魔導アイスクリームメーカー
「じゃあ、面接を始めましょうか」
師匠がそう言ったのは、俺の家に移動し、俺、テッサの両親であるヤッコムとエルゥに挨拶をした後だった。
「はい。お願いします」
今は客室に二人きりだ。そうだ、お茶を用意した方が良いだろうか。そんな事を考えながら、師匠に向き直る。
「テッサ。私は転生者ではないの。あなたが転生者であることは秘密なのよね。わかっているわ。ただ、私ではあなたの言っていることがわからないかもしれない。それは先に言っておくわね。それでも私が師匠でいいかしら」
「勿論だ。転生者の師匠を持ちたいなんて、考えた事もないよ。俺の秘密を守ってくれて、ありがとう、師匠」
「当たり前のことだわ。後、あなたが自分を俺と呼び、髪も短くショートカットにしている理由を聞いて良い? このあたりでも、女の子は髪を腰まで長く伸ばすのが普通でしょう」
「俺はボーイッシュな格好が好きなんだ。ただ、きっかけはある。出稼ぎに来ていたエンジっていう男に撫でくり回されて、長い髪もワンピースも、心底嫌になったんだ」
俺は当時12才のエンジの気持ち悪さを、師匠に話して聞かせた。ズボンをはいているカッスィーやガイには手を出さないことにも気が付いていたし、遠慮なく反撃するルビアには、エンジもタジタジだった。
俺は自分の長い髪が好きではなかったし、その髪をすいたり編んだりするエンジがとても嫌いだった。
一度、母エルゥがテッサは髪に触れられるのを嫌うからと、エンジに注意してくれた事がある。
そうしたら、髪ではなく身体を撫で回すようになったのだ。
気持ち悪くて言葉にならず、ゲロを吐いて大騒ぎになった事はよく覚えている。
「幼い子供を狙った性犯罪者ね。辛かったわね。テッサは小柄だけど、発育は良いでしょう。私と同じね。痴漢撃退用の魔導具があるから、肌身離さず持つように。じゃあ、改めて師弟関係を結びましょうか」
「宜しくお願いします!」
俺は元気良く返事をした。
その後、まず課題を出して貰った。
作るものは魔導ランプ。
魔導コイルの切断の仕方が上手いと褒めて貰った。
一日目は魔導ランプだけで終了した。
二日目、魔導アイロン。
これは、炉の使い方が難しかった。
師匠は俺が引っかかっている間に、俺とカッスィーが一生懸命混ぜて作ったバニラアイスの製造機を魔具で作っていた。
どうにかならないか、と相談したのはテッサだった。
「冷凍の魔導具? あるわよ。でも冷蔵に比べて魔石が長持ちしないの。魔具職人でも、火土風水の4つは付与出来るんだけど、他は付与職人に依頼した魔石を使う他ないの。もの凄い値段がするのに実用的じゃないから売ってないのよ」
「どうにかしてアイスクリームを作りたいんだ。途中で凍らせる必要があって、なるべく大量に作りたい」
「それは、コストがかかっても良いものよね。それなら、ミスリルで作りましょう。熱伝導率が高いから、氷の魔石で凍らせた際に、一気に冷えるわ」
そんな事を言って、師匠は4日程で大量のミスリルを四角く加工し、手持ちの4つの魔石を贅沢に使った魔導アイスクリームメーカーを完成させた。
ボタン一つで一時間後に4000リットルのバニラアイスクリームを製造出来るとあって、カッスィーも俺も驚いた。
持久力は6回作ったら魔石の交換が必要である。
氷の魔石は、冒険者ギルドに付与の依頼を出して、ミスリルも買い取りを依頼した。
俺の修行も順調で、魔導アイロンは風の付与を入れて熱を出す仕組みだ。
風の付与は師匠に頼み、俺はアイロン部分を炉で作っていく。
丁寧な仕事を褒められて、俺は胸を張った。
魔導アイロンは金策として売れるそうだ。
一個銀貨3枚になるらしい。俺は30個程作って、売って貰う事にした。
行商人は春にならないと来ないので、カッスィーのマジックバッグに入れて貰う事になった。
そうそう、魔導アイスクリームメーカーの事は、ハイド男爵家に手紙を出して貰っていた。
その返事が来て、師匠が作ったアイスクリームメーカーは、無事ハイド家とアフガンズ家に買われる事になった。それに加えて喫茶店ツバキでも欲しい為、追加発注が出された。
エドさんに、氷の魔力が付与された魔石と、ミスリルを買ってきて貰い、納品用の魔導アイスクリームメーカーをすべて用意する事が出来た。
俺は課題の3つ目、魔導扇風機に頭を悩ませていた。
