火蛙と小熊亭
「アグニさん達は、結構軽装ですよね。やっぱり暖を取れる装備なんですか?」
走り出した馬車の上で、僕はアグニさんに質問していた。
「ああ。火蜥蜴は無理だが、火蛙の皮に暖を取れるように付与をしてある。火蛙の皮は暖かく防御力が高い上に、そこまで高くないから、初心者にもオススメだ。だが、付与は高い。どうしても金貨十数枚はかかってしまうから、そこは予算と相談かな」
「蛙、ですか。火蛙って食べれますか?」
僕はエドさんに教えて貰った情報を元に、そう聞いていた。食いしん坊が過ぎるだろうか。
アグニさんは一瞬面食らった後、ニコリと笑って返事をしてくれた。
「ああ。うまいぞ。火蛙はスパイスを揉み込んで油で揚げるのが主流だ。ダンジョン素材に興味があるのかい?」
「はい。ちょっと高いけど美味しくて、他にない味だと思います」
僕はキラービーの蜂蜜やクラーケンを旅で仕入れるつもりである事を切々と語った。
「そのふたつなら、トーミ町の市場でも売っているよ。火蛙はスパイス売り場だ。それと、岩鹿と岩エスカルゴも高いがうまい」
「うわぁ。じゃあ、帰りに仕入れて行きたいと思います」
実は食堂のニネさんに、クラーケンと、手頃な素材の仕入れを頼まれている。
どうしても普通の食材より高くなるが、美味しいのならば売れる、常連客もいるらしい。
責任重大だ。クラーケンは仕入れるとして、蛙がそんなに高くないといいのだが。
「アグニさん、デザートになるような魔物っていないの?」
そう聞いたのはルビアだ。
キラービーの蜂蜜の美味しさは知っている。
「デザートか。それなら、キラービーの蜂蜜が有名だな。後は、デザートに入るかわからないが、水打ち熊という水魔法を使う熊の魔物は、主食はキラービーの蜂蜜と聞いたよ。その右手は、蜂蜜に漬けられているように甘く美味しいらしい。参考になったかな?」
「蜂蜜ばっかり食べてる熊さんだって! カッスィー、仕入れられる?」
「値段によるかな。美食より珍味かもしれないしね。参考になりました。ありがとうございます」
「俺は雷鳥の素揚げが好きなんだが、他にも山ほど市場に素材が集まる。自分の好みもあるだろうし、ゆっくり探すといいさ」
はい、と元気良く返事をすると、アグニさんとエドさんはニッコリ笑い、微笑んでくれた。
お昼時になり、休憩をする。
お昼のメニューは、ミックスフライ弁当だ。
白身魚、いか、えびの3種類である。
どれも美味しくて、すぐに完食してしまった。
海老の魔物はいないんだろうか?
ダンジョン素材でミックスフライを作れたらいいな、と思った。
デザートは、ミルクレープ。
クレープが何十枚も層になっているスイーツだ。
中には生クリームと各種フルーツが挟み込まれており、断面もすごく鮮やかだ。
僕は端っこからフォークを刺して、少しずつ楽しんだ。
休憩が終わり、馬車に乗り込む。
後もう少しでトーミ町と言うことで、オススメの宿を教えて貰った。
なんとダンジョン素材の料理が格安で美味しいらしい。そして、デザートには特製のチーズタルトが出るそうだ。聞く限り何とも美味しそうで、ルビアと一緒に是非行ってみます、と返事をした。
それと、定期的にダンジョンに行くなら、入場料が安くなるので冒険者登録をする事を薦められた。
「僕は冒険者登録してあるんだよね」
「エドさん、どうする?」
「半年に一回はダンジョンに行くって言うなら登録しよう」
「行って良いなら行くよ! 登録しよう」
ルビアはやる気満々だ。
僕は旅に出てしまうので、一緒にダンジョンに入ることが出来ない。
それがちょっと悲しかったけれど、自分で決めたことだからと、前を向いた。
「じゃあ、到着したら冒険者ギルドに行って、冒険者登録だな」
「はーい!」
ルビアは元気一杯だ。
僕もこれからの冒険に胸を馳せ、外を眺めた。
「おっ、城門が見えてきたぞ」
