師匠
僕が交易から帰ってきて数日たったある日。
ルビアのお母さんが産気づいた。
産婆さんはもちろん、近所のお母さん達は総出で手伝いに集まっていた。
僕は出来ることがなかったので、ガイと一緒に振る舞いのおにぎりを配っていた。
産まれたのは、もう夜もとっぷり暮れた頃だった。
性別は男の子で、大きな声で泣いていた。
お乳を貰う赤子を見て、ルビアとテッサもやっと落ち着いた。
「ルビア、弟だね。おめでとう」
「ありがとう、カッスィー、ガイ、テッサ」
夜も遅かったので、それで僕達は解散した。
出産って物凄く大変そうだったけれど、ルビアやルビアの両親がとても幸せそうだった事が印象的だった。
それから数日経って、ルビアが皆へのお礼にクレープを焼いてくれる事になった。
僕達はおやつの時間にルビアの家に集合して、食堂の席に着いた。
「皮は朝焼いて置いたから、後は包むだけなの。具材はバターと蜂蜜ね。蜂蜜はカッスィーが買ってきてくれた初心者ダンジョン地下5Fのキラービーから採れる蜂蜜だよ。味見してみたけど、とっても美味しいから、たっぷりつけるね」
ルビアは広げた生地に、バターを塗ると、たっぷりの蜂蜜を重ねて塗った。
それを人数分作り、皆に配膳する。
「うまい! 蜂蜜の味が良い!」
「蜂蜜がうめぇ」
「美味しいよ、ルビア」
「私も、甘くて美味しいと思う。せっかく美味しい蜂蜜なのに、赤ちゃんは食べれないんだって。だから、お母さんに作ってあげるんだ」
「ルビアはお母さん想いだね。これから、持って行ってあげるんでしょう。僕達はこれでお暇するね。それじゃ、ご馳走様、ルビア」
僕達は、口々にお礼を言ってルビアの家を出た。
外は綺麗な夕焼けで、冷たい冷気を運んできていた。
僕達は解散して、家に戻った。
翌日は雪が降っていた。
寒い中テッサは元気にやってきて、喫茶店ツバキのメニューをミラノさんに相談していた。
これまでに決まったメニューは、サンドイッチ、ナポリタン、ハヤシライス。
どれもとても美味しかった。特にハヤシライスは、カレーに似ているのにあっさりしていて、カレールゥが要らない所が良いと思う。
お昼時になり、食堂の席に着く。
今日は、僕とテッサだけだ。
今日のメニューは、ミートソースのチーズドリア。
これも、喫茶店ツバキのメニュー入り候補だ。
チーズが伸びてとても美味しかったけれど、僕はハンバーグを乗っけてハンバーグチーズドリアが良いと意見を述べさせて貰った。
次に、デザートのメニュー入りが確定しているのは、ぜんざい、あんころ餅、みたらし団子。そして、飲み物のメニューに緑茶が加わった。
後決定しているのは店長パヤのイチオシのショコラである。
そんなわけで、今日のデザートはチョコレートパフェだ。
一番下からヨーグルト、コーンフレーク、チョコナッツアイスとバニラアイス。飾り切りのフルーツ、そしてたっぷりの生クリームを絞ってある。
仕上げにチョコレートソースがかかり、大変美味しそうだ。
一口食べると、クリームとアイスの甘さが合わさり、えもいわれぬ美味しさだ。
今回の喫茶店ツバキは色んな場所で開店予定である。アイスクリームは冬季限定とはいえ、仕入れ元がカッスィーしかいない。仕入れ元は異世界市場であり、アイスクリームも取り扱っているが、運搬には通常氷の魔法使いを使うしかない為、運送コストが高くつく。
時間停止機能付き魔法鞄はそんなに持っている人間が多いわけではないので、注意が必要だ。
「アイスは、メニューから外そうか」
「それがいいかもな。もしくは、カッスィーに頼らなくても作れれば良いんだけど……」
「へえ、アイスって作れるの? 氷なら、漁師のダッケさんが出せるよね」
「牛乳、卵黄、生クリーム、砂糖、バニラビーンズ。これで作れる筈なんだ。途中で凍らせないといけないんだけど、凍らせる方法がわからない」
「ダッケさんに頼んでみようか。僕ちょっと呼んでくるよ」
「ああ。じゃあ材料はミラノさんに混ぜて貰って置く」
それから僕達は、試行錯誤を重ねた。
ダッケさんはスキル【氷魔法使い】だけれど、漁師さんをずっとしており、氷魔法を修行した事はないそうだ。そのため氷魔法に慣れておらず、氷室でアイスの材料を凍らせて貰おうとしても、出力が足りずに溶けてしまったりした。
そして、最後の手段である。勿体ないけれど塩を氷に大量投入して温度を冷やし、ダッケさんには氷を補充しつつ冷気を浴びせて貰い、アイスクリームの材料をひたすらかき混ぜるようにした。
アイスの為に時間と塩と、ダッケさんの労力を無駄に使い、バニラアイスは完成した。
出来上がるまで3時間位混ぜ続けていたので、実用性があるとは思えない。
味は美味しかったけれど、作り方は見直しが必要だった。
