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テッサ

食堂へ行くと、皆勢揃いしていた。

上座に、カッペラード様、シェリー様。

こちら側に、僕とテッサだ。


「さて、晩餐を開始しよう」


カッペラード様の合図で運ばれてきたのは、野菜たっぷりのミネストローネだった。

先程まで寒い所にいたので、アツアツのスープが美味しい。カッペラード様の心遣いに感謝した。


次いで、カキフライとご飯が運ばれてくる。

揚げたてのカキフライは外側がカリッとしていて、中はトロリとしていて柔らかい。

ふんわりと磯の風味がして、とても美味しかった。


最後に、デザートのチーズケーキ。

チーズの風味が強くて、少しミルクの味がした。ねっとりとした食感とレモンの香りが印象的だった。


食事が終わり、食後のお茶に紅茶を淹れて貰う。

そして、カッペラード様の話に耳を傾けた。


「カッスィー君、君の師匠であるカミーラ司祭から手紙が届いた。それと、父からも手紙が届いている。どちらから聞きたい?」


「では、ハイド男爵からお願いします」


「宜しい。まず、王妃様への謁見は無事終了したよ。こちらからの連絡が間に合って、カッスィー君一人ではなく異世界市場へ褒賞を出して貰えた。褒賞は、時間停止機能付き魔法鞄だ。原料のカカオと、それに付随するたくさんのレシピをお気に召された。異世界市場は王家御用達商会になったよ。おめでとう」


「ありがとうございます! 異世界市場のお店って、もう開店してるんですか?」


「まだ客引きをしてない状態だが、開店している。まだ2、3日と言ったところだ。明日見に行くかい?」


「はい、是非見たいです!」


「わかった。では朝食後に視察出来るように手配しておく。次に、カミーラ司祭からの手紙だ。異世界市場のルカート支店に使用予定の、時間停止機能付き魔法鞄と冷蔵の魔導具を送る、と簡潔に書いてあった。届くのにまだ日数はかかるが、これで必要なものは全て揃うだろう」


「うわぁ。凄いお値段がするって聞いていたので、こんなに早く届くなんてびっくりです」


「そうだな。そこはティアージア公爵家を頼ったと書かれていたよ。今は異世界市場の王都支店の開設に尽力しているとのことだ」


商業ギルドの登録はオーナーの僕がいない為、代理でカミーラさんの名前で登録しているそうだ。

従業員はティアージア公爵家の紹介で決まり、今は開店に向けて買い上げた店舗と集合住宅のリフォームを建築ギルドに頼んだところなんだそうだ。

今のところ3週間程かかる予定だという。


カミーラ師匠はティアージア公爵家に滞在しており、王都支店の完成を見届けてから戻ってくると言う。

そして旅に出る僕を拾ってまた王都へ行く予定なんだとか。


「カッスィー君の旅支度も用意しているそうだから、君は健やかでいるだけで良い。わかったかい?」


「はい。父さんと母さんにも伝えておきます」


「そうしてくれたまえ。そしてテッサ。君に伝言だ。魔具職人の師匠は王都を立ってティティー村へ向かったそうだ。到着まで3週間程かかるが、君のご両親にもちゃんと伝えて置くように。いいかね?」


