記世子、宇宙人のオフ会に参加する4
明日、今日と同じ時間帯に二話あげます。今回の話はそれで終了です。
「……私、本名言っちゃいました」
「本名……。あんたまさか……。いや、そんな馬鹿な」
蛇池は顎に手を当て俯き何やら考えているようだ。残念ながら私は記世子以外の思考は感じることは出来ないので、今の蛇池が何を思案しているのかはわからない。
「あんたさ。今日何のオフ会に出席した気でいる?」
「何って……宇宙人研究会ですよね?」
「……違う。今日のオフ会は地球人研究会のオフ会だ」
「は? 地球人?」
蛇池の言葉に私は得心が言った。思えば受付にいた店員は確かに「宇宙人研究会」と言った記世子に対して「地球人研究会ですね」と言っていた。きっと店員の勘違いだろうと迂闊にも断定しまった私のミスである。あの時に私が二つの言葉の違いを気に留めていたら、様々な偶然を駆使して記世子が本来出席するはずだった「宇宙人研究会」のオフ会に参加させることが出来たというのに。
「あんた……今日急な仕事が入って来られなくなった筈のネットネーム【ピンカラキリカ】さんじゃないのか?」
「……違います。私のネットネームは【キヨ】です」
「マジか……」
何やら衝撃を受けたらしい蛇池が床にしゃがみこんだ。しかししばらくそうしていたかと思えばそれからすぐにスッと立ち上がると、記世子の両肩に手を置いて真剣な表情で記世子を見つめた。蛇に似ていると思っていたが、蛇池は近くで見ると意外と整った顔をしていた。そんな蛇池に見つめられ、記世子の感情が高ぶったのが私にも伝わって来た。
「あんた、もう帰れ。他の皆には適当に言っとくから」
「え、でも帰れって……」
「今日のことは忘れろ。いいな」
「そんなこと言ったって……」
「ここはあんたが来たかったオフ会じゃない。間違いだ」
「でも! 店員さんにこの部屋だって案内されたんですよ!」
「……ああ。間違ったんだろうな。同じ日に宇宙人研究会と地球人研究会なんてオフ会が偶然同じカラオケ店であったから」
「……え? じゃあ、私本来行くはずだったオフ会ドタキャンしたことになるんですか?」
「だろうな」
「うそー!」
「な、もういいから帰れ。いや……心配だから俺が家まで送って行ってやる」
「え? だってそっちの方が……」
「俺は警察だ」
そう言って蛇池はジャケット内側の胸ポケットから警察手帳を取り出した。
「警察……。でも、まだそんなに遅くないし一人でも帰れますよ?」
記世子は全く疑ってはいないようだが、警察だからといって無条件に信じられるものではないし、その警察手帳が本物であるという確証もない。それに例え本物であったとしても、宇宙人になりきる警察というのもまたある意味心配である。
「……俺以外にもあんたに疑いをもった奴がいないとは言い切れない。友好的な奴ばかりじゃないんだ。あんた荷物持って来てるよな? 残った人達には申し訳ないがこのまま帰るとメールで連絡を入れとこう」
どうやら宇宙人設定はまだ続くらしい。だがどうもこの蛇池という男、嘘をついている様子には見えないし邪な印象も全く受けないのである。唯一疑わしいところは記世子を送っていくという考えに至ったその理由だけであるが、警戒対象が強盗だろうが宇宙人だろうがやることは変わりない。記世子が守られるならば私はそれで良いのだ。
それに万が一蛇池も記世子に気があるとしたら、心配だからという理由をつけているだけという可能性もなきにしもあらずなのである。
かくして、腑に落ちきらない何かはあったが結局私はこの風変わりな男に記世子を任せることにした。
「じゃあ……お願いします」
私は今、夜の街を並んで歩き出した記世子と蛇池を少し離れた位置から見守っている。どうやら記世子が蛇池に対し特別な感情を持ったようなので、一応気を使ってみたのだ。だがどれだけ離れていようと記世子の感情は守護霊である私に伝わって来るものだ。
記世子は今蛇池に対して確実に胸を高鳴らせていた。男にあまり免疫のない記世子は意外にも整っていた蛇池の顔と記世子を心配して家まで送ってくれるという紳士な態度にコロッとやられてしまったらしい。自らを宇宙人などと称する男に対して胸をときめかせるとはチョロいにも程がある。
蛇池本人がはっきりと自分は宇宙人であると言ったわけではないが、あの集まりにいたということはまあそういうことなのだろう。だが悪い男ではないようなので今のところは放置しておく。
「あ、あの。蛇池さん」
「なんだ」
「あの集まりって……」
「忘れろって言っただろ。あんたが行くはずだった宇宙人研究会と同じようなものだ」
「でも地球人の研究って……」
「別におかしくないだろ。人類学という学問があるんだ。言い方を変えただけだ」
ふむ。確かに自らが属する種族を研究する者たちはいるし、その研究自体は非常に有意義なものだ。広大な宇宙の中に存在する地球という星に住む一種族として自らを地球人と名乗るユーモアもまあわかる。だがどうにも誤魔化されているような気がしないでもない。
その後二人の会話は途切れないまでも特に弾むこともなく、ついに記世子の借りている部屋の近くの人通りの少ない道までやってきた。そこで記世子は一旦足を止め、蛇池に向き直った。
「あの、私の家もうすぐそこなので……」
「部屋の前まで送るよ」
蛇池にそう言われた記世子は若干逡巡してみせた後「すみません」と言い、頬をわずかに赤くしてはにかむような笑顔を見せた。何かを期待しているのかも知れないがおそらく蛇池にはそのような下心はないであろう。
蛇池はここに来るまでの間常に周囲を警戒していた。警察官としての職務に熱心であるのか、はたまた本当に記世子に危機が迫っているとでも思っているのか。
再び二人が歩き出し、電信柱に括りつけられた外灯の下に設置された時々記世子が世話になっている見慣れた自動販売機の前を通り過ぎた時、私は前方の暗がりに何者かがいることに気が付いた。まだ姿は見えないが異様な気配だけは嫌でも伝わってくる。私は身構えたが同じように蛇池も記世子を庇うような態度を見せた。
するとその暗がりの中から、何らかの感情を押し殺したような声だけが聴こえてきた。
「心配して家まで送るなんて……やっぱり、その女俺たちの仲間じゃないんだな。本当に宇宙人なら、いくら夜だからってこんな平和な星で帰りの心配なんてするわけないもんなあ」
突然聞こえてきた第三者の声には明らかな悪意が籠もっていた。その暗がりに潜んでいた者は、ヌチャヌチャと言う音を響かせながら、一歩こちらに向かって近づいてきた。
その一歩で外灯と自動販売機の灯りに照らされたのはほんの足先だけだったが、数え切れないほどの本数が見て取れた。それがうねうねと四方八方に伸ばされている。どう見ても人間ではない。これはどうやら蛇池の心配が当たっていたようである。