教会からの使者
翌日、父さんに呼ばれて応接室へ行くと、客人が来ていた。
修道服に身を包んだ女性だ。年の頃は17、8といったところだろうか。体の線は健康的な起伏に富んでいる。
「初めまして。キサラ・バーナードと申します」
そう言って彼女はぺこりとお辞儀をした。
僕もつられて頭を下げる。
「カッスィーといいます。宜しくお願いします」
「まぁ。上手に挨拶が出来るのですね。転生者なのではありませんか?」
キサラさんは両手を組み、喜色満面な笑みでにじり寄って来る。
「てん……?」
僕は訳が分からなくて、ちょっと後ずさってしまう。
「キサラさん、カッスィーは違いますと申し上げたではありませんか」
「村長さんのお話では、この村に転生者はいないとのことですが、しかし! ただ言い出せないだけという事もございます。私が赴任してきたからには、必ず見つけ出してみせましょう!」
「それは一応毎年の事で、うちの村のバロックじいさんが役目を担っていると聞いたのですが……」
「無論、常駐の神父へお話をしていただいて結構です。ただ、私は転生者の方々に快適に暮らして頂きたい。そう考えております。そのためには早めの保護が何より大事であるのです」
「お気持ちは汲みますが、息子は訳が分からない様子。退室させてもよろしいでしょうかな」
父さんナイス! 意味が分からなくて困ってたんだ。
「しかし、しっかり聞いておきませんと王立学園のクラス分けに影響が出ます。カッスィー君、異世界ってわかるかな? 転生、魔法、バス、ヒコウキ、デンシャ、鉛筆、消しゴム、ノリベン……」
キサラさんは指を立てて、噛んで含めるように単語を羅列していく。ふと、意味の分かる単語が聞こえた。
「今、ノリベンと言いましたか。海苔弁当というお弁当のことでしたら、僕のスキル【ネットスーパー】で出せます」
「おお! やはりあなたは転生者だったのですね! ノリベンは転生者がこよなく愛するお弁当だと聞いています。この世界にはないと聞いていましたが、さすが転生者! 素晴らしいスキルです」
「ええー……誤解です……」
キサラさんは勝手に盛り上がって、祈りを捧げたり、どこかへ手紙を書こうとしたりし始める。
すると、雷のような父さんの声が響き渡った。
「いい加減にして頂きたい!」
「あ、あら……?」
「あなたのそれはただの決め付けