歌劇
喫茶店ツバキの話は一段落ついた。
僕達は食後のお茶を淹れ直して貰い、カッペラード様の話に耳を傾けた。
「昨日のオークションの結果が出た。白金貨2枚と金貨600枚の値がついた。おめでとう。オークションも大盛況で、私も鼻が高いよ。一割を手数料として貰う。金貨はミラノに渡しておくからね」
「ありがとうございます。カッペラード様。そんな大金、どうしたら良いかわからないです。父さんと母さんに渡そうと思います」
「今はそれでいいだろう。では、カッスィー君。商業ギルドへ行ってきたまえ。シェリー嬢、後は任せて宜しいかな?」
「ええ。では行きましょうか、カッスィー」
僕とテッサはシェリー様の後ろについて行く。
馬車に乗り込んだのは僕達の他に、テリアと呼ばれていた従僕と、侍女、護衛の騎士だった。
テリアさんはまだ若く、19才。しかしシェリー様の専用執事を務める程有能で、重宝しているとのことだった。
「それにしてもシェリー様。喫茶店ツバキの件は面白いと思います。店が軌道に乗ったら、オーナー業を募集して、場所によっては店の権利を売却しても宜しいですね。後、仕入先ですが現状カッスィー様のみです。スキル【緑の手】持ちを使って、栽培も始めましょう」
「テッサ。あなたの鑑定で栽培は出来るようだった?」
「出来るぜ。ただ、もっと暖かい場所じゃないと育たないんだ」
「温室は用意出来るわ。まずやってみなくてはね。他に、喫茶店ツバキに関して何かある?」
「店員の制服は皆が憧れるくらい素敵な服にして欲しい。良い客寄せになる」
「なるほど。そんな店はこの辺にないわね。勿論、貴族の対応を出来るようにするわ。クラシカルなメイド服にしようと思っていたけれど、それにヘッドドレスと装飾を付けましょう。歌劇が見本ね」
「へえ、歌劇」
ぽつり、とテッサが呟いた。
それは思ったより大きな声で、シェリー様が反応した。
「あらテッサ、歌劇に興味があるの? じゃあ、来月の交易の日に合わせて、チケットを取って置いてあげる。ミラノとテッサとカッスィーの三名分ね。今だったら『カーリエの恋』かしら。それで良いわよね?」
ぐいぐいと来るシェリー様に、テッサははい、と押されて返事をしていた。
その流れで、歌劇に出てくるような素敵な外出着をテッサは仕立てることになってしまった。
まず行き先を変更して仕立屋に行く。程なくして到着し、僕とテッサはお揃いの礼服を仕立てた。テッサの方はズボンではなく、しっかりしたワンピースだった。女の子っぽい格好をさせられて不機嫌かと思ったけれど、思ったよりこういった洋服は嫌いではないそうだ。
青が基調のワンピースドレスだし、格好良いんだそうだ。
僕もお揃いの青で礼服を仕立てた。
うっかりしていたけれど、これから商業ギルドへ向かうのだ。商談には戦闘服が必要だ。
仕立てて貰った礼服に着替えさせて貰い、靴も履き替えた。
テッサの服は出来上がるまで三日程かかる為、テリアさんに受け取りを頼んだ。
支払いもテリアさんが払ってくれていた。
「喫茶店ツバキの仕事を頼んでいるしね。これも給料のうちだと思えばいいわ。アフガンズ家は美容が有名だから、つい力が入っちゃうわね」
そう、シェリー様は言っていた。
僕達は、ありがとうございます、と二人で頭を下げたのだった。
商業ギルドで出迎えてくれたのは、商業ギルド長の、ガイザー・ミットワームさんだった。
「これはこれはカッスィー様。ご贔屓にありがとうございます。それに、アフガンズ家のお嬢様ではないですか。本日はどのような御用向きで?」
「カッスィーがオーナーの喫茶店を始めたいの。取り扱い内容は珈琲、紅茶、軽食にデザート。中心街に近いといいんだけど、どこか物件か土地、あるかしら」
「でしたら飲食店街の一角に、大きな倉庫がございます。ここを建て替えるのはどうでしょう」
「テリア、どう思う?」
「第一号店ですし、広くて宜しいかと思います」
「買うわ。それと集合住宅を買い上げたいんだけどあるかしら」
「でしたら店の北側に、丁度良い物件がございます」
「じゃあ、その二件で書類を作って頂戴」
ガイザーさんはすぐに書類を作ってくれた。
僕はギルドカードを出して、オーナー登録をした。
