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ロールパンとクロワッサン

応接間で、テッサと二人、お茶を飲む。

そこへ、ミンバ店長とツェーネさんがやってきた。


「納品、お疲れ様でした、オーナー。先月の売り上げ金が出ています。持ち帰られますか。それとも、商業ギルドカードに入金致しますか」


「商業ギルドカードに入金して下さい」


「それと、店頭販売が始まりましたが、やはり良い匂いのする客引きの商品が欲しいですね。ツェーネがパンが良いと言うのですが、異世界市場らしいパンの商品はありますか?」


「うーん、テッサ、思い浮かぶ?」


「ドライイーストでふわふわのロールパンを焼くのはどうだ? この世界じゃ柔らかい白パンは料理人しか焼けないし、普段は固いバケットだろ。異世界で柔らかいパンは珍しくないって聞いた」


「ドライイースト……あった。これです」


「じゃあ、作り方を教えてくれ。俺が焼いてみる」


そう言ったのは、マイクさんだ。

マイクさんは趣味で料理を嗜んでおり、毎日パンを焼いているそうだ。


発酵の時間を待っているうちに、幾つかレシピを伝授していたらしい。

マイクさんは満面の笑みで、テッサと話をしていた。


やがて、パンが焼き上がった。

メニューは2種。

ふわふわのロールパンと、贅沢にバターを使ったクロワッサン。


さて、お味のほうは……?


「ロールパンはふわふわで柔らかい。こんなパンは初めてです。必ず、売れることでしょう。クロワッサンはバターが染み出して何とも贅沢ですね。ザクザクした層の食感が美味しいです」


ミンバ店長は絶賛してくれている。


「ロールパンは安くして、値段を抑えましょう。

その分、クロワッサンは高級感を出して、利益を取りましょう」


ツェーネは、もう販売用のポップを作成している。


「ロールパンとクロワッサン、両方美味しかったよ。テッサはレシピ料を受け取ってね」


「ありがとう。有り難く貰っとく」


「まずは朝夕に焼いて売ってみますね。オーナー、お疲れ様でした」


ドライイーストの納品を済ませ、僕達はマイクさんの元気な声を背中に浴びながら、異世界市場を後にした。


ミンバ店長が見送りについて来てくれたので、まずは馬車に乗り込み、商業ギルドへ。テッサの用事を住ませるのだ。

受付の女性に声をかけ、魔導アイロンを売りたいことを伝える。

すると、ここに出して良いと言われたので、机の上に魔導アイロンを出していく。

合計30個を出し終えて、清算。金貨9枚になった。


お金を貯めて、マジックバッグを買うんだとテッサは言う。


「このあたりは魔具職人がほとんどいませんからね。頑張って下さいよ、テッサ」


「おう。任せとけ。しっかし、材料が高すぎる。師匠の魔導アイスクリームメーカーの材料を買って帰りたいが、ミスリル1個金貨100枚するからなぁ」


「買い出しはエドさんに頼もう。次、魔物食材の店に寄って良い? クラーケンを見たいんだ」


「いいぜ。あのいか、うまかったもんな」


昨日の夕食に出たクラーケンのフライを思い出す。あのジューシーな味わい。天ぷらもいいし、煮込みも焼いても良い。楽しみだ。


店に到着し、中に入る。

良い匂いがしていて、クッキーを焼いているようだ。甘い匂いが充満している。


店内は黄色で統一しているようだ。店員さんも、黄色いエプロンをしている。


「いらっしゃいませ。ダンジョン食材若葉へようこそ」


「すいません、クラーケンの身が欲しいんですけど、ありますか」


「クラーケンですね。ございます。一匹が大きいもので、金貨4枚になります」


店員さんは身振り手振りで食材の大きさを語った。それは大人一人より大きいくらいだという。


ちょっと大きすぎるので、4等分して貰った。


「お持ち帰り用の氷魔石のご利用はいかがなさいますか? 1時間銀貨1枚からございます」


「7時間用はありますか?」


「では、10時間用をお付けして、合計金貨1枚と銀貨5枚になります」


「では、これでお願いします」


「丁度お預りしました。お品物はこちらになります。ありがとうございました」


やった! クラーケンが買えたぞ!

