タウンハウスと広いお風呂
街を4つ程経由し、今日も馴れた様子で宿を取ってきたロックさんに、僕はお疲れ様の意味を込めてキャラメルを渡した。
今いる場所はパクペという町で、ティアージア公爵領の端っこである。
夕食までには今少し時間があるという事で、僕とロックさんは冒険者ギルドへ。カミーラ師匠とニンゲさんは、部屋で休憩するとのことだった。
冒険者ギルドには、弓の訓練場があると聞いた。
僕はロックさんに弓の腕を見て貰って、必要なら射撃訓練をしたいなと思い、冒険者ギルドに向かっているのだ。
「射撃訓練は必要なさそうだな」
ロックさんがそう呟いたのは、鉄矢を的に当てること16回目、鉄矢を20本使いきったときだった。
これ以上訓練しても、命中率が上がらないと諦められているのではないか。
そう思い、食い下がろうとしたら、「逆だ、逆」とお手上げのポーズをしたロックさんが言い募る。
「もとから100発100中なんて望んじゃいねぇんだよ。カッスィーはだいたい的に当てられるだろ? 8割も当てられれば、十二分に優秀だ。帰りのダンジョンでも活躍出来るだろうぜ」
父さんが凄いから、あまり褒めて貰ったことのない弓の腕を、ロックさんは大袈裟な位褒めてくれた。僕は嬉しくなって、鉄矢を拾い集めた後、無心で的を射た。ダンジョンでは、属性矢を使うらしい。鏃に魔法が付与されたお高い矢だ。今から緊張しても仕方ないけれど、属性矢を使うならもっと練習しておきたい。
17本当てて、また鉄矢を拾い集める僕に、ロックさんはやれやれと言いつつ付き合ってくれるのだった。
宿屋での夕飯を済ませ、僕はゆっくりとお風呂に入っていた。
お風呂代が高くつくので、素泊まりでも構わないとカミーラ師匠に言ってみたことがある。
カミーラ師匠は笑って、野宿の日があるんだから、休める時はゆっくり休んでおきなさいと言っていた。
明日は、とうとう王都だ。
随分遠くから旅をしてきたように感じる。
異世界市場の王都支店、しっかりオープンさせよう。
僕はお風呂から出ると、ふわふわのパジャマに着替え、すぐに眠ってしまった。
翌日、宿を引き払い、ニンゲさんが操る馬車に乗り、出発する。
馬は天気の良い道を機嫌良さそうに歩いていく。
旅の終着地点はもうすぐそこだ。
王都が見えてきたのは昼を過ぎてから2時間位経ってからだった。
昼食はカッスィーのスキル【ネットスーパー】で、カレーライスを食べた。
同じ休憩所にいた商人がこぞって売って欲しいと騒いだカレーなんだけれど、お弁当は売って、商材は売らなかった。異世界市場の王都支店が開店するから、そっちで買って欲しいと説明した。
カレーは良い匂いだし、中毒性があるよね。
王都はぐるりと城壁に囲まれていて、南と北で検問をやっているらしい。
そこで、南の検問所へ向かった。
長蛇の列が出来ていたけれど、案外進みは早い。
実際、順番が来ても冒険者ギルドのドッグタグを調べただけで通過する事が出来た。
カミーラ師匠いわく、ドッグタグで犯罪者かどうかがわかるようになっているそうだ。
魔導具って凄いね。
王都に入ると、今までとは比較にならないほど人が沢山いた。
色とりどりの服装を見て、喫茶店ツバキを思い出した。もう、ツバキ劇場を御披露目した後だろう。
喫茶店ツバキは王都進出を狙っているが、いつ頃叶うだろうか?
