マジックバッグが欲しい
話が終わり、帰路につく。
謁見に向かうというハイド男爵と僕は握手を交わして別れた。
護衛を頼んでいる冒険者パーティー"緋色の鐘"と合流し、また馬車2台で連なって走っていく。
「あのお弁当、とーっても美味しかったわ。濃い味付けのお肉は柔らかくって、甘辛い味が本当に美味しいの。白い穀物と合ってたわ。みんな大絶賛だったのよ」
タリさん達は牛焼肉弁当が気に入ったようだ。
「カッスィー君みたいなスキルを持つ子って見たことないの。今日も到着したら、お弁当を売ってくれるかしら?」
「いいですよ。あと、おやつもあります。キャラメルは如何ですか。銅貨3枚です」
「買うわ。はい、銅貨3枚。うーん、虚空から出てくるのって、やっぱりスキル【物々交換】みたいね」
僕はキャラメルを取り出して渡した。
「似てるだけです」
今のところ、それしか言えることがない。
タリさんはキャラメルを大変気に入って、ウズさんにも勧めていた。
「うまいものが出てくるスキルなんだな」
ウズさんはそう言って、二個目のキャラメルを口に放り込んだ。
気に入って貰えて、嬉しいね。
今日は襲撃されることなく休憩所に着き、ゆっくりお茶を飲んだ。
そこでふと、ウズさんが、声を潜めて聞いてきた。
「カッスィー君、もしや珈琲が出せると言う事は、チョコレートも出せるんじゃないかい?」
「ええ、何でわかるんですか?」
「教会だ。冒険者ギルドの依頼板に貼ってあるのを見たことがある。教会からの依頼で、珈琲とチョコレートの仕入れ元を探すって言うのがあるんだよ。俺達は受けてないから大丈夫だが、人前では珈琲も出さない方が良いかもしれんな」
「ありがとうございます、ウズさん。これからは気をつけます」
「その依頼って最近なのか?」
「いや、結構前だったように思う。どうかしたか、テッサ」
「そのふたつに関しては、ティアージア公爵家が問い合わせ窓口になってくれる筈なんだ。それで解決するはずなんだけど……」
「ティアージア公爵家?! 三大公爵家の一柱じゃないか。そんなデカい家が出てくる話なんだな。カッスィー君は出掛ける際、必ず護衛をつけるべきだ。まだその情報が知れ渡っていないからな」
「わかった。父さんにそう言うよ」
ウズさんが真剣な顔でそう言うので、僕も神妙に頷くしかなかった。
「カッスィー君の場合、虚空からものを出すから、誤魔化しようがないというのもあるだろう。せめて空間魔法を付与されたマジックバッグを持っていればと思ったんだが……。マジックバッグも高価なものだから、気軽には勧められないな」
「話し中失礼する。マジックバッグと言うのは、見た目以上にものが入る鞄のことで宜しいかな?」
話に入ってきたのは父さんだった。
「はい。その通りです。実は、俺達が腰に付けてる鞄はマジックバッグなんですよ。容量は少ないですが、テントや調理器具、当座の食料も入っています。あと、時間停止機能付きマジックバッグと言うのもあります」
「随分値が張りそうですが、時間停止機能付きのマジックバッグは便利そうですな」
「便利ですが、容量の少ないもので中古でも金貨300枚はします。現実的なのは、普通のマジックバッグでしょうね。中古で金貨30枚からあります」
「その鞄から出してるように見せかければ、カッスィーはこれ以上目立たずに済みますかな」
「絶対とは言えませんが、虚空からものを出すのを見ると、賢者様を連想します。これ以上なく目立つと言えるでしょう。マジックバッグ持ちも珍しいとは言え、他にもいます」
「なるほど……。ありがとうございました。購入を考えてみましょう」
父さんは頭を下げて馬車に戻っていった。
僕達も馬車に乗り込み、出発。
「時間停止機能付きのマジックバッグがあったら、食べ物が腐らないね」
「アイスクリームも溶けないよな。欲しいけど高いな」
「中古で金貨300枚かー。お小遣いを貯めていけば、買えるかな。先は長いね」
「まずは普通のマジックバッグで十分だろう。交易の日は、金貨をギッシリ詰めた鞄を持ち歩いているからな。あると助かる」
ミラノさんもマジックバッグの購入に好意的だ。
僕も、マジックバッグ使ってみたいな。
やがて、ティティー村に到着した。
空は夕焼けに染まっており、一段と冬の冷気を濃く感じた。
