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愛し子

家の裏手には、馬の納屋があり、庭がある。その横に弓の練習場が作ってあった。

的の前に立って、弓をつがえる。放す。的に当たる。結構良い腕をしているのではないだろうか。

自画自賛は置いておいて、20本の矢を放って、中心に当たらなかったのは3本だった。

父さんなら全部命中させる。

僕は悔しい思いを胸に、お昼まで練習を続けた。


お昼になり、皆が集まって来た。


「赤ちゃんの夜泣きで昨夜寝てないの~」


なんだかヨレヨレしているルビアだ。心なしか紫色のロングヘアを結んでいるツインテールのリボンも歪んで見える。相当大変なのだろう。しかし、ルビアの表情は明るかった。


「私はお姉ちゃんになるんだもん。これくらいでへこたれないよ」


大変頼りになるお姉ちゃんである。そう言うと、薄い胸を張って得意げに微笑んでいた。


次に来たのはガイだ。


「カッスィー、クラーケンってまだあるか? 父ちゃんが料理してみたいって騒いでた」


「大丈夫、まだあるよ。帰りに持って帰って」


「ありがとな。金は払うって言ってたぜ」


そして最後にテッサだ。


「お待たせ。クラーケン料理に母ちゃんが興味津々なんだけど、鍋持ってきたから買わせてくれ」


「わかった。ミラノさんに相談してみよう」


全員揃ったので、食堂へ移動する。


まず、ミラノさんがテッサの鍋にクラーケンの煮込みを入れてくれた。金額は銀貨4枚だ。

無事お支払いを済ませ、テッサは笑顔だ。


「じゃあ、昼食にしよう」


改めて、僕の合図でミラノさんが前菜を運んでくれる。

今日のメニューは、ほうれん草と豆のキッシュとサラダだ。

キッシュは卵の風味が豊かで、ほうれん草はえぐみがなく、豆はほくほくとしていて美味しい。

サラダは、酸味のあるドレッシングが食欲をかき立てていた。


メインは、クラーケンの煮込み料理だ。

綺麗な焼き色がついたいかに、ドロッとした煮汁がかかっている。


「クラーケンはグリルした後、軽く煮込んでいます。野菜は香味野菜と里芋です。それとバケットをどうぞ」


「美味しいーっ! しっかりいかの味がするのに、身が甘くてジューシーなの」


「いかがうまい。煮汁でバケットをふやかすと良いぜ。うまい味が染み出てる。里芋もうめぇ」


「身が甘くて柔らかい。弾力があるのに噛みしめるとジューシーだ。野菜も味が染みてうめぇ」


「本当に美味しいね。クラーケンを狩るのは無理だけど、また仕入れてくるから、皆で食べよう」


皆は笑顔で頷いてくれた。


デザートは、マンゴーのタルトだ。

一切れが大きく、薔薇の花のような飾り切りのマンゴーが、オレンジの花を咲かせている。


中身は、一番下にサクサクしたタルト生地、その上に、カスタードクリーム、そして生クリームとスポンジ、マンゴーが、適切に配置されていた。まずは頭の部分、マンゴーの花から食べていく。


「崩すのが勿体ないね。……うーん、マンゴーが、瑞々しくて美味しいっ!」


「マンゴーが、濃厚な甘さでケーキの生クリームが甘さ控えめですげぇうまい」


「カスタードクリームがどっしりとした甘さで、ケーキに合ってる。マンゴーがたっぷりでうまいな」


「マンゴーが、瑞々しくて美味しいね。そうだ、来月僕は商人の修行をする為、旅に出るんだけど、ガイ、食堂のメニューって問題なさそう?」


僕が水を向けると、ガイは生クリームで汚れた口元をナプキンで拭ってから、僕に向き直った。


「マンゴーは高い割に客に好評だから、帰ってきたときに仕入れさせて欲しいって言ってた。来月は春の新メニューお披露目だろう? その時に無理なメニューは外して置くんだって。やっと蕎麦、うどんと餅が加わるぜ。楽しみだ」


「ぜんざいも加わるの?」


「ああ。ぜんざいと、あんころ餅と、みたらし団子が加わるぜ。それと、カキ氷の売上も良かったらしい。氷をダッケさんに出して貰って、春からも販売を継続するつもりなんだってさ」


「へえー。そうなんだね。寒いのにカキ氷って売れるんだ。何か温まるいい新メニューってないかな?」


「雑煮はどうだ?」


「雑煮は新メニューに入ってるよ。あと力うどんと、磯部焼き。どれもすげぇうまいんだぜ。温かい料理っていうか、甘いもんがあると良いんだけどな」


「持ち帰り用の料理の販売ってしてる? モミジ焼きって言うんだけど、ルカート町では屋台で売ってるんだ。小麦粉の生地にあんこがたっぷり入ったおやつだよ」


「それ、うまそうだな。じゃあ、一度作ってみるよ。持ち帰りも需要がありそうだ」


モミジ焼きの型は、ヤッコムさんが作ってくれると言う。場合によっては屋台も作ると、ガイは意気込んでいた。


話がまとまり、僕達はここで解散する事にした。

ガイはミラノさんからクラーケンの身を渡され、慎重に持ち帰っていた。お金は後からニネさんが持ってくるとのこと。


この後、ダンジョン素材の美味しさに目覚めたニネさん夫婦に、旅先でダンジョン素材の仕入れを頼まれるのは、また別の話。


さて、教会で勉強だ。

いつものように、算数を習う。

おやつの時間まで、みっちり問題集を解き続けた。


おやつの時間になり、家に戻る。

食堂に入り、席についた。

今日のおやつのメニューは、クリームあんみつだった。

黒蜜の甘さが寒天とマッチしていて、あんことアイスの相性も良く、あっという間に完食してしまった。

食後のお茶を飲み、ひと息つく。


◇ ◇ ◇


さて、その頃ある教会では、醜い口論がなされていた。


「件の少年とカミーラ司祭が旅に出て、貴重な食材も分け隔てなく販売する予定と聞く。私は重ねて言うが、この少年は転生者の為に神が遣わした愛し子だ。教会で保護をし、食材の販売は教会の事業として行うべきだ。そうではありませんかな、皆さん」