カミーラ師匠に聞いてみると、「もう少し時間がかかる」と、言われた。
理由は、ツバキ劇場を演じるにあたり、開店するために必要なものが食材だけではない為。
喫茶店ツバキの後援をしているアフガンズ男爵家とうまく連携を取っていく必要があるそうだ。
「ただ、王都はルカート町から遠すぎる。店の権利をティアージア公爵家に売って経営を任せるのもいいかもしれないな」
どちらにせよ、まだ結論を出すには早いだろう、との事であった。
王都の道を北に進む。そして、ティアージア公爵家のタウンハウスが見えてきたところで、カミーラ師匠がおもむろに口を開いた。
「例のパーティが開かれるまでに、異世界市場の王都支店の倉庫はいっぱいにしておかなくてはね。早速明日、オーナー登録をしよう。それと、お使いを頼んで良いかい?」
内容を聞いて、僕は快諾した。
そんなことをしているうちに、馬車はタウンハウスの真ん前に止まった。
カミーラ師匠はまず、降りて執事らしき人に話しかけた。
「やあ、ザーリフさん。弟子ともどもお世話になるよ」
「これはこれはカミーラ司祭、よくおいでになられました。主より申しつかっております。どうぞごゆっくりお過ごし下さいませ」
僕も馬車を降りて、挨拶をする。
「僕はカミーラ師匠の弟子で、カッスィーといいます。どうぞ宜しくお願いします」
「カッスィー君。私はザーリフ・カンペラ。このタウンハウスを取り仕切る執事をしております。どうぞザーリフとお呼び下さい」
「ありがとうございます、ザーリフさん」
「では、まずは中へ。旅装を解いて、おくつろぎ下さい」
中へ入ると、個室を割り当てられた僕達は一人一人、客室へ向かった。
客室にはベッドとクローゼット、机と椅子が備え付けられていた。
僕はメイドさんに洗濯物を渡し、紅茶を淹れて貰った。
椅子に座って、一時の休息を楽しむ。
それから2時間ほど経って、夕食のお呼びが来た。
メイドさんについて食堂に行くと、カミーラ師匠が先に着いていた。
カミーラ師匠、僕、ニンゲさん、ロックさんの順で席に着く。
それに合わせて前菜が運ばれてきた。
前菜は、かぼちゃのキッシュとサラダだった。
かぼちゃのほくほくとした味わいがキッシュに彩りを与えている。とても美味しかった。
メインは、鶏肉のロースト。
瑞々しい野菜が腹の中に詰め込まれており、旨味を吸ったお肉を楽しむことが出来た。
お野菜も美味しかったけれど、特に豆の味が濃くてとっても美味しかった。
デザートは、プリン。
ほろ苦いカラメルソースがかかった甘いプリンは絶品だった。スプーンで掬って、口に入れる。これは幸せの味だった。
食後のお茶を飲みながら、明日の打ち合わせをする。
「明日の朝食後、異世界市場のオーナー登録を私からカッスィーに変更する。その後、異世界市場の王都支店へ行き、納品開始だ。ああ、カッスィーに頼んだお使いは、お昼ご飯を食べに行くついでで構わないよ」
「わかりました。明日から、頑張ります」
「納品は1ヶ月かかっても良いくらい、とにかく倉庫が広いから。店長から言われると思うんだけど、焦らず確実に納品していってくれ」
「はい、わかりました」
晩餐が終わり、米や醤油、味噌が少ししかないというザーリフさんの声を聞き、カミーラ師匠に伝票を作って貰って軽く納品をする。
その後、案の定泳げるくらい広いお風呂が待っていたので、ロックさんを誘ってお風呂に入りに来た。
理由は、泳ぎを教えて貰う為だ。
「いくら風呂が広いったって、泳がなくてもいいだろうよ」
「ロックさんはこの広いお風呂に入って、泳ぎたくなりませんか?」
「ならねぇな」
「ノリが悪いですよ!」
「まぁ、いいからとりあえず浮いてみな」
ロックさんの言葉に、湯船に浸かり、ぷかりと浮いてみせる。
「そう、そのまんまで手足を動かせ。そうそう、その調子」
浮いたままお風呂の端っこに到着した僕は、少しだけど泳げていた事を知る。
「今、泳げてた?」
「泳げてたよ。ただ危ないから泳ぐなら今日みたいに俺を呼んでくれ」
「はーい」
危ないと言われてしょげたけれど、泳げてた事実が頬を緩ませる。
「それで、泳ぎを覚えてどうするんだ。夏にプールがある家にお邪魔するのか」
お風呂からあがった後、ロックさんは少しばかり神妙にそう問いかけてきた。
この世界、転生者の知恵によって、貴族ならばプールを所持している家が多い。
なぜ平民に浸透しないかというと、魔物が出るからである。護衛を常時置いておける家でないとプールを楽しむのは難しい。
「理由なんかないよ。広いお風呂にたっぷりのお湯があったから泳ぎたかっただけ。最高に贅沢だと思う」
「そんならいいが、カッスィーの後ろ盾は日に日に増えてると言っていい。プールが欲しいと言えば、家ごと贈られるかもしれん。そうなったら、困るだろ?」
「うん、困る……」
「管理する人間も必要だし、定期的に見にくる必要も出てくる。後々面倒だから、家を買うときは俺達に相談してからにしてくれ」
「待って、家なんて買う予定もないし、必要もないよ」
「ああ。それなら構わない」
突然買ったり貰ったりされると困る、きっと俺はその家の管理に駆り出される。
ロックさんは淡々とそう語るけれども、僕は家なんて欲しいと言ったこともないし、心配はないと思う。
「でも、泳いだろ」
「泳いだけど、何?」
「泳げるような風呂のある家を求めてるって曲解する奴は出てくるからな。いいか、言質を取られるなよ」
「気をつけます……」
「ああ。じゃ、湯冷めしないように寝ろよ」
そう言って、ロックさんは自室へ戻っていった。
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