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記世子、宇宙人のオフ会に参加する1

妙ちくりんな話ですが、お付き合いくださる方はどうぞよろしくお願いします。夜にもう一話あげます。



 二〇二X年四月○日水曜日。記世子七時半起床。


 今日は休日であるため記世子(きよこ)は普段より三十分遅い朝七時半に起床し、朝食の準備を済ませ八時十五分にはワンルームに置いてある一人用の小さなテーブルに皿を並べ食事を開始した。


「ふんふんふ~ん。ふふん、ふ~ん」


 ニマニマとした喜色の悪い笑みを浮かべ下手な鼻歌を口ずさみながら、記世子が皿の上の目玉焼きに醤油をかけ、箸で切り取った一欠を口に含んだ。


 ちなみに今日の朝食の詳細は白飯一杯。主菜は目玉焼きのカリカリハム乗せ。副菜はきゅうりと赤大根の浅漬け。汁物は人参大根白菜牛蒡の具沢山味噌汁。多少たんぱく質が足りていない気がするが、代わりに野菜が多く取れているので良しとする。


「ふんふんふ~ん。むーん、美味しい」


 独り言を言いながら食事をするのは記世子の癖である。緩み切った口をもぐもぐと動かすという器用な真似をしながら、記世子は今度は目玉焼きと一緒にカリカリに焼いたハムを口に含んだ。




 申し遅れたが私は記世子の守護霊である。記世子は私から数えて七代後の子孫にあたるのだが、私が守護霊となった経緯については話せば長くなるので割愛する。


 私が守護するこの記世子という娘は気立てが良く優しい娘であるが如何せんドジで抜けている。そしてほんの少しだけ残念気質である。


 可愛らしい顔をしているというのに太い眉がその可愛らしさを現代の美人の基準からして二割程損うという結果となっている。

 しかもこの太い眉は剃ると剃った場所が青くなってしまうため剃ることも出来ないという困った代物だった。抜いていたこともあったが、抜いたあとしばらく経つと赤いぶつぶつが出来てしまうので記世子は泣く泣く抜くことを封印した。なんとも不憫な娘である。

 だが私としてはそんな太い眉も存外愛らしいと思っている。まあ、これは血のつながりによる贔屓目であることは重々承知しているが。


 何にせよ記世子の行動は見ていて飽きない。


 私が守護霊になってから優に百年は絶っている。守護をしたのは記世子で三人目。そして三人のうちで一番見ていて面白いのがこの記世子だった。


「あー美味しかった。ご馳走様でした」


 綺麗に食事を平らげた記世子はそのまま食器を流し台へと持っていきその場で洗い物をはじめた。水へのけ置きという概念は記世子にはない。たわしでゴシゴシ洗うのだ。洗いものと片付けが終わったあとはいつも育てている植物に水を与えている。


 記世子はその植物にいつも何かしら声をかけているのだが、今日は特にリップサービスが激しい。三つ子の花をつけた黄色いパンジーに「今日も可愛いね」だの、桜貝のような色をしたミニ薔薇に「あなたより美しい子なんて見たことない」だのほざいている。その間にも下手な鼻歌をずっと口ずさんでいた。



 今日の記世子は朝起きた瞬間から浮かれていた。今夜は記世子が所属している宇宙人研究会のオフ会なのだ。とはいえ記世子が入会したのはわずか一月前のことである。たまたま非日常を探してネットの波を乗りこなしていた記世子の目に、この宇宙人研究会の活動が目に止まったのだ。


 記世子の所属している宇宙人研究会はWEB上に存在する会であり、そこでは周囲や自身の体験した宇宙人との邂逅などを投稿し、会員同士で検証し合っているらしい。

 だが残念なことに記世子にはUFOを見た経験もアブダクトされた経験も皆無であった。UFOの目撃に関しては別だがアブダクトに関しては私が護っているのだから当然である。私はなかなかに強い守護霊なのである。もちろん記世子の周囲にもそのような経験をした者はいない。だからこそ記代子はこの宇宙人研究会に惹かれたのであろう。


 しかし記世子の場合はもっぱらこの研究会で語られる他の者たちの体験談を楽しんでいただけだった。だから今日のオフ会に誘われた時、記世子はその誘いを一度断ったのだ。妙な所で気い使いなのである。そしたら会の創設者であるシリウス氏が、そんな些細なことは気にせずオフ会を楽しんでほしいと、直接記世子を誘ってくれたのである。団体からはみ出そうとしている者に救いの手を差し伸べるとは、上に立つ者として天晴な行動である。


 そこまで言われたからには記世子も誘いを受けないわけにはいかない。記世子とて一度は辞退してみたものの本当は行きたくて仕方なかったのだ。記世子は怖いものを安全な立場から享受するのが好きだった。ちょっとしたスリルを好んでいたのだ。あるいはハプニングと言ってもいい。


 平々凡々な記世子の人生には、スリルもハプニングも滅多に起こらないのだからそれも致し方ない。他人の身に起こるそれらをちょっと怯えながらも指をくわえて物欲しそうに見ている。それが記世子という人間だった。


 だから記世子は今日のオフ会を、スリルやハプニングこそないだろうが、自らの単調な日々にちょっとした彩を与えてくれるものと疑っていなかった。


 指定された場所はカラオケボックス。会話に花を咲かせながら飲食しつつ、気まずくなったら歌に逃げることも出来るという最高の場所だ。そういった気安さも記世子が今回参加を決めた理由だったのかもしれない。


「うふふ。楽しみ~。何着てこうかな~」


 姿見の前で白いワンピースを合わせ、くるりと一回転して見せた記世子は大層可愛らしかった。もちろん身内の贔屓目であることは自覚している。



 記世子は少々抜けているところがあった。今日も昼食にレトルトのミートソースパスタとグリーンサラダで腹を満たした記世子は、開け放った窓から入り込む太陽に暖められた風の心地よさに、ついうっかりとベッドの上で昼寝を開始してしまったのだ。本人としては食後少しだけ仮眠を取るつもりだったのだろうが、十五分もしないうちに本格的な眠りに入ってしまった。

 

 それからあっという間に数時間が過ぎたがいつまで経っても起きる気配がないので、仕方なしに私が鼻を抓み起こしにかかった。霊体が生きている人間の身体に直接干渉するのはあまり推奨されていなかったが、昼間の楽しそうな記世子の姿を見ている身としては、はやりこのまま寝過ごしてドタキャンさせるのはあまりにも不憫だと思ってしまったのだ。私も存外記世子に甘い。


 それにしてもよく寝る子である。私がいくら鼻を抓み呼吸を阻害しても口で息をしはじめてしまい一向に起きる気配がない。仕方がないので鼻と口両方を塞いでやっと起きる始末。そして記世子が起きた時にはすでに約束の七時まであと三十分を切るという時間になってしまっていた。大体が寝過ぎである。


 あわてふためいたあわれな記世子は昼間あれほど試着に時間を割いていたというのに適当に選んだワンピースで楽しみにしていたオフ会に参加することになってしまった。


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