支払いが済み、契約書の控えを貰ってお暇する。
ガイザーさんは大きく頭を下げて、見送ってくれた。
次は建築ギルドだ。
倉庫をつぶして、喫茶店にする。これは設備と設計代が結構かかった。
それと、集合住宅をリフォームする。
両方で、金貨400枚程かかっていた。物件代も結構かかったし、白金貨が飛んでいく。
お店を作るのって、お金がかかるんだな、としみじみ思った。
用事が済み、タウンハウスに帰る。
着替えを済ませ、身支度を整えたら、カッペラード様とシェリー様に挨拶をして、僕達は帰路についた。
道中の護衛は、"緋色の鐘"の皆さんだ。
「へえー。じゃあ次に来た時は三人で歌劇を見に行くのね。カッスィーもテッサも、歌劇初めてなんじゃない? ミラノさんは見たことある?」
「初めてだよ」
「初めてだ」
「俺は何度か見たことがあるが、本当に久しぶりだ」
「『カーリエの恋』にはね、とっても素敵な王子様が出てくるのよ。女の子はみんな王子様と恋をしたいと願うんだけどね、王子様には婚約者がいるの。これが嫌な奴でね……」
「まあまあタリ。内容をバラしてしまっては詰まらないだろう。その辺にしときなさい」
リーダーのアグニさんがタリさんをたしなめる。
「何よ、リーダーだって好きなくせに。でもいいわね。仕事の報酬で歌劇の券を貰えるなんて素敵。カッスィー。当日はちゃんとテッサをエスコートするのよ」
「うん。わかっているよ。"緋色の鐘"の皆さんは、また来月も指名依頼を受けて貰えますか?」
「任せておけ。割の良い仕事だしな。カッスィーが旅に出るまでは、ルカート町を拠点にしておくさ」
「ありがとうございます。父さんに伝えて置きます」
そこで、御者をしているメローさんから激が飛んだ。
「西からウルフ! 数は5匹だ!」
「止めてくれ。迎撃する」
アグニさんの号令で、馬車は止まった。
獣の鳴き声が木霊する。
アグニさんとタリさんが走っていき、盾持ちのメローさんが抑えている隙間から攻撃を仕掛けていた。
水魔法使いのタリさんが、水球を作り出し、ウルフを窒息させる。
そしてアグニさんが頭を落とした。
流れるような連携技に、僕は馬車の中で興奮しきりだった。
死体の処理が済み、皆が戻ってくる。
馬車が出発した後、僕も冒険者登録をした事を伝えてみた。
首にかけたドッグタグをちらりと見せると、ウズさんが、F級か、と口を開いた。
「はい。今カミーラ師匠のパーティに参加していて、今度一緒に依頼を受ける予定です」
「そうか。無茶はしないようにな。ドッグタグは魔導具になっていて、いざという時は救援依頼が出せる。裏からパキッと割るんだ。しかし結構金がかかるから、余裕のないときはやめて置いた方が良い。冒険者ギルドに借金も出来るが、払えないと借金奴隷に落ちてしまうからな」
「教えてくれてありがとう。覚えておきます」
その他にも冒険者の心得を幾つか教わった。
空は茜色に染まり、夕刻、ティティー村へ到着した。ミラノさんがサインをして、依頼完了だ。
今日はティティー村の宿屋に泊まっていくという"緋色の鐘"の皆さんを見送り、父さんに交易完了の連絡をした後、僕達も解散した。
僕とミラノさんは、応接室にいた。
僕は喫茶店ツバキの件を連絡するため。ミラノさんは、交易の売上を報告する為と、ヒヒイロカネと剣の売り上げを渡す為だ。
「二人とも、ご苦労様。喫茶店ツバキの件は了解した。来月までに、メニューを作っていこう。ヒヒイロカネは、手数料一割を抜いても、白金貨2枚越え。なんという大金だ。この金は、村の為に使うのでいいかい? 豚の飼育小屋を大きくして、豚の頭数を増やしたい。それと鶏の数も増やしたいんだ」
「勿論だよ、父さん。僕じゃどう使って良いかわからないよ」
「ちゃんと貯金もしておくからね、カッスィー。ミラノはヤッコムさんに剣の売上を渡してきて貰えるか」
「わかりました」
「今日はフラウがきつねうどんを作ってくれたよ。早速、食堂で食べようか」
「うん!」
僕は温かなきつねうどんを食べて、疲れていたせいか、すぐに眠ってしまった。
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