移動と領都クレイモア
朝食を食べ終わり、馬車に乗って移動する。
目的のリョド町に着いたのは、太陽が中天に差し掛かった頃だった。
「まずは腹ごしらえだな。定食屋に行こうぜ」
「さんせーいっ! お腹すいちゃった」
僕達はロックさんの選んだ湖畔亭へ吸い込まれるように入っていった。
中は結構混んでおり、ぎゅうぎゅうだ。
僕は皆と同じ、牛肉のステーキを頼んだよ。
届いてびっくり、凄いボリュームだった。
お皿が見えない位大きなステーキなんて、初めてだった。ナイフを入れると、するりと切れて、口に入れると、肉の旨味が爆発したみたいに口いっぱいに広がった。全体的にスパイスが強くて、お腹の減った身体に丁度良かった。
食事を済ませると、一旦冒険者ギルドで昨夜の熊を買い取って貰う。鉄熊2頭で金貨1枚になった。臨時収入だと笑うロックさんは、今夜の宿代で消えるがな、と僕を小突いた。僕は臨時収入があったら、美味しいデザートを食べに行きたいと考えていた。しかしそれは旅の最中である現在、とても贅沢なことである。また今日もデザートを食べに行くのは諦め、おやつ代わりのキャラメルを出して、皆に配った。
リョド町を出て、隣のアッケ町に着いた時、空はもう茜色に染まっていた。
すぐに宿屋を取り、宿屋の夕食を食べる。
今夜のメニューは、鳥をじっくり煮込んだポトフだった。鶏肉は柔らかくボリュームたっぷりで、根菜もゴロゴロ入っていてとても美味しかった。
食事が済んだら、次はお風呂だ。
たっぷりの湯を張り、ゆっくりと入浴した。
「ここまで来たら、王都まではあと少しだよ」
お風呂から上がった僕に、同室のカミーラ師匠はそう言った。
「でも、あと一週間位かかりますよね?」
「ああ。王都の前にティアージア公爵領に入る。
ここで一週間位かかるけれど、もうほぼ王都と言って良い。王都に着いたらすぐに異世界市場王都支店をオープンさせよう」
「あれ? 王都には僕のお弁当を待っている転生者がいっぱいいるのでは? お店も大事ですが、転生者に会いに行かなくていいんですか」
そう言って、僕は機嫌の良いカミーラ師匠に問い掛けた。
「実際、人数が多すぎるんだ。一人一人対応していたら終わりが見えない。と、いうわけでティアージア公爵家の力を借りよう。まず転生者向けにパーティを開いて貰うんだ。各家への販売は、そこで異世界市場王都支店が対応する。少なくとも40人以上はいるからね、在庫の納入も大変なものになると思っているよ」
「わかりました! じゃあ異世界市場王都支店で、商品の納品を頑張りますね」
「それで宜しい。じゃあ、明日も早いからね、さっさと寝ようか」
カミーラ師匠の言うとおり、僕はベッドに入ると速やかに就寝した。
翌日、アッケ町を出て約一日走ると、夕刻頃にティアージア公爵領の端っこに到着する事が出来た。町の名前はトチャネ。今日はこの町に一泊し、領都を目指すのだと言う。
「領都までは4日程かかる。野宿はせず、町を経由して行こう」
僕は納得して頷いた。ロックさんが探してきた宿に入り、早速夕飯を食べる。今夜のメニューはステーキだった。そろそろミラノさんのご飯が恋しい。勿論美味しいのだが、何かが違うのだ。
食後、みんなにチョコレートケーキを配った。
ロックさんはチョコレートケーキが気に入ったらしい。ニンゲさんは甘い物が好きだし、カミーラ師匠もケーキは大好物だと公言している。
旅の間はせわしなくて、ついついキャラメルを配る程度しかデザートを出せていなかったけれど、夕食後だけならケーキを出していいだろうか。
カミーラ師匠に聞くと、大歓迎とのことだった。
久しぶりのチョコレートホイップは、とっても甘くて美味しかった。
翌日、領都クレイモアへ向けて出発。
町を4つ経由して、ようやく領都クレイモアに到着した。
先触れは出してあったので、クレイモアの領主館では快く受け入れられた。
お屋敷は、とても大きく、広かった。
ティアージア公爵家は、僕の後ろ盾ということだけど、会ったことはない。これが初対面だ。
丁度12の鐘が鳴り、お昼時である。
僕達は昼食に招かれ、食堂に足を踏み入れた。
上座に、ティアージア公爵、ティアージア公爵夫人、ティアージア公爵子息、ティアージア公爵令嬢。
こちら側に、カミーラ師匠、僕、ニンゲさん、ロックさん。
「では、昼餉を始めよう。私はマーカス・ティアージアだ。カッスィー君。君の後ろ盾の一人でもある。こうして会えて嬉しいよ」
「初めまして、ティアージア公爵。僕はカッスィーです。宜しくお願いします」
「まだ6才と聞いていたけれど、しっかりしてるのね。私はフローリア・ティアージア。宜しくね」
「俺はロキ・ティアージア。転生者だ。君がもたらしてくれたものは余りに大きい。重ねてお礼申し上げる。俺はうな丼が大好きなんだ。後で是非買わせて欲しい」
「私はユースティ・ティアージアよ。お兄様がお食事でお悩みにならなくなって一年といったところかしら。それは、カッスィー。あなたのお陰なんですって。本当に、ありがとう」