待ちに待った師匠だ。そっとテッサを窺うと頬は高揚し、青い瞳が期待にきらめいていた。


「勿論です。両親にはしっかり伝えてあるし、客室の準備も用意出来ています」


テッサのてきぱきとした返答に、カッペラード様は面食らったようだった。


「そうかい。早いんだね。もしかしたら村長宅に泊まるかもしれないが、長期滞在するかどうかはテッサ次第だそうだ。無理のないように頑張りなさい」


「はい。俺はどうやら興奮すると熱が出るみたいなので、平常心を心掛けて頑張ります」


テッサは手を握りしめてそう答えていた。

テッサは実に嬉しそうで、頬を朱に染め、その青い瞳を涙で濡らしていた。

我慢していてもすうっと流れていく涙を見て、僕は貰い泣きしてしまったんだけど、彼女の涙は見なかったフリをした。

何しろテッサは女の子扱いされるのが大嫌い。

これで頭を撫でたりしたら怒髪天を衝くだろう。

トレードマークの灰色のツナギも、父親のヤッコムさんの真似だと言うんだから筋金入りだ。


「では今日はここまで。ヒヒイロカネのオークションは今頃競っている頃あいだね。結果は明日のお楽しみだ。さぁ解散にしよう」


カッペラード様の号令で僕達は解散し、客室へ戻った。


お風呂にゆっくり浸かって疲れを取る。

お風呂上がりに牛乳を飲んで、歯ブラシをして戻って来た。


テッサはまだ戻っていなかった。


僕の両親が流行病で相次いで死んで、当時3才だった僕は母親の姉であるフアラさんに引き取って貰えた。そしてベンさんという父親も出来て、僕は大事に育てられたんだ。

正直、生みの親の事は良く覚えていない。覚えているのは、母親がフアラさんと同じ赤毛であったこと位だ。ベンさんが言うには、僕の緑の目は父親譲りなんだそうだ。


この頃のテッサは栗色のくりっとしたくせっ毛で、腰まで届くロングヘア。まろいほっぺに短い手足。ルビアと並んでお人形さんみたいで可愛かった。


その頃は、僕も引き取られたばっかりで、何がなんだかよくわからず、よく泣いていた。

母さんのことをフアラさんと呼んで悲しませたり、夜中にぐずって寝かしつけてくれるのが母さんではないと、嫌だと泣いて暴れた。

辛抱強く、僕に愛を教えてくれたのはフアラさんという名の母さんだった。

父さんもよく泣く僕を抱きしめ、撫で、甘やかしてくれた。


ノックの音が鳴り、テッサが戻って来た。


「ただいま、と。どうしたんだよ。何か考え込んでんじゃん」


「今、3才の時の頃の僕達を思い出してたんだ」


「3才ぃ? って事はエンジの奴の事もか? 俺はアイツ嫌いだ。二度と会いたくない」


エンジ。それは、麦の作付けの手伝いに来ていた男衆の息子で、当時12才だった。

勝ち気なルビアより大人しいテッサを好んでおり、テッサちゃん、と猫なで声で呼ぶ、子供ながらに嫌な奴といった印象の少年。それがエンジだ。


ティティー村に年回りの合う子供がいなかった事もあり、エンジの相手はルビア、ガイ、テッサ、僕を含めた3才組がよく相手をさせられた。

大人たちから見たら、僕らの面倒を見る面倒見の良い少年、といった具合だったのだろう。

髪に触れられるのを嫌うテッサを、わかっていながら髪を結ったり、膝に乗せたりしてした。

面倒見の良い兄貴分、とならなかったのは、エンジがテッサばかり構っていて、他の3人は放置されていた為だ。

テッサちゃんが嫌がってるでしょう! とルビアの幼く高い声、泣き出したテッサに大喜びであやすエンジ……。

覚えている限り、気持ち悪い奴だったのは本当だ。


連日続くストレスの強い毎日に、テッサが遊びに来ない日もあった。

今日はテッサちゃんの来ない日。

そんな時はルビアがターゲットになり、取っ組み合いの喧嘩になったりした。

とにかくエンジは髪をすいたり、頬を撫でたり、手を握ったりする。しかも気に入った女の子だけだ。

僕とガイはこの気持ち悪さをうまく両親に伝えられず、悔しい気持ちを募らせていた。

ルビアは母親に結んで貰った大事なツインテールのリボンを解かれてギャン泣きし、爪でエンジを引っかきまくって流血沙汰になり、敬遠されるようになった。

それからは更にテッサにのめり込んだのがエンジだ。

とにかく言葉少なく大人しく可愛らしいテッサは、エンジのお気に入りだった。


「あの頃は僕達もテッサちゃん、って呼んでたよね。今呼ぶとエンジみたいで嫌だな。でもテッサ、エンジにやり返したでしょ。思いっきりビンタして、大嫌いだって言ってやった。それでエンジもちょっと懲りたと思ったんだけど……」


