いているリモコンの会話ボタンを押して、七海を連れてくるように由加里に促す。七海は湯船の中で石鹸を使って洗うので一番最後なのだ。寝起きの七海は少し機嫌が悪く最初はぐずっていたが、温かい湯船に全身が浸るとすぐにおとなしくなって、心地よさそうな穏やかな表情になった。七海を洗った俊介は、再びリモコンの会話ボタンを押して七海を由加里に渡すと、浴槽の栓を抜き、スポンジを使って浴室の掃除を始めた。入った後すぐに風呂掃除をするのが俊介の家のスタイルだ。なぜなら、この後由加里が洗濯をして、洗濯物を浴室で干すからだ。
お風呂から上がった俊介は、寝間着に着替えると、子供たちに声をかけて歯磨きをする。時計の針は午後8時30分少し前だ。最近は午後9時前には子供たちを寝かしつけるために2階の寝室に入っている俊介であった。子供たちを寝かしつけるのは俊介の分担だ。お風呂が終わると由加里はテレビや動画視聴、オンラインゲームなどの自分の時間になる。昼間ずっと七海のお世話をしている由加里のストレスが溜まらないように俊介がそのようにしたのだ。子供たちがママと寝たいというと、由加里は俊介と共に子供たちを寝かしつけた後に自分の時間を取るようにしている。
子供たちに絵本を読み聞かせながら俊介は仕事の疲れもあってそのまま寝てしまいそうになる。子供たちの目がとろんとなって、だんだん瞼が閉じていく。やがて寝息を立て始めた子供たちの横で俊介は静かに目を閉じると、今夜の別の仕事の段取りを始める。今夜は簡単に片付きそうだが、さてどうしよう。
子供というものはとても良い匂いがする。子供の笑顔はこの世で最も尊いものである。少子高齢化の今の日本。子育ては大変であるが、苦労の中に喜びも多い。できることなら、ぜひ子供を産んで育てていただきたいと思う。