納品とコロッケ定食
途中、おやつの時間に抜けただけで、今日はずっと納品の一日だった。
特にカカオと珈琲豆は量も多く、まだ終わっていない。
珈琲豆の、半分程は終わっただろうか。
それくらいの時間で、夕食となった。
食堂の席につき、ティアージア公爵を待つ。
やがて皆が揃った。
上座に、ティアージア公爵、ティアージア公爵夫人。ロキさん、ユースティさん。
こちら側に、カミーラ師匠、僕、ニンゲさん、ロックさんだ。
「では、晩餐を始めよう」
ティアージア公爵の合図で夕食が運ばれてくる。
今夜のメニューは、うな丼だった。
これには、ロキさんが大喜びだった。
「うまい。うまいよっ。よく付け焼き刃でここまで美味しいうな丼を作れたね。最高だよ。ありがとう、カッスィー」
「どういたしまして。料理人の腕が凄くいいんだね。僕も美味しいうな丼を食べれて嬉しいよ」
「料理人代表と致しまして料理長より、完成品を食べさせて貰えたことが成功に繋がったとのことです。カッスィー様、本当にありがとうございます」
僕は褒められすぎてどうしたらいいかわからなくなっていた。そこへ颯爽とカミーラ師匠の助け船がやってくる。
「カッスィーが役に立って本当に良かったよ。カッスィーの家の料理人、ミラノのレシピはあらかた売った後なんだが、完成品のお弁当を出した方がいいだろうか?」
「せっかくの機会ですので、この後ぜひお願いいたします」
「じゃあ、お弁当は10個ずつ出そうか。せっかくの機会だからデザートのケーキも出そう。ケーキはホールで出す。伝票を作るから、これの通りに出してきてね、カッスィー」
「うん、わかったよ」
話がまとまったあたりで、食後のデザートが配膳された。
デザートは、苺大福。
大福の中に苺がごろりと一個まるまる入っている。がぶりと噛みつくと、苺の酸味が大福の甘さと調和しており、とても美味しい。
これには、ロキさんの妹のユースティさんが反応した。
「これは初めて食べるスイーツね、お兄様。甘いけれど酸味があって、とても良い食べ心地だわ。これもお兄様にとっては食べ慣れたお味なの?」
「そうだね、ユースティ。俺にとっては目新しいスイーツではないが、生まれて初めて食べるよ。懐かしい美味しさを味わえて、幸福だよ」
「ロキは前世の食べ物をいつも追い求めているからね。今日のような上機嫌は、本当に珍しいんだ」
「昔は食事の度に不機嫌になっていた位なのよ。それがこんなにニコニコするようになるなんて、思わなかったわ」
上機嫌なロキさんを見て、ティアージア公爵夫妻から声がかかる。ロキさんは相変わらずニコニコしていて、不機嫌な姿が想像出来なかった。
その後、ティアージア公爵の号令で解散し、僕は厨房での納品を終え、客室へ戻ってきた。客室は一人部屋で、僕一人だ。
ノックの音がして、お風呂に呼ばれた。
さすがにとっても広いお風呂で、興奮した僕はちょっとだけ泳がせて貰った。川は危ないから泳いだりしないけれど、このお風呂だったら気が済むまで泳いでいても良さそうだ。手と足をバタバタさせて浮いてみた位だったけれど、十二分に泳いでみたい欲は満たされた。
お風呂上がりに牛乳を貰い、ゆっくりと飲んだ。
明日も納品するものは多い。さっさと寝よう。
僕は部屋に備え付けてある洗面所で歯磨きをして、ふわふわのベッドで就寝した。
翌朝、手早く朝食を済ませ、納品の続きだ。
鑑定師のキースさんにチェックしてもらいながら、珈琲豆を出していく。種類と数が多いため、なかなか進まない。
珈琲豆の納品が終わったのは、昼食を済ませた後、一時間ほどしてからだった。
その後はカレールゥなどの食品の納品だ。
おやつの時間にちょっと抜けたけれど、すぐに戻って納品をする。
鑑定師のキースさんもあとひと息で終わるとあって、伝票をチェックしながらも、少し砕けた印象に変わった。
「これだけあれば、ロキ様が飢える事もないでしょう。今までは、在庫をチェックしつつ献立を決めていましたからね。カッスィー君、ここまで来てくれてありがとう。それと、異世界市場の王都支店のオープンも楽しみにしているよ」
「どういたしまして。皆の助けになれて良かったです。異世界市場の王都支店は、到着次第納品をします。ティアージア公爵夫妻に開いて頂くパーティに間に合うように、頑張りますね」
「ああ。そのパーティで異世界の食事を一斉公開するんだろう。ロキ様も大満足なメニューであるから、失敗は有り得ない。倉庫に食材をたっぷり納品しといてくれよ。きっと飛ぶように売れるからさ」
「はい、頑張ります!」
そんな会話をしつつ、夕食の時間までには納品が全て終わった。
そこそこ疲れたけれど、充足感の方が強い。護衛としてついていてくれたロックさんも同じ様だった。
食堂に入ると、皆が勢揃いしていた。
上座に、ティアージア公爵、ティアージア公爵夫人。ロキさん、ユースティさん。
こちら側に、カミーラ師匠、僕、ニンゲさん、ロックさんだ。
席に着くと、ティアージア公爵の威厳のある声で晩餐が始まった。
「晩餐を始める」
その声に導かれ、給仕の人間が皆に配膳したもの。
それは、コロッケ定食だった。
コロッケは二つ、丸っこい形のものがきつね色に揚がっており、とても美味しそうだ。
ひとつは牛肉コロッケ、もう一つは野菜コロッケなのだという。
かじり付きたい所だが、ぐっと我慢をしてナイフを入れる。サクサクとした衣の中は、ホクホクのジャガイモが顔を出した。しっかり味がついているので、ソースがいらない。
牛肉コロッケは肉もたっぷりでご飯が進んだ。
野菜コロッケはあっさりした野菜の甘さが際立っていた。両方、とても美味しかった。
食後、デザートはプリンアラモードだった。
飾り切りのフルーツが美しく、美味しそうだ。
プリンはカラメルソースを絡め、まず一口。
うん、おいしい!
