ペロの酢の物とカスケード領
カスケード領に入った僕達は、ギュナン町で休息を取ることになった。
まず向かったのは定食屋である。
良さげな店をロックさんが見つけて来たので、そこに入る。
店の中はそんなに広くなくて、4人掛けのテーブルが2つあるだけだった。
僕達が入ると満席になってしまうそこの店は、蛙の尻尾亭という。
言うだけあって、蛙料理がたくさんメニューに載っていた。
蛙は美味しいという予備知識があるので、岩蛙のステーキを頼んでみた。
カミーラ師匠は火蛙のスパイス揚げ、ロックさんとニンゲさんは、鉄蛙のローストを頼んでいた。
岩蛙のステーキは、美味しかった。
肉はあっさりしており、ほろほろと身が崩れる。
噛みしめると、肉の旨味と身の甘さが口いっぱいに広がるのだ。僕は付け合わせのマッシュポテトを食べ、バケットをかじった。そして、付け合わせの春野菜の酢の物をかじった時、僕はむせてしまった。
「どうした? ああ、ペロの酢の物か。子供舌だとちょっと酸っぱいかもしれないな。慌てなくて大丈夫だ。これは俺が片付ける」
そう言って、ニンゲさんは僕が食べれなかった酢の物を食べてくれた。言っておくけれど、少しではなく物凄く酸っぱかった。
大人は全員コレを美味しく食べられるのかと、僕は周りをぐるりと見回してみた。すると、カミーラ師匠もペロの酢の物をニンゲさんに食べて貰っていた。
僕の視線に気付いたカミーラ師匠は、ニコリと笑うと、手招きをした。そして声を細めて、問い掛けた。
「奇遇だね、同じものが食べられないなんて。さて、カッスィー。この世に食事がペロの酢の物だけだったらどうする?」
「なんとか我慢して食べていると思う」
僕もカミーラ師匠に合わせて声を細めて返事をした。店への配慮だ。
「それは、幸せかな?」
「幸せでは、ないと思う。好きだと思うものを食べたい」
「そうだね。今がまさに我慢している状態なんだ。転生者達はずっと我慢してきた。カッスィーが食材を卸す事で、やっと好きな食事を食べることが出来るんだ」
「それは……すごく良い事ですね」
「だろう? 君の存在はとても大きい。転生者ではないからこそ、ありがたいさ」
ニンゲさんとロックさんを見る。二人とも、カミーラ師匠と同じ優しい目をしていた。
「僕、頑張ります。どれだけ転生者を救えるかわからないけれど、僕に出来ることは頑張ります」
「ありがとう。じゃあ、次の町へ向かおうか」
カミーラ師匠の合図で、僕達は店を出た。
馬車に乗り込み、次の町を目指す。
幸い次のバロック町には、夕刻には到着する事が出来た。
すぐに宿屋を取り、夕食になった。
夕食のメニューは、オーク肉の煮込み。
トロリとしたお肉は良く煮込まれていて、肉の旨味がタップリだった。
煮汁にバケットを浸して食べたけれど、とても美味しかったよ。
食後、早々に部屋に戻ってきた僕は、同室のカミーラ師匠とチョコレートケーキを楽しんでいた。勿論、隣の部屋のニンゲさんとロックさんにも渡したよ。
僕はペットボトルの紅茶を飲みながら、ぱくりと一口、チョコレートケーキを食べた。
チョコホイップクリームでデコレーションされたケーキは、チョコの苦みがあり、そして甘く、とろけるような美味しさだった。
「旅の間に、こんな生ケーキが食べられるなんて、カッスィーがいるとお得だね」
「お得ですか?」
「こういったケーキは、冷蔵の魔導具があるお店にしかなくて、大抵敷居の高い店だから、金貨が必要になるんだ。そうだ、喫茶店ツバキに冷蔵の魔導具を入れたいと悩んでいたね。今、手紙を書いてしまおう。大丈夫、書き方は教えるよ」
「僕のケーキは、銅貨5枚なのに随分高いんですね。わかりました。手紙を書きます」
「ほらね、カッスィーがいるとお得だろう? デザートも食べに行こうと思っていたけれど安く済んだからね。しかし銅貨5枚は安すぎる。銀貨1枚で売りなさい」
「はい、わかりました。手紙、書けました。これでどうでしょう」
僕はカミーラ師匠の示した例文のまま、書き連ねた手紙をカミーラ師匠に見せた。
「うん、うまく書けているよ。じゃあこれは明日出しに行こう。郵便ギルドというものがあってね、送料を払うと宛先まで届けてくれるんだ。今回は、アフガンズ家のタウンハウスまでだね」
「へえー。そんな仕組みになっているんですね。将来、父さんと母さんに旅先から手紙を送れたら素敵ですね」
「そうだね。素敵な報告が出来るように、頑張っていこう」
カミーラ師匠がにこやかに微笑んでくれたので、僕も元気いっぱいに返事をした。
その後はお風呂に入り、歯磨きをして、カミーラ師匠が用意してきたというフワフワのパジャマを着て眠りについた。
今まで宿に泊まったときにお風呂はついてなくて、湯を貰って身体をふく程度だったけれど、今日はちょっといいお宿なので、お風呂がついていた。お風呂はとても気持ちが良かったけれど、食事付き銀貨8枚と聞いて、お風呂は高いんだなぁと学んだ。
翌朝、朝食のサンドイッチをもぐもぐと食べながら、カミーラ師匠の話を聞いていた。
