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短編小説

【新作パロディ落語】春の海

作者: 歌池 聡


※本羽香那様主催「一足先の春の詩歌企画」参加作品です。


使用した俳句

・菜の花や月は東に日は西に(与謝蕪村)

・春の海ひねもすのたりのたりかな(与謝蕪村)



 落語の世界ではよく、『知ったかぶり』な人の(はなし)がございますな。


 まあ、人間、偉くなったり歳を重ねてきたりして、『あの人はさすがに物知りだねぇ』『頼りになるなぁ』なんて言われるようになると、見栄とか体裁が気になってくるものでして。

 なかなか素直に「それは知らないよ」とは言えなくなるもんです。


 ──でも逆に偉くなり過ぎちまうと、今度は知っているはずのことを「記憶にありません」なんて臆面もなく言い切れちゃうんですから、人ってのは不思議なものですな。






「ご隠居さん、こんちは!」

「おお、熊さんか、久しいね。まあ、こっちへお上がり。

 無事に男の子が生まれたんだって? ウワサで聞いたよ」

「ああ、安産のお守りとかもいただいちまって、ありがとうごぜぇやした。

 おかげ様で、かかぁも坊主も元気でして。これでおいらもようやく『人の親』でさぁ」

「よかったねぇ。おめでとうさん。これからも頑張んなさいよ」

「へい」 


「ところで熊さん、今日はどうしたんだい?」

「いえね、以前ご隠居さんに言われたじゃないですか。『お前さんももうすぐ父親になるんだから、少しは教養を身に付けた方がいい』って。

 まあ確かに、ガキに学問の事を訊かれて何も答えられないってのも、格好つかないですからね。ちったぁ勉強するようにしてるんすよ」

「ほう。そいつはいい心がけだね」

「とはいえ、長い物語とか読んでも眠くなっちまうもんでね。まずは短いものからってことで、今は俳句とか和歌を勉強してまして」

「へぇ、お前さんがねぇ。で、どうなんだい?」

「いや、やってみると意外と面白いもんですねぇ。あんな短ぇのに、読んだだけでぱぁっと景色が目に浮かぶようなものもあって。

 ええと、『菜の花や月は東に日は西に』──これなんかは、おいらでもいっぺんで覚えちまいましたよ」

「ほう、なかなか大したもんだね」

「ただ、ちょっと意味がわからないものもありまして。どうにも気になってしょうがないんで、ご隠居さんに教えてもらおうと思って来たんですよ (帳面に見立てた手拭いをふところから出して差し出す仕草)」


「どれどれ? (それを受け取って読む仕草) ええと、何なに?──『春の海ひねもすのたりのたりかな』?」

「この『ひねもす』ってのが何だかわからないんで、全体の意味がわからねぇんですよ。

 ご隠居さん、ここはひとつ、教えてもらえねぇですか?」






 さあ、困った。

 ご隠居さん、歳のせいかどうもこのところ物忘れがひどい。この俳句は確かに知っているものの、その『ひねもす』の意味をど忘れしてしまって、なかなか思い出せない。

 本当は『朝から夕方まで』とか『一日中』って意味なんですが、普段から使うような言い方じゃないですからね。

 まさか、こんな有名な俳句の意味を知らないなんて答えるわけにもいかない。ご隠居さん、必死になって頭を働かせるんですが──。


「あー、でもこの『ひねもす』っての、変な言葉ですよね。日本語らしくないっていうか──なんだか外人の名前っぽいですよねぇ」


 また熊さんが余計なひとことを言ったりするもんだから、どうしたって考えがそっちの方に引っ張られてしまいます。

 そろそろ何か答えないわけにもいかない。あせればあせるほど、頭の中では会ったこともない謎の外人さんたちの顔がぐるぐる回って、まるで考えがまとまらない。そして、苦し紛れにご隠居さんが口にした言葉が──。


「そう、この『ヒネモス』というのは──メ、メキシコ人の名前だ」

「はぁっ!? メキシコ人!? 何で春の海とメキシコ人が関係あるんですか!?」


 一度口にしてしまった以上、言い直すわけにもいきません。ご隠居さん、思いつくままにデタラメを話し始めます。


「熊さん、この『春の海』ってのを文字通りに春の海のことだと思ってるだろ。そうじゃない。この『春の海』っていうのは、大昔のめっぽう強かった相撲取りの名前だ」

「えっ、そうなんすか?」

「そして、このヒネモスってのも、メキシコの伝説的な覆面プロレスラーでな」

「これって力士とレスラーの俳句なんですか!?」


 もうこうなっては引っ込みがつきません。ご隠居さん、破れかぶれでどんどん嘘に嘘を重ねていきます。


「メキシコのレスラーといえば、身軽さを活かした『空中殺法』が得意だ。だが、空中にいる間は踏ん張ることも出来ないので、力士の張り手が当たってしまったら、もう簡単に吹き飛ばされてしまう。

 一方、力士の方も身体が地面に着いたら負けなので、寝技に持ち込まれるわけにはいかない。

 そういうわけでこの二人の対戦は、お互いにうかつに先手を取りに行けないので、なかなか動きがない。にらみ合うだけの時間ばかりが続くので、見ている方もじれったくなってきてしまう。

 そういう気持ちを『のたりのたりかな』と表現しているわけだ」

「へぇぇ、そうなんだ! さすが御隠居さん、物知りですねぇ!

 ────あれ、でも何だかおかしくないですか? この二人って生きてた時代も違うんでしょ。それに、レスラーと力士が戦うなんてあり得ないんじゃねぇですか?」


「あ、いやだから、もし戦ったらどうなるのかと想像して詠んだ俳句なんだよ。

 ほら、最後が疑問形で終わってるだろ?

『春の海ヒネモスのたりのたり()()()』ってな」






 はい、お後がよろしいようで。

 


元ネタは古典落語の『千早振る』です。


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― 新着の感想 ―
 おっ、新作落語発見♪ しかも脚本形式! おかげさまでアイデアが浮かびましたので、ひとつ書いてみようかと思います。
流石の業前に脱帽です♪
 コメディなコミック仕立てで……幼児二人に、「ひねもす」は妖怪で、春に、妖怪ひねもすが、のたり、のたり、とやってくるのだと……。  幼児二人が、春は妖怪「ひねもす」がくるー><と、怖がってるのを、はる…
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