ダッケさんへ手伝ってくれたお礼に、スキル【ネットスーパー】のテナント、生鮮食料品店より、ウサギとキジを一匹ずつ渡して帰って貰った。
それからも喫茶店ツバキ用のメニュー決めを頑張っていき、デザートはフレンチトーストと、ホットケーキがメニュー入りした。
それから何日か過ぎ、今夜の晩餐のメニューは、ビーフシチューだ。牛肉がトロトロで、柔らかくて美味しい。重厚な牛肉の旨味が詰まった美味しい逸品だった。
デザートのきなこ餅を食べ、食後のお茶を頂いていると、父さんから話があった。
「まず、エンジの話だ。改めて向こうの村長と話し合ったが、エンジは村から出さない事に決まったそうだ」
「良かった。うちの村に出稼ぎに来れないね」
「彼は相変わらず幼児が好きで、父親を困らせている。一見すると面倒見の良い青年なので、判断に困る所があったそうだが、母親達の訴えもあり、子供に近付かせない事に決まった。それもあってうちの村に来たがっていたそうだが、出入り禁止の為それは叶わない。随分と打ちひしがれた様子だそうだ」
「自業自得でしょ。エンジには二度と会いたくないって、テッサもこないだ言ってたよ。僕も同じ気持ちだ」
「そうか。本当に困った子なんだな。出稼ぎにはエンジとは関係のない村の男衆が来る。子供は来ない」
「それならいいよ。でもテッサに近付けないでね」
「ああ。大丈夫だ。ちゃんと守るよ」
「私も気をつけて見ておくわ」
父さんと母さんがそう約束してくれたので、僕はやっと安心する事が出来た。
「さて次に、テッサの師匠についてだ。先程先触れが届き、明日、ティティー村へ到着予定とのことだ。ヤッコムさんにも伝えてある」
「うわぁ、テッサの師匠、とうとう着くんだね。楽しみだなぁ。どんな人かなぁ」
「うふふ、楽しみね」
「うん!」
僕は自室に戻り、ゆっくりお風呂に入ってから牛乳を飲んだ。背が高くなるって聞いたんだけど本当かな?
歯ブラシをして、就寝をする。
僕はベッドの暖かさに誘われて、すぐに眠りに落ちて行った。
翌日、朝食後から、テッサは上機嫌で村長宅に働きに来ていた。
到着はお昼時だろう、という予想があるので、それまで喫茶店ツバキのメニュー決めを頑張ることにした。
追加されたのは、パスタ3種とピザ。ミートソースとトマトソースとカルボナーラ。そしてマルゲリータである。
デザートもプリンアラモードが追加された。
お昼時になり、馬車のいななきが聞こえる。
誰か、客人が着いたようだった。
父さんと母さんと、テッサと一緒に玄関に迎えに行く。
玄関には、魔術師のローブを着てとんがり帽子を被った女性が一人、立っていた。
水色のロングヘアに、オレンジ色の瞳。小柄だけれど、出るところは出ているスタイルをしている。
「ようこそティティー村へ。私は村長のベンです。あなたが魔具職人のキャロ様でしょうか?」
「私はキャロ。キャロ・ムーンリバー。しがない子爵家の三女で22才。魔具職人をしています。ここへはテッサという子の師匠としてシシュタイン家より派遣されてきました。テッサはいる?」
「ああ、俺だ。よろしくお願いします」
「貴女のことは、カミーラ司祭から色々聞いているわ。この後簡単な面接をさせて頂戴ね」
「はい!」
「ではまず昼餉にしましょう。お入り下さい」
皆で家に入り、食堂に入る。
上座に、父さん、母さん、キャロさんが着席した。
こちら側に僕とテッサである。
「では、昼食を始めましょう」
今日のメニューは、トマトソースと小海老のパスタ。
新鮮なトマトソースに、マリネした小海老をあえたパスタだ。
トマトの風味が良く、とても美味しかった。
デザートは、ドーナッツだ。苺が練り込まれたものは中にジャムが入っており、濃いめに淹れた紅茶と合う。チョコレートがかけられたものはナッツがかかっており、ローストしたナッツの匂いが食欲をかき立てていた。
食べ終わり、食後のお茶を飲む。
大人たちは、キャロさんの経歴の話を聞き入っていた。
「では王立学園を卒業後から魔具職人をされてらっしゃるの?」
「はい。だからまだ6年ほどです。ですが私も6才の頃から師匠について学んでいたので、良い機会かと思い、やってきました」
「魔具職人の修行をするにあたって、必要なものはありますか。設備なども必要なら仰って下さい」
「実は炉があると助かるんですが、テッサは鍛冶師の娘との事で、炉はもう用意できていると聞きました。後は私に滞在用の部屋を与えて頂けますか?」
「俺んちに来て下さい。滞在用の部屋も、炉の準備も出来ています!」
「あら。じゃあお世話になるわね」
テッサは満面の笑みで頷いた。
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