ちょっと奮発しちゃったけど、いいよね。みんなで食べよう。

品物をマジックバッグに仕舞い、店を出る。


馬車へ乗り込み、タウンハウスへ帰る。

その途中の市場で下ろして貰い、モミジ焼きののぼりを探す。あった。ジネットとイエーモがいた。

丁度客足が途絶えた時に、二人の前に姿を表す。


「カッスィー……!」


「ジネット、イエーモ。久しぶり。モミジ焼き2つ下さいな」


「あいよっ! 今焼くからな」


イエーモが手早く鉄板を熱していく。生地を流し込み、あんこを乗せていく。


「手慣れてるね。流石だ」


「そりゃあもう。いい仕事紹介してくれてありがとうな、カッスィー。ミンバ店長は厳しいけど、俺ら一生懸命頑張るからさ、見ててくれよ」


「うん。マリとエーテは元気?」


「お肉ありがとう、って言ってたぜ。今じゃ三日に一度は肉もおやつも食えるからさ、自分達も大きくなったらモミジ焼きの屋台をやるって言っているよ」


「あいつらにも、希望をありがとうな、カッスィー。孤児院の子供は雇って貰えないから、将来の仕事に夢を持てないんだ。今は、モミジ焼きをとにかく頑張るよ。2つで銀貨1枚だ」


僕はジネットにお金を支払い、モミジ焼きを受け取った。


「また来るよ。ジネット、イエーモ。頑張ってね」


二人は笑顔で見送ってくれた。


馬車に戻り、テッサと二人、モミジ焼きを食べる。

うん、美味しい。

あんこの塩気が強めで、甘さが引き立っている。


ミンバ店長もにこやかに、あの二人の頑張りようを語ってくれた。


タウンハウスに戻り、昼食を頂く。

身支度を整えて食堂へ行った。


食堂には、皆が勢揃いしていた。

上座に、ハイド男爵、カッペラード様、シェリー様。

こちら側に、僕とテッサ。


「では、昼食を始めよう」


ハイド男爵の合図で、食事が運ばれてきた。


メニューは、エスカルゴのオーブン焼き。

それと、チキンのソテーに、マルゲリータのピザと、野菜スープが配膳された。


エスカルゴはスパイスがきいていて、とても香り高く、臭みもない。身は甘く弾力があり、噛む度に旨味がじゅわっと溢れ出る。


やはり、このエスカルゴもダンジョン食材で、たまたま手に入ったものだという。凄く美味しかったので、ラッキーだな、と思った。


チキンも柔らかくジューシーで、マルゲリータはチーズが良い匂いだった。

野菜スープをごくごくと飲み、完食だ。


デザートは、コーヒーゼリー。

生クリームが添えられていて、少し苦い味わいに、甘いホイップクリームが調和していた。


ふと見ると、アイス5段重ねのコーヒーゼリーパフェを完食したシェリー様が、テッサに話し掛けた。


「テッサ、キャロ師匠と出て貰う茶会なんだけど、来週に決まったわ。別途招待状が届くから、キャロ師匠と読んでね。当日は二人でアフガンズ家のタウンハウスまで来て頂戴。仕立てたドレスの準備はしておくわ」


「わかりました。当日、師匠と二人で伺います」


「それと、歌劇団水組による公演『カーリエの恋』のチケット3枚よ。ミラノにも着替えて貰っているから、あなた達も正装して向かいなさい」


「わかりました!」


僕達は笑顔で返事をした。


「では、解散としよう。歌劇を楽しんで来ると良い」


ハイド男爵の号令で、僕達は解散した。


僕は客室で、青い礼服に着替えた。

テッサは別室で着付けをして貰っている。


着替え終わり、客室に現れたテッサは、春の女神のような美しさだった。


長袖のワンピースドレスは青を基調にふんわりとスカートが膨らんでいて、女の子らしい。

髪は栗色の腰まであるロングヘアに、小さな青い帽子を被っている。


「髪はカツラなんだ。短いと目立っちまうんだとよ」


「そうなんだね。テッサ、似合っているよ。春の女神様みたいだ」


普通、女性を褒めるとき、女神様みたいだ、と呼称する。僕も上手く出来ただろうか。

春の女神様は、可愛らしく美しいという意味だ。

ちなみに冬の女神様は、怒ってる時に使う。


「ありがとよ。冬の女神に蹴られないよう、気をつけるぜ」


僕達は客室を出て、濃紺の礼服に身を包んだミラノさんと合流し、馬車に乗り込んだ。


歌劇をやっている劇場は、とても大きかった。

ひっきりなしに馬車が行き交い、着飾った男女が歩いていく。

普段着だったら、浮いてしまっていたかもしれない。

服を仕立ててくれたシェリー様に感謝した。


お読みいただき、ありがとうございました。


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