デコレーションに使われた生クリームもフルーツも美味しかった。
プリンアラモードを食べ終わると、食後のお茶を淹れて貰った。
話題は、転生者歓迎パーティ。
今までも類似のパーティはあったが、食事が好まれない為にイマイチ歓迎の気持ちが伝わっていなかったという。
そもそもなぜ、転生者が歓迎されるのか。
それは、賢者様が転生者であった事。賢者様のように英智をもたらす存在がいなくもない事。
要するに知恵を求められているのだ。
もっとも、安全な場所で高度な科学社会に生きていた転生者達は、魔物がおり魔法使いが当たり前に暮らすこの世界にすぐに順応するのは無理だった。
賢者様が存命の頃に作られた転生者支援の雛型は色々な場所で芽吹き、転生者を養子とするなどの方策が現在でも活発に行われている。
なぜか転生者が多く生まれるラグナスティール王国では、発展目覚ましい裏側で、転生者達の尽力もまた素晴らしいものであるそうだ。
「パーティの服装はいつも通りにするわ。着物というドレスもあるけれど、私が着てしまうと皆揃って着物になってしまうでしょう。メインは食事なのだし、服装は自由ね」
「それがいいと思うわ、お母様。着物って素敵なドレスだけど、食事を沢山食べるのには向いていないと思うの。お母様も私も、コルセットなしのマーメイドラインのドレスを作っているでしょう。あれが最適だと思うわ」
「それでね、カミーラ司祭も今は転生者支援のお仕事をしてらっしゃるでしょう。先日お話した通り、パーティに参加して欲しいの。ドレスも作っているから、必要なものは何もなくてよ」
「……護衛としてニンゲを連れて行っても?」
「パートナーとして連れて行く方がいいと思うわ。転生者歓迎パーティはパートナー必須ではないけれど、婚活としての場でもあるでしょう。カミーラ司祭は口説かれている暇はないでしょうから」
なるほど、と口の中で呟いたカミーラ師匠は、ニンゲさんとアイコンタクトを取った上で、了承の返事をした。
「ニンゲとふたり、お世話になります」
「ニンゲさんの礼服も仕立てているから安心してね。シシュタイン家とは長い付き合いだもの。これぐらい何てことないわ」
ティアージア公爵夫人は、おっとりと笑いながら微笑んだ。
「では、王都のタウンハウスでお会いしましょう。カッスィーの納品が終わったので、明日の朝、出発します。異世界市場の王都支店の開店を楽しみにしていて下さい」
「ああ。楽しみにしている。カッスィー、うちのロキを救ってくれて感謝している。何か困った事があったら相談に来なさい。いいね」
重々しいティアージア公爵の声に、僕は慌てないようゆっくりと言葉を返した。
「はい。ありがとうございます」
「では、解散だ。ゆっくり休んでくれ」
僕は客室に戻ってきた。ロックさんは僕をここへ送り届けた後、自分の部屋に戻ったようだった。
昨日と同じ様にお風呂に行き、ゆっくりと暖まる。今日は泳がなかった。その代わり、長めにゆっくり入浴した。
お風呂から出て、牛乳を飲んだ。
歯磨きをして、ふわふわのベッドですぐ寝てしまった。
翌朝、朝食を速やかに食べて、出立する事になった。
家の前にずらりと並んだ見送りの人だかり。
中央にいる着飾った男女が、ティアージア公爵夫妻だ。そしてその横に、ロキさんとユースティさん。後ろには、料理人達の姿もあった。
御者にニンゲさん、馬車に乗り込む僕とロックさん。
カミーラ師匠がティアージア公爵と握手をしている。
「お世話になりました。また王都のタウンハウスを訪ねます」
「うむ。遠慮はいらん。パーティの後、問い合わせが来るのは我が家だろう。いつまでいて貰っても構わない」
「お言葉に甘えて、滞在させて頂きます」
握手と挨拶を終えると、カミーラ師匠も馬車に乗り込んで来た。
「出立だ!」
カミーラ師匠の号令で、馬が歩き出す。
馬車が向かうは王都である。
異世界市場の王都支店開店まで後少し。
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