「確かに、カミーラ司祭のなさりようは目に付きますな。珈琲とチョコレートの販売は特に利益になる。ティアージア公爵家が一枚噛んだ事から、それは明白だ。利権を奪い取り、製法を独占する事で教会の権威も上がるというもの」


「同意します」


「同意します」


「同意出来ませんね。あなた達、あの少年に何をするつもりですか」


「むむ、トラハ神官長か。リーペント公爵家の次男よ。かの少年は神の愛し子として丁重に教会に迎える。親とは縁を切ってもらうが、教会で下にも置かぬ扱いを受けるのだ。たかが平民、喜び勇んで参るだろう。転生者の為、我等の為、働いて貰おうじゃないか」


「ふざけないで頂きたい。それは愛し子という名前のあなた達の奴隷じゃないか。ここにティアージア公爵家とシシュタイン侯爵家、ハイド男爵家とアフガンズ男爵家、連名での抗議文が届いている。それと王家からも一言届いている。一体何をやったんだ。だいたい、カミーラ司祭の旅だって教会主導の仕事だろう。何が気に入らなくてそんな事をやらかした。これだけの家を敵に回す行為、決して容認は出来はしない」


「くっ。ニンゲが邪魔をしなければ、今頃かの少年はここにいたものを。全くもって話にならん。金の為に決まっておるだろう。それに例の少年には何もしとらんよ。ただ愛し子を迎えに出した馬車が誰も乗せずに帰ってきただけだ。本当に忌々しい」


「次に何かやったらカミーラ司祭は還俗して、教会の仕入れ担当も辞めるそうだ。いいのか? 教会はシシュタイン家に随分援助して貰ってるだろう」


「くそぉっ! 教会を盾にするだと?! なぜ私の崇高な考えを理解せんのだ。しかし……シシュタイン家はもとより、王家を敵に回すわけにはいかん。仕方ない。チョコレートと珈琲の製法をティアージア公爵家から買おう。これでうちに縁ある転生者は大人しくなるだろう」


「転生者支援の予算は潤沢だろう。早く買ってやればいいのに。あなた達がモタモタしてるから、カミーラ司祭は旅に出てしまうんですよ。私はカミーラ司祭につきます。誘拐の真似事をしているあなた達より、よっぽどマトモだ」


トラハは室内の人間に睨まれたが、どこ吹く風と、気にせず退室した。例の抗議文はしっかり置いてきたので、震え上がりながら読むと良い。


カツカツと歩いていき、やがて礼拝堂に着く。

端に膝をつき、頭を下げる。


どれくらい祈っていただろうか。

あたりの喧騒に気がつき、ふと顔を上げる。


そこへ、トラハの部下が近付いてくる。


「トラハ神官長。全員、捕縛が終わりました」


「ご苦労様。じゃあ、輸送を頼む。人数が多いから、牢屋もいっぱいか?」


「実行犯は数日中に極刑となりますので、まだ空きはあるかと。では輸送をして参ります」


「苦労をかけるが宜しく頼む」


先程の抗議文は、捕縛状でもあった。

件の少年、カッスィーは平民ではあるが、数多の後ろ盾を有している。

王家も目をかけているという少年に手を出して、なぜ無事でいられると思ったのか。

馬鹿の考えることはわからないと、トラハは軽く目を伏せた。


ただ、金に目が眩んだ馬鹿はまだ存在する。

カミーラ司祭の旅をより安全なものにする為、教会騎士をひとり追加しておいて良かった。それでニンゲは自由に動けたんだろう。


実は、トラハもカッスィーの事は転生者の為に神が遣わした愛し子であると思っている。

教会に入ってくれれば、と思うがそれは断られたとカミーラ司祭は笑っていた。

親は実の両親ではないが、大変仲がよいらしい。残念だが、遠くから支援だけはさせて貰おう。


未然に防がれた誘拐事件。その悪印象を打ち消すように、リーペント公爵家もカッスィーの後ろ盾に手を挙げた。

これにより、三大公爵家のうち2柱が後ろ盾についた。これは凄い事である。

王都の教会の神官長であるトラハがカッスィーの後ろ盾につき、カミーラ司祭は大変旅がしやすくなってご機嫌らしい。


カミーラ司祭は既に王都から離れ、ティティー村へ向かっていた。

メンバーはニンゲと新たに教会騎士のロックが加わっている。


件の誘拐事件はわかりやすかった為、発覚も早かったがティアージア公爵家の怒りは凄まじかった。すぐに王家に連絡し、関係者全員の捕縛状が出された。

三大公爵家を敵に回しても良いことはない。教会にいるカッスィーの敵も懲りただろう。


無論、全員の動向を掴めている訳ではないが、トラハ神官長が目を光らせている為、ある程度の安全は確保出来ていた。


冬の空は晴天、旅の始まりに相応しく、冷たい風が吹いていた。

お読みいただき、ありがとうございました。


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