しっかり組み立てられるが、風が一定にならず、ガタガタする。
師匠は色々やってみなさい、と放置だ。
魔導コイルのカットからやり直し。
今日も午前中はカッスィーのところで仕事をしてから戻ってくる。
喫茶店ツバキのメニューは、ほぼすべて決まった。
後は交易の日を待つばかりだ。
◇ ◇ ◇
テッサの師匠が来てから一週間が経った。
魔具職人って凄いな、と思うのは、あれだけ苦労したアイスクリーム作りをボタン一つで大量に作れてしまう魔具を開発したことだ。
これにより、喫茶店ツバキでもアイスクリームを出せる事になった。
魔導アイスクリームメーカーのことは、すぐにハイド家に手紙を出していた。
特に喜びが深いのはアフガンズ家のシェリー様。
これでアイスクリームがなくなる事はないと、喜びの涙を流されていらっしゃったらしい。
そして翌日、交易の日だ。
朝食後、"緋色の鐘"の皆さんと一緒に、ルカート町を目指す。
途中、一度休憩を挟み、何事もなく、到着した。
リーダーのアグニさんに、またお弁当を売って欲しいと言われ、銀貨2枚でハンバーグ弁当を4つ売った。
使用人用の控え室に消えていく面々を見送り、タウンハウスへ入る。
テッサと二人、相部屋の客室で、身支度を整えた。
12の鐘が鳴り、昼食の時間だ。
食堂へ行くと、皆勢揃いしていた。
上座に、ハイド男爵とカッペラード様、シェリー様。
こちら側に、僕とテッサがいる。
お久しぶりのキジさんと、ミラノさんは脇に控えている。
「まずは昼食にしよう」
ハイド男爵の合図で、昼食が始まった。
今日のメニューは、前菜にコンソメスープ、メインに鹿肉のローストだった。
コンソメスープは透き通った黄金色をしており、こくりこくりと飲むと、奥深い味わいが後を引いた。
鹿肉のローストは、とにかく鹿肉が美味しかった。あっさりしているのに、肉汁がタップリで、肉は柔らかい。もう、夢中で食べてしまった。
デザートは、クレームブリュレ。なめらかなクリームの上に、パリパリにキャラメリゼされた砂糖が乗ったスイーツ。
甘くてトロッとしていて、美味しかった。
食べ終わり、食後のお茶を頂く。
二カ月ぶりに会うハイド男爵は、相変わらず精悍な面持ちをしていた。
「カッスィー君は、魔物食材に興味があるそうだね。今日のメインに使ったのは、初心者ダンジョン地下6Fに出る岩鹿と呼ばれる魔物だよ。倒すまでは堅く刃が通らない事で有名だが、肉になると極上の素材となる。ふたりとも楽しんで貰えたかな?」
「凄く美味しかったです!」
「すげえうまかった」
「それは良かった。この鹿肉はローカロリーで、女性にも人気なんだ。さて、本題だ。王妃様への謁見の件だが、無事に終了した。これにより、異世界市場は王家御用達の商会となった。これからも王家に年に一回、カカオを販売するように」
「わかりました」
「異世界市場については、王都でシシュタイン家のカミーラ司祭に聞いてきた。これからも良い後ろ盾として、そして良い取引先として、やっていこう。それとテッサの師匠についてだが、アフガンズ家で歓迎パーティを開く事になった。茶会なので、男子禁制だな。これはテッサに参加して貰いたい」
「……俺が茶会?」
「ルカート町の西に、アフガンズ家のタウンハウスが出来上がったの。軽いガーデンパーティにするつもりだから、格式に合わせたドレスを作りましょう。ここにデザイナーを呼んであるからすぐに済むわ」
「師匠の分は作らなくていいのか?」
「キャロ師匠の分は予め作って贈ってあるわ。シシュタイン家の手配よ。テッサはドレスを着るの、嫌かしら」
「師匠の為なら苦でもなんでもねぇよ。それに男がいないなら余計に楽で良いしさ」
「そうか。ではここで解散としよう。テッサ、仕立屋は応接間に来ているのでシェリー嬢と向かうように。カッスィーは倉庫に来て、まず例の魔導アイスクリームメーカーを納品してくれ」
わかりました、と返事をした。
応接間へ向かうテッサと別れ、僕は倉庫に向かう。
奥まったところに、3台出した。
ミラノさんとキジさんも来ており、まずアイスクリームを作ってみるのだそうだ。
僕はテッサと合流し、通常通りの納品作業に戻った。
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