ただいま
ティティー村には、夕刻には到着した。
ハイド男爵家から急使が出ていたそうで、村の混乱は収まっていた。
しかし、玄関には父さんと母さんが待っており、カッスィーは泣き出してしまった。母さんに抱きつき、頭を撫でて貰う。
「カッスィー……お帰りなさい」
母さんも涙声になっていた。
「ただいま」
カッスィーは泣きじゃくりながら、ただいま、と繰り返した。
帰ってきたんだ、という実感が溢れ出る。
「無事にお返し出来てよかった。私は司祭のカミーラ・シシュタイン。職務中に偶然保護致しましたので、お送りしました」
「私はカッスィーの父のベンです。ルカート町の孤児院にいたそうですな。もし良ければ夕飯を一緒に如何ですかな」
「ご好意、有り難く受け取りましょう。ご相伴に預かります」
こうして、カミーラさんが夕飯を食べていく事になった。
一緒に来ていた部下の男性達は外で待つそうだ。
食堂の席につき、全員が揃うのを待つ。
カミーラさんが母さんの隣に座り、晩餐が開始された。
前菜は、豆とほうれん草のキッシュとサラダ。
卵の風味が豊かで、ほっくりとした豆が美味しい。サラダは酸味のあるドレッシングで食欲をかき立ててくれる。
メインは、サーロインステーキ。
ガツンとした肉の旨味がとても美味しい。
バジルソースがかけられており、濃いめの味がパリっとしたバケットに良く合っていた。
こんなに豪華で美味しいご飯は一昨日ぶりなので、ぱくぱくと食べてしまったよ。
そして、デザートである。
デザートは、苺のショートケーキだった。
カッスィーの好物なので、とても嬉しい。
柔らかなスポンジに挟まれた酸味のあるイチゴを、甘いクリームがサンドしている。
はじめにてっぺんの苺をぱくりと食べ、次にスポンジを食べていく。柔らかで甘く、最高に美味しい。
あっと言う間に完食し、食後のお茶を頂く。
「ではやはり、教会を出た後に誘拐されたのですね」
「実行犯の男が言うには、そのようです。建物を出た後、眠らせて運んだとのことです。男には誘拐の前科があり、手慣れていました。丁度眠り薬に使うネレの葉を持っていた事から、計画的な犯行だと尋問を担当する騎士も言っていました。誘拐されてきた子供を教会が買うような事はあり得ません。転生者狩りと呼ばれる行為に、我々も困っております」
「カッスィーはこれから、安全でしょうか?」
「そこで、話を聞いて頂きたいのです」
カミーラさんは、お茶を飲みながら僕を旅に誘った話をした。
基本的には転生者のいる領地へ行き、食料やレシピを売る。売るのは初回だけで、二回目以降からはハイド男爵家から買って貰う。
僕の利点は、師匠が出来る事、後ろ盾が増える事、教会に恩を売れる事。
「カッスィーは師匠を得て修行が出来るというわけですな」
「ええ。その通り。それに教会に恩を売れるのもオススメです。今回のような誘拐事件があった際に、優先的に捜査して貰う事も出来ます」
「そうなんですね。それで、各領地へ品物を売って回って、カッスィーは狙われないものなんですか」
「はっきり言って危ないです。特に平民だからですね。だからそこで、私の役目です。私が商品を用意できることにして、矢面に立ちます。カッスィー君はマジックバッグ持ちの荷物係になって貰います。商人が丁稚を連れて歩くのは珍しい事ではありません」
「それでは、カミーラさんが危険になるのではないですか」
「私はシシュタイン侯爵家の三女です。それに、いつも護衛を同行させています。後は司祭をやってるから、そこそこ偉いんですよ」
「そうですか。正直、困惑しています。あとはハイド男爵家と相談したいところです」
「どうぞ相談して下さい。宜しくお願いします。じゃあ今日は部下が待っているので帰ります。ごちそうさまでした」
そう言って、カミーラさんは席を立った。
「カミーラさん、僕を連れて帰ってくれてありがとうございました」
「カッスィー。君が無事で何よりさ。また会おう」
カミーラさんの出立をみんなで見送って、姿が見えなくなった頃、家に入った。
僕は調理場へ行き、ミラノさんに挨拶する。
「ミラノさん、ただいま。いつも美味しいご飯をありがとう」
「カッスィー。本当に良かった。心配したんだぞ……」
ミラノさんが涙を見せていたので、僕も涙が溢れてきた。
塩味の野菜スープも不味くはなかったが、やっぱり僕はミラノさんのご飯が一番美味しいと思うのだ。
自室に戻り、ひと息つく。
お風呂に呼ばれたので、ゆっくりと浸かった。
暖かくて、気持ち良い。
汚れを落とし、さっぱりした気分になって、布団に入ることが出来た。
ジネット達も今夜はお肉をたっぷり食べて眠りについている頃だろうか。
そんな事を考えながら、僕は眠りについていた。
疲れていたからか、夢も見なかった。
翌日の朝食後、僕は広場に来ていた。
理由は、僕が無事に帰って来たことを知らせる為である。
そのせいか、広場はちょっとした人だかりが出来ていた。
「カッスィー、無事で良かったな」
「心配したのよ」
「本当に良かった」
一昨日の夜はそりゃあもう、えらい騒ぎで、村中至る所を探していたんだとか。
昨日帰ってくるのが遅かったら、山狩りに出掛けるところだったらしい。
僕は麻袋に入れられ、荷車で運ばれていた。
目撃者もいなかったし、仕方ないと思う。
村のみんなにありがとう、と挨拶して一度村長宅へ戻る。
入口には、テッサが座り込んでいた。
テッサとは早朝会って、既に泣かれている。
落ち着いた後、どうして誘拐されたのかという話になり、転生者と間違われたと話した。
それからちょっと様子がおかしいのである。
実際のところ、転生者であるのはテッサなので彼女は罪悪感を抱える事になったのだが、知る由もないカッスィーには意味がわからなかった。
「なぁ、カッスィー。もし俺が転生者だったらどうする?」
「テッサが? うーん、特に変わらないよ」
「転生者のせいでさらわれたんだぜ。恨み言の一つや二つ、あるだろう」
「でも原因は僕が虚空からお弁当を出していて、賢者様と間違われた事が一番の原因だったみたいなんだ。だから、自業自得なんだよね。転生者の人に、恨みはないよ」
「俺達はもう慣れちゃったけど、虚空からものを出すって、本来はびっくりする事なんだろうな」
「冒険者のタリさん達も、随分驚いてたもんね」
そうだな、と返事を返すテッサは、少し元気が戻って来たようだった。
そこで父さんに呼ばれ、テッサと別れ、応接室へ行く。
「カッスィー。村の皆に挨拶は済んだかい?」
「うん。後お昼にガイとルビアに会いに行くよ」
「そうか。じゃあこれを身に付けなさい」
父さんが差し出して来たのは、茶色のウエストバッグだった。腰につけれるようになっており、機能的な鞄だ。
「これってもしかして……」
「うむ。マジックバッグだ。魔法鞄とも言うそうだ。容量は小さいが、取り急ぎ十分だろう。うまく使って、危険を払いなさい」
「ありがとう、父さん。大事に使います」
僕は茶色の鞄を抱きしめて、自室に戻った。
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