司祭のカミーラ
ガサっと茂みが動き、イエーモが出てきた。
「イエーモ、ギーザは応接室か」
「ああ。入っていったよ。シスターは泣き落としに弱いから、また許しちゃいそうだな」
「シスター、いい人だからなぁ……」
どうやらさっきの女性の声はシスターだったらしい。
「僕、どうやったら帰れるかな」
「ギーザは期待出来やしないぜ。まずは朝飯にしよう」
ほら、とイエーモは鳥の卵が入った籠を見せてきた。
「お前、卵焼けるか」
「やったことない」
「じゃあ昨日と一緒で、野菜スープを作れ。いいな」
3人で部屋に戻り、野菜を刻んでいたマリとエーテに声を掛けた。
「野菜刻み終わったか。よし、皿を並べておいてくれ」
ふたりは頷くと、皿を並べ始める。
僕も汲んできた水を鍋に入れ、火をつけた。
野菜が煮える頃になって、修道女の格好をした女の人が部屋に入ってきた。
僕は塩で味を付け、皆のお皿にスープを注いでいく。
ジネットはシスターとお話をしているようだった。
「おい、カッスィー。お前、転生者なのか?」
「違う」
「違うってさ。シスター、こいつは誘拐されてきたって言ってるし、早いところ親のところに帰した方がいいんじゃないのか?」
「やっぱり、違うのね。私も家に帰してあげたいけれど、ギーザがちっともいう事を聞かないの」
「シスター、ギーザは駄目だよ。警邏に連絡したらどう? アイツを切り捨てるべきだよ」
「あの子、泣いて泣いてどうしようもないの。今日のお昼に司祭様がこの孤児院へ来て下さるそうなの。仕方がないわね、あの子を罰せられない私も悪いわ」
ジネットやイエーモの言う通り、泣き落としに負けてしまったようだ。
卵を焼いていたイエーモが皆の皿に目玉焼きを配り、僕も野菜スープを注いだ。
「シスター。ギーザは放っておいて、朝食にしよう。今日は人数分卵があるんだぜ。凄いだろ」
「ええ、頂きましょう。女神様、今日も生きる糧に感謝致します」
皆で食べ始める。カッスィーも目玉焼きとスープ、パンを食べ切った。
正直、ちょっと足りないけれど、ここでお弁当を出したりしたら騒ぎになるのは目に見えている。なのでぐっと我慢をした。
外に出て、玉ねぎと人参を収穫する。
カッスィーは慣れなくて、すぐ泥んこになってしまったけれど、お昼ご飯になる野菜はしっかり収穫させて頂いた。
じゃがいもの土を払っていると、そっとイエーモが近づいてきた。
「今、中にギーザが来てる。ジネットと喧嘩してるから、もう暫くここらへんにいてくれ」
「僕の事で喧嘩してるんだね……」
「しょうがないさ。シスターがもし捕まっちゃったらうちの孤児院だってどうなるかわからないんだからさ」
「そんなに転生者ってお金になるの?」
「さぁ? ギーザの妄想だと俺たちは思ってる。誘拐してきて金を貰えるなら人買いって事だろう。さすがに教会が人買いを許容してるとは思えない」
「そうだよね。僕、転生者っていうのに間違われる事が多くって、困ってるんだ」
「贅沢な悩みだな。親がいない俺たちよりは、お前はよっぽど恵まれてるよ」
少し、沈黙が落ちた。
「でも、ここの人たちって、家族みたいだね」
「そりゃ、家族だよ。あのギーザだってここの孤児院出身なんだ。家族には違いないんだけどさ……」
ガサガサッ
「おお、こんなところにいたのか。お前は金の卵なんだから畑仕事なんてしなくていい」
ギーザだった。黒髪に黒い目。少し薄汚れた上下の服。陰気な印象を受ける以外、得に特徴はない。
だが、カッスィーは見た事があった。
「あんた、女神さまに祈ってた……」
「ああ。人足の仕事のついでに女神さまに祈ってたらいいもんを見つけちまった。坊主、本当の事を言ってみろ。転生者じゃないなんて嘘なんだろう?」
「嘘はついてない。本当に違う」
「じゃああれはどう説明するんだ。賢者様のスキルを持っているんだろう」
「持ってない。似てるだけだ。教会の神官だって、僕のスキルのことは知っているよ」
「なんだって。そんな、そんな……」
賢者様の再来ってやつなら、どれだけ金貨を貰えだろうか。
そんなことを考えていたギーザの頭に、間違いでした、という文字はなかった。
「じゃあ、転生者のふりをしろ。神官に、嘘をつくんだ」
「嫌だ! どうせすぐばれる嘘をついてどうするっていうんだ」
「ふん。ちゃんと出来たら家に帰してやるって言ってもか?」
「それじゃただの悪人だ。あんた、ジネットやイエーモの家族じゃないのかよ!」
「俺はただ、そいつらの為を思って……」
ガサガサッ
「ギーザ、あんたはちゃんと誘拐の罪を償って貰うからな。逃げるなんて考えるなよ」
「ジネット……」
「カッスィー、中に入れ。そろそろ神官が来る」
ジネットに促され、イエーモと二人、家に入る。
ジネットはギーザの見張りをしているんだそうだ。
部屋に入ると、マリとエーテが絵本を読んで遊んでいた。
僕も近づいて、空いている絵本を手に取る。
それは賢者様の本だった。
賢者様は夢のような凄いものをたくさん出してみんなを幸せにしました。
そんな言葉で締めくくられている。
賢者様はそんなに凄いものを出せたんなら、さぞ大変だっただろう。
だって、カッスィーでさえこんな誘拐騒ぎになっているんだもの。
これから先も、賢者様、そして転生者として疑われて生きて行かなくちゃいけない。
それはとっても重い重しをつけられたような心地で、ちっとも嬉しくなかった。
今朝のシスターと一緒に、デザインの違う修道服を着た女性が部屋に入ってきた。
「私はカミーラ・シシュタイン。教会の司祭だ。転生者で保護希望の子供っていうのは、あんたかい?」
「僕はカッスィー。間違われて、誘拐されてきた子供です」
「はぁ!? 何だって!?」
カミーラさんは、とっても驚いた様子だった。それに、シスターと比べて、ずっと若い。
僕はなんとか家に帰れるように尽力しなければならなかった。
お読みいただき、ありがとうございました。
もし面白い! 応援してるよ! と思ったら、
↓の★★★★★を押して応援してくれると嬉しいです!