「ある時身体触られまくって気持ち悪くて吐いたんだよな。ゲロまみれにしてやったんだから、もう俺に構わなきゃいいのにしつこいから、兄貴のイクトが親父にチクったんだ。エンジがテッサにイタズラしてる。テッサは嫌だって泣いてるのに、なんでエンジを家に入れるの? って。親父は大激怒。母ちゃんも何があったのか用心深く聞いてくれて、俺はやっと性的なセクハラ受けてる事に気付いたんだよな」


「村長宅にすっごく怖い顔したヤッコムさんが来てたもん。父さんも母さんもやっと僕とガイの話を聞いてくれて、イヤイヤ呼ばれてきたルビアがどんな風に髪を触るか喋ってくれて。エンジの父さんは涙ながらに謝ってくれたんだよね。出稼ぎでティティー村に来ているだけだったから、もう翌年から来ない約束になって、この件は終わったんだ」


「俺はもとからボーイッシュな方が好きだったけど、母ちゃんが髪切らせてくれなかったんだよな。でもそんな母ちゃんがショートヘアにすることを許してくれたからな。あの事件がなけりゃ今でも腰まで長いロングヘアだっただろうから、それだけは感謝してる」


テッサはエンジがいなくなってから髪をばっさり切った。

くりんとした癖っ毛のショートヘアーで、ワンピースを着なくなり、灰色のツナギで遊びに出かけるようになった。

自分のことを俺、と言い出したテッサに、僕ら3才組はいつの間にかテッサちゃん、と呼ばなくなった。


何とも懐かしい記憶だ。


「それで? エンジの奴はまさか今年の麦の作付けに来んのか? 確か、もうすぐ成人だろ」


「本当なら出稼ぎに来たいって話はあったそうだよ。だけど、父さんの所に手紙が来た時点でエンジは出入り禁止にして貰ったんだ。父親だけなら来るかもしれないって、父さんが言うから、母さんと相談して、お父さんの方も断って貰った。なんか大人って、僕らが必死に気持ち悪さを訴えてるのに、暢気だよね」


これはテッサに秘密だけど、実は入植希望があったんだ。ゾワってするでしょ。エンジは成人してティティー村へ入植出来るつもりでいたらしい。


ホント、冗談じゃないよね。

エンジは多分、僕が両親の子供じゃないことを知ってる。だけど、あえて言わせて貰う。

次期村長として、エンジの入植は認められません。何十年経っても無理です。


「母さんが言ってたけど、エンジは小さな女の子が好きな男だって言ってた。俺もあれからそこそこ育ったけど、小柄な方だし、やっぱり会いたくない」


「エンジはティティー村出入り禁止だから大丈夫。テッサにイタズラした奴を父さんも受け入れないよ」


「ならいいんだがな」


そうそう、わざわざ嫌いな奴の話をしたのには理由があるのだ。


「ただ、エンジの村の男衆が出稼ぎに来る。子供はいないって話だけど、僕は旅に出ちゃうから、ちょっと心配なんだ。テッサの師匠が来たら、一応エンジの事相談していい? 万が一来たら気持ち悪いでしょ」


「せっかくの師匠なのに、言いたくねぇー」


「わかる。でも僕、予定では3年も留守にするんだよ。出来れば安心して旅立ちたいんだ」


「うーん、じゃあ、自分で言うわ。まず師匠になって貰ってからだけどな! なるべく長期滞在して貰って、沢山課題を出して貰うんだ」


テッサの青い目は将来の期待にきらめいている。

この目を曇らせる存在を許す村にはしたくない。

父さんと母さんにも、重ねてお願いしとかなくちゃね。



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