解散する前に、タリさんと約束していたお弁当を売る。
「どんなお弁当が良いですか?」
「うーん、お任せで良いわ。どれも美味しそうなんだもの」
「では、チーズチキンカツ弁当をどうぞ。四つで銀貨2枚です」
「はい、どうぞ。ありがとうー。解散したら頂くわね」
タリさんが下がっていき、リーダーのアグニさんが前に出てきた。
「カッスィー君、美味しいお弁当をありがとう。ベンさん、これで護衛依頼は完了です。宜しいですか?」
「ああ。二日間ご苦労だった。特に昨日は盗賊を撃退してくれて助かった。また機会があったら依頼を受けて欲しい」
「こちらこそ。俺達はトーミ町を拠点として主に護衛依頼を受けています。また宜しくお願いします」
父さんが依頼完了のサインをして、"緋色の鐘"の皆さんは去っていった。
タリさんが手を振ってくれたので、僕とテッサも手を振ってお別れをした。
自室に戻り、ひと息つく。
思ったより身体が凍えていたので、夕飯前にお風呂に入ることにした。
湯船を軽く洗って、魔導水道でお湯を貯めていく。
鼻歌を歌いながら10分程でお湯は溜まった。
服を脱いで身体と髪を洗い、湯に浸かるとえもいわれぬ心地よさに包まれる。
「はあー。大冒険だったなぁ」
盗賊をバッタバッタとやっつけるアグニさんは、さながら物語に出てくる勇者のようだった。
盗賊も見てしまったしね。
物語の悪役ってお金持ちのイメージがあるけれど、盗賊はすごくぼろぼろだった。
生き残りの主犯格は太っていたけれど、他の人たちはやせ細っていた。
実際のところはわからないとはいえ、ギャンブルで身を滅ぼしたら、ああなっちゃうんだね。
僕も気をつけようと、胸に刻んだ。
お風呂から出て、髪を乾かし、ひと息ついたら、夕食だ。
食堂へ行くと、もう父さんと母さんは着席していた。
「揃ったな。では、晩餐を始めよう」
父さんの合図で、前菜が運ばれてくる。
メニューは、貝類とほうれん草のマリネ。
昆布出汁でしっかり蒸し煮にされた貝は甘く、出汁の風味がたまらない一品である。
「ティティー村でこんなに美味しい貝が食べれるなんて。カッスィーのおかげね」
「そうだな。ミラノも腕の振るい甲斐があるだろう」
「僕は貝を出しただけだよ。凄いのはミラノさんだ」
「そうか。謙虚なのは良い事だな」
父さんはははは、と笑い、僕に向き直った。
「エドに明日、マジックバッグを買ってくるように頼む事にした。カッスィーにも一つ買うから、虚空からではなく、鞄から出すようなやり方を身に付けなさい」
「うん、わかったよ」
高い鞄だもんね。しっかり身を守る方法を覚えなくっちゃ。
今日のメイン料理は白身魚のムニエル、オレンジソース。
魚の身はパリッとしていて、ナイフを入れると柔らかい。
バターの香りがとても良く、マーマレードを使って作られたソースが、爽やかな風味をもたらしていた。
オレンジソースはコンソメで炊かれているので、芳醇な味わいだ。
焼き立てのバケットとの相性もバッチリである。
「美味しいお魚ね。今日は何のお魚なの?」
「今日は鯛を使いました」
「美味しいお魚なのね。オレンジの風味が爽やかだこと」
「ええ。実に美味い魚です。次は焼き魚でお出ししますよ」
「それは楽しみね」
ミラノさんの返答に、母さんは上機嫌だ。
今日のデザートは、ティラミスだった。
ココアパウダーと甘いクリームの層を狙って食べる。
何故なら最下層は苦い珈琲の味がするからだ。
まずくはないけど苦いので、底はよけて食べる。うん、甘くて美味しい。
このちょっと苦い所も美味しく食べれるのが大人だよね。
父さんと母さんは笑顔で美味しそうに食べていた。大人ってズルい。
食後のお茶を淹れてもらい、明日の予定を確認する。
明日はお昼にみんなで集まろうって言っていたんだ。12時に広場へ集合だ。
「カッスィー。外出する時は、くれぐれも注意するんだよ。知らない人の話を聞かないように。勿論、ついて行ったら駄目だ」
「はい。父さん」
僕はしっかりと父さんと約束をした。
だから心配する事はないはずなのに、僕の胸には一抹の不安が宿されていた。
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