記世子、宇宙人のオフ会に参加する3
夜八時にもう一話。
「皆地球での生活はどうだい? 何か困ったことは?」
唐突に不可思議なことを聞いてきた山田に、私は首を傾げた。言葉選びがおかしい。それぞれの生活圏でのことを聞きたいのなら地球では規模が大きすぎる。記世子の様子を窺えば記世子も山田の言葉を理解しかねているらしい。だが他の者にとってはそんな山田の言葉は想定内のものらしかった。
「まずまずね。上手くやっていると思うわ」
疋田がビールをぐいっと一口飲んだあとにそう答えた。
疋田の言葉を皮切りに、皆どんどん自分たちの生活を語り出した。
「僕も特に困ったことはありませんね。強いて言えば環境汚染だけはどうにかしてもらいたいですが、それにはまだまだ時間がかかりそうですしね。まあ、地球人は僕達から見るとだいぶ遅れていますから」
画面越しの海老原が眼鏡を人差し指で持ち上げながら言った。だいぶ上から目線である。
「俺も特にはないかな」
同じく画面越しに可児が言った。どうやら可児は画面の向こう側でビールを飲んでいるらしい。いつから飲んでいたのかは知らないがすでに顔が真っ赤である。
「蛇池君はどうだい?」
山田から問われた蛇池が「俺もないですね」と答えた。
「落合さんは?」
最後に記世子に順番が回って来た。話を振られた記世子はすでにたじたじだ。最初に投げかけられた山田の言葉を今ひとつ理解していないらしい。だがそれは私も同じだった。それでも何も答えないというわけにはいかないだろう。ここは適当に話を合わせるしかあるまい。
「えっと……。私も大丈夫です」
記世子も無難な答えを返すにとどめたらしい。賢明な判断である。
「そうか。それは良かった。僕達宇宙人がこの辺境の星で生活していくには大変なことも多々あるだろう。困ったことがあったら何でも言ってほしい。僕はもう地球に来て長いからね。結婚し、地球人との間に子どもも出来た。子どもは銀河法に乗っ取って成人したら地球籍を持つ宇宙人として銀河連邦に登録されることになる。もし君たちも地球人を伴侶に選ぶようなことがあれば、その時は相談に乗るよ」
山田の言葉に可児が「地球人と結婚か……。俺は難しいかな」などと言っている。疋田は曖昧に笑っており蛇池は特に表情を変えていない。そんななか海老原が「実は、気になっている地球人がいまして……」などと酒を飲んでいるわけでもないだろうに顔を赤くしながら恥ずかしそうに切り出していた。
なるほど。今日のオフ会は参加者全員宇宙人になりきる趣向らしい。納得した。だが私は納得したが記世子を見てみれば目を見開いたまま唇は笑みの形で固まっているし、何となく顔色が悪い。こういった人種の集まりで無難に場をやり過ごすには、記世子は真面目すぎるのだ。
私が急な腹痛でも起こさせて記世子を家に帰した方がいいだろうかと思案していると、記世子自身もよおしたと言って部屋から一時撤退することに成功した。もちろん私も後に付いていく。何処へなりともついていくのが守護霊というものである。
トイレに入った記世子は鏡に映る自分の顔を見て溜息を吐いた。どうも今日のオフ会は記世子が思っていたものと違ったらしい。私もあの趣向には少々面食らった。いくら宇宙人が好きな人種の集まりとはいえ、自らを宇宙人に見立てて会話をするなどかなり上級の趣向であろう。たまたま面白そうな会を見つけて好奇心から入会しただけの記世子には、どだい無理な話なのだ。
記世子もそう思ったのか鏡に映る己に向かって「よし! 用事が出来たってことにして帰ろう!」などと言いつつ握りこぶしを作っている。
とりあえずトイレに来たのであるからと、用を済ませた記世子がトイレから出ると、なんとそこには蛇池が立っていた。これは明らかに記世子を待ち伏せしていた様子である。
座っていた時には気付かなかったが、蛇池は意外と背が高かった。そして筋肉質である。狼狽えている記世子に対し、蛇池がかがむようにして顔を寄せた。
「なあ、あんた。あんたどこの星の奴だ?」
どこの星と蛇池に聞かれた記世子は言葉に詰まっていた。蛇池のこの言葉、これはあの趣向を続けていると考えて良いのだろうか。ならば記世子は地球産なのだから地球人であると答えればよい。というよりはそう答えるしかないだろう。それとも普段の彼らとの会話に出てくるようなシリウスだとかアンタレスだとかの星の住人を名乗ればいいのだろうか。私にはまったく分かりかねる。
「えっと……地球人です! 地球だって宇宙に浮かんでいるんだから宇宙人てことでいいですよね!」
記世子の言葉に蛇池が呆気にとられたように蛇のような印象を受ける三白眼を見開いた。ちなみに記世子が私が考えていたことと同じ言葉を言ったのは、守護霊の考えや思考はひらめきという形で守護する者に伝わる時があるからである。
「……冗談か?」
「いえ、真剣ですけど……」
二人とも無言になった。その沈黙を何となく腹立たしく感じたのだろう、記世子がいつになくきつい口調で蛇池に迫った。
「あの……、今日のオフ会の趣向って、最初から決まっていたんですか?」
「趣向?」
「宇宙人になりきるっていう……」
「なりきるだって?」
蛇池が記世子の言葉に眉を顰めた。
「いきなりだったから私なんの準備も出来なくて……。皆さんに比べて宇宙人のことにもあまり詳しくないし……。でも事前に知っていたらもっと宇宙人らしく振舞えたと思うんですよ!」
もし事前に知っていたら記世子はおそらく参加を見送ったであろうが、普段よく友人らになごみ系と言われている記世子にしては珍しく、この時ばかりはその太い眉と多少垂れている目を吊り上げて精一杯怒りを表現していた。きっと仲間はずれにされたような気がしたのであろう。記世子は繊細なのである。
「……あのさ。マジで何言ってんだ?」
「え? あれ? そういう趣向なんじゃないんですか? 今日のオフ会って」
記世子の言葉に蛇池は片手で頭を抱えて唸り出した。何やら話の雲行きがおかしくなってきたようである。
「マジかあ。何でこんな奴が混じってんだよ……」
それはあんまりな言い方ではないかと、私は目の前にいる男に怒りを覚えた。確かに記世子はドジで間が悪く不器用だが心根の優しい娘だ。宇宙人になりきりオフ会をする人間たちを相手に、礼節を持って接するだけの広い心も持っている。
記世子も先ほどの蛇池の言葉をあまりの言いぐさだと思ったのか、反論していた。
「そ、そりゃ! 皆さんに比べて知識も経験もありませんけど……! それでもいいよって言ってくれたのは主催者のシリウスさんですよ!」
「シリウス?」
「山田さんのネットネームじゃないですか!」
「はあ?」
「それに、皆さんここでは本名名乗ってますけど、誰も普段使っているネットネーム言ってくれないし、研究会に入ったばかりの私には誰が誰だかわからないんですよ!」
「……ちょっと待て。確かにネット上では皆別の名前だが、今日名乗った名だって本名じゃないだろ」
「え? もしかしてネットネームとはまた別の偽名使ってるってことですか?」
「そりゃそうだろ」
蛇池の答えを聞いた記世子の顔色が変わった。