このあとデュペ町に入り、その後3日は、野宿になる見通しだという。
僕はふんふんと相槌を打ちながら道順の話を聞いていた。
「カミーラ師匠、街を辿っていけば、野宿はしないで済むのではないですか」
「良い質問だね。その通りだ。ただ、目的のカスケード町へは遠ざかってしまうんだよ。二日程度のロスだが、宿泊費の節約にもなるしね。天気が良い時は野宿を選択する事も多いよ。覚えておいてくれ」
「わかりました」
「じゃあ、そろそろ出発しようか」
「はい!」
宿から出ると、ニンゲさんが御者をして馬車を用意してくれていた。
馬車へ乗り込むと、ロックさんが道順の確認をしてくる。
「では、予定通りデュペ町へ向かいます」
ニンゲさんはそう答えて、馬車を発進させた。
道中の道のりは平穏で、途中で郵便ギルドに寄ったけれど、中天までには、デュペ町へ辿り着く事が出来た。
まずは腹ごしらえと、定食屋へ向かった。
奥の小花亭というそこの定食屋は、野菜炒めかステーキ、2種類しかメニューがなかった。
今日は全員がステーキを選び、注文した。
ミノタウロスのステーキだというそのお肉は、そこそこ弾力があり、口に入れると肉の旨味が口一杯に広がり、とても美味しかった。
デュペ町の先に、ダンジョンがあるという。
店内の会話を聞いていると、冒険者はこれから向かうのだと話していた。
店を出て、馬車へ乗り込む。
デザート代わりのキャラメルを皆に配りつつ、僕はダンジョンについて聞いてみた。
「この近くに、ダンジョンがあるんですか」
「行きは行かないから秘密にしとこうと思ったんだけどね。イヴリン町のイヴリンダンジョンさ。トーミ町の初心者ダンジョンより少し難易度が高めなんだ。ダンジョンは好きかい?」
「はい! 凄く楽しいです」
「属性矢を使った事はある?」
「ないです。鉄矢は、訓練だけしたことがあります」
「おや、それは良いね。鉄矢は属性矢と重さが変わらないからね」
カミーラ師匠が満足げに装備の確認をしていると、ロックさんは後衛に回ると言い出した。
「俺は、カッスィーの護衛をします」
「そうかい。ありがたいよ。ダンジョンに行くときに、また改めて話そう」
「てっきり、ちょっと寄っていくのかと思いましたよ。なぁカッスィー?」
「うん。ちょっと残念だけど、行ける時を楽しみに待ってるね」
その後、夜まで走って、野営地にテントを立てた。今更だけど、テントも一級品で、結界機能付きなのだと言う。だから一緒に眠れるのだと、ニンゲさんは笑いながら言っていた。
野宿する事3回、ようやくカスケード町の城門が見えてきた。
まずは薬師ギルドへ寄って、運んできたポーションを出す。サインを貰い、冒険者ギルドへ。報酬を手に、カミーラ師匠が戻ってきた。
「劣化も破損もない。それで金貨20枚さ。ちょっとした稼ぎだろう?」
ポーションは破損しやすく、大量輸送に向かない。しかし在庫の増減はいつでも起こり得るので、こういった依頼が冒険者あてに出されているのだという。そして、一部のポーションは変質しやすいという特徴を持っている為に、ほとんど時間停止機能付き魔法鞄の保持者が受けているだろう、とのことだった。
「時間停止機能付き魔法鞄を持っている場合は、お得ですね」
「そういうことさ。では、領主邸へ行こうか」
先触れは出してある為、領主邸へ向かう。
領主邸は、ただただ広かった。
手入れの行き届いた植木に、進んでも進んでも玄関に着かない広い庭。
「広いですね……」
「カスケード侯爵家の領主邸だからね。そこそこ大きいはずさ。爵位の順番は覚えているかい?」
「はい。上から二番目、ですよね」
「そう。上から公爵家、侯爵家、伯爵家、子爵家、男爵家の順だね。爵位に合った大きさのお屋敷が必要なんだよ」
話していると、玄関に着いた。
着飾った男女が一組と、お子様が一名。それとずらりと並んだメイド達。
カミーラ師匠は率先して降りていった。修道女のスカートは旅のせいで少し埃っぽい。しかし、カミーラ師匠の笑顔はそんな不安を吹き飛ばすかのように、堂々として見えた。
「カミーラ・シシュタインです。お出迎えありがとうございます。これは丁稚のカッスィー。それと護衛のニンゲとロックです」
「馬車はこちらで運ばせましょう。ご挨拶どうも。私はロッジ・カスケード。此方は妻のローザと、息子のアランです。まずは部屋へ案内させましょう。旅装を解かれると宜しい」
「お気遣い痛み入ります。では、有り難く失礼致します」
僕はカミーラ師匠について、本邸の中へ入った。ニンゲさんとロックさんも同様だ。
一人部屋を与えられ、身支度を整える。
すると、メイドさんが来て洗濯物はありませんか、と言う。
僕はお言葉に甘えて、二着洗濯に出させて頂いた。
その後部屋で寛いでいると、12の鐘が鳴り、昼食の時間だ。
呼びに来たメイドさんと一緒に食堂へ向かう。
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