アグニさんのそんな声が聞こえたのは、太陽が中天に差し掛かろうとしている時だった。
「まずは昼飯を食べると良い。大通りを一本外れた右の奥にある小熊亭がおすすめだ。俺の好物は雷鳥の素揚げだが、他にもメニューがいっぱいある」
「アグニさん、情報ありがとうございます! 行ってみます」
「はっはっは。楽しんで来いよ。じゃあ、また二日後に会おう」
城門に着くと、解散となった。
ガイ、イクト、テッサと合流する。
「まず、冒険者ギルドに冒険者登録に行こう。皆、半年に一回はダンジョンに潜る予定でいいな」
「いいでーす!」
ルビアが元気良く返事をして、その勢いに押されるように皆了承の返事をしていた。
一応、イクトの様子を伺ったが、嫌な様子はなく、楽しげにしていた。
冒険者ギルドに着き、冒険者登録をする。
皆、用紙に必要事項を書き、血を一滴取られていた。
登録が終わり、エドさんが買ってきたチェーンにドッグタグを通すと、なんだか強くなったように見えるから不思議だ。
「じゃあ、飯を食いに行こう」
僕達はエドさんに着いていく。
大通りから一本外れた右の奥、小熊亭。
アグニさんが教えてくれた定食屋だ。
カランカラン、とベルのいい音を聞きながら店に入る。
中は繁盛しており、僕達が入ると満席だ。
女将さんに案内されて席に着くと、メニューを渡された。
いっぱいメニューがあって目移りする。
あった、火蛙のスパイス揚げ。僕はこれを食べてみよう。
パンとスープがついて銀貨1枚なら、まだ安い方ではないだろうか。
女将さんを呼んで、注文をする。
「熊の手は焼きあがるまで30分位かかるけど良いかい?」
「はい、待ってます」
「じゃあちょっと待っててね」
女将さんは厨房へ引っ込んでいった。
水熊の熊の手ローストはなんと銀貨3枚。美味しくなかったら勿体ない金額である。
ガイとイクトはクラーケンのイカフライで銀貨2枚、エドさんとテッサは雷鳥の素揚げで銀貨2枚だ。
こうなると蛙が美味しければ一番安いと言うことになる。自然と、期待が高まった。
まず届いたのは、クラーケンのイカフライである。揚げたてアツアツをかぶりつく二人。至福の表情で何よりだ。
「最高にうまい」
「俺、クラーケン大好きだ」
イクトは花開くように微笑んだ。彼がここまで嬉しそうにしているのを見るのは初めてである。
次に、雷鳥の素揚げと火蛙のスパイス揚げが届いた。
まず、蛙の実食である。見た目はなんだか赤い。
もしかしたら辛いのかもしれない。ナイフを入れると真っ白の身が見えて、口に入れるとほろりと解ける。味付けは濃いはずなのに、蛙の身が瑞々しい。なんだか濃厚な白身魚のような味である。少しピリッとした味付けに蛙が負けておらず、濃厚な旨味が口いっぱいに広がる。
「すごく美味しい。火蛙も仕入れて帰れたらいいな」
「おっ。うまいのかそれ。雷鳥もうまいぜ。一個交換しないか?」
僕はテッサの提案に、一も二もなく頷いた。
僕達は1個ずつ交換し、いざ、雷鳥の実食である。
見た目は、普通の鳥と変わりがない。
ナイフを入れると、肉汁がぶわっと溢れ出てきた。フォークで刺し、口に入れる。
少々弾力があるが、肉の旨味が強く、ステーキを食べているような肉感だった。噛むほどに味が染み出してくる。予算が余ったら、雷鳥も仕入れよう。
皆が程々食べ終わった頃。水熊の熊の手ローストの登場である。
手と言っても手のひらの部分であり、指はない。
ルビアはすっとナイフを入れて、口に運んだ。
「うん、美味しい! 結構柔らかいし、赤身肉の塊って感じ!」
美味しそうにパクパク食べ終えたルビアは、こっそりと僕に言った。
「高級なサーロインステーキってかんじ。熊肉なのに柔らかいし、仕入れもアリだと思うよ」
「わかった。売値を見てみるね」
そう聞くと、一度食べてみたくなるものである。
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