「皆さん、ご挨拶ありがとうございます」
「皆、君に感謝しているんだよ。改めて、私はカミーラ・シシュタイン。司祭をやっているが、今は転生者支援の旅をしている」
皆の挨拶が終わったあたりで、唐揚げ定食が運ばれてきた。
ご飯とお味噌汁、そして千切りにされたキャベツの上に乗った唐揚げ。
なんだかとっても久しぶりな気がする。
カラトリーにお箸が用意してあって、ロキさんはいただきます、と口上を述べてからお味噌汁を口にした。
いただきます、というのは転生者の国の作法で、作ってくれた人や食材の命に感謝して食べる前に口上を述べるのだという。
また一つ勉強になった。
僕はお味噌汁を飲み、唐揚げをかじった。
唐揚げは揚げ立てで外側はカリッと、内側はジューシーでとても美味しかった。
食後のデザートは、チーズケーキだった。
すごく濃厚なチーズケーキを食べていると、母親のフアラを思い出す。濃厚なケーキを好む母親に食べさせたいと思うほど、それは美味しいケーキだった。
食後のお茶を飲みながら、今後の話を相談する。
やはり一番の目玉は、カミーラ師匠が言っていたパーティで、大規模なバーティは開催がおよそひと月後になるらしい。
それまでに、異世界市場王都支店の倉庫をいっぱいにしておいて欲しいと頼まれた。
カミーラ師匠が、倉庫をいっぱいにするのにひと月かかるだろうから、丁度良いねと返事をする。
とりあえずその前に、ティアージア公爵家で仕入れたい商品があるから、2、3日ゆっくりしていきたまえ、とティアージア公爵に言われた。
それくらい倉庫が広いのだそうだ。
カミーラ師匠は快諾し、納品が終わるまではゆっくりしていくと約束した。
その日案内されたお風呂は人生で最大と言っていいほど広くて、たっぷりのお湯にゆっくりと浸かることが出来た。
ベッドもすごくふわふわで、すぐに眠ってしまった。
翌日、朝食後。洗濯物を預けた僕は、ロキさんの案内で倉庫まで向かっている。ティアージア公爵子息に生まれついたロキさんは18才。学校を卒業したばっかりなんだとか。
「俺と関わりのある学校の転生者は、異世界市場ルカート店で米・醤油・味噌が買えるって知ってるぜ。ただ、遠すぎるから買いに行けないって奴や、疑心暗鬼になってる奴もいたから、王都支店の開店はほんと待ちに待った、って感じなんだ。俺も応援してるぜ、カッスィー」
「ロキさん、ありがとう。精一杯頑張るよ」
僕は倉庫に向かいながら、そう答えた。
僕の付き添い人は護衛のロックさんだ。
やがて母屋の倉庫に到着し、鑑定師が横につく。鑑定師の名前はキースさんだ。
伝票を渡され、まずお米だけでも大量注文だった為、びっくりしてしまった。
「米は俺が毎日食べてるからな。後、今回お新香の類を仕入れられるのが嬉しいぜ」
「この、梅干しやたくあんと、お新香だね?」
僕は伝票を見ながら答えた。
「ああ。後ミートボールやチキンナゲットも注文入れてるけど、こういうのって懐かしい味なんだ。この世界でまた食べられるなんて、思ってなかったよ」
「しっかり納品するから安心して。所で、うな丼はいつ出したらいいかな? 料理人に、鰻を出した方がいいよね?」
「生のウナギを出せるなら料理人に……今呼んで来るからウナギとうな丼の弁当を渡してくれ。今、伝票も作るから宜しく頼む」
「わかった。お任せあれーっ」
僕は返事をして、伝票通りお米から出し始めた。積んで、積んで、また積んで。
鑑定師のキースさんも積むのを手伝ってくれている。積んで積んで、途中で料理人が来たので、伝票通り大量のウナギを渡す。見本として10個、国産のうな丼を渡した。これも伝票通りだ。
醤油、みりん、酒。これも大量に納品していく。瓶を山ほど並べていく。最後に料理酒を納品し終え、お昼時になった。
食堂では、皆が勢揃いしていた。
上座に、ティアージア公爵、ティアージア公爵夫人。ロキさん、ユースティさん。
こちら側に、カミーラ師匠、僕、ニンゲさん、ロックさんだ。
「では、昼食にしよう」
ティアージア公爵の合図に従って、昼食が運ばれてくる。
今日のメニューは、中華丼だった。
たくさんの具材がとろみのついた餡でまとまっており、とても美味しかった。
特に小さなゆで卵が3つ乗っており、それが具材の調和に一役買っていた。
デザートは、クリームあんみつ。
アイスクリームは、納品したての魔導アイスクリームメーカー、アイスクリンで作ったそうだ。
アイスクリームは勿論美味しいし、寒天やみつ豆、あんこもすごく美味しかった。
食後のお茶を飲みながら、納品の進歩を報告する。
まだ料理酒までしか終わっていない事を報告したが、充分だ、と逆に褒められてしまった。
食事が終わり、ロックさんと二人で納品に戻る。
鑑定師のキースさんが待っていてくれたので、伝票の続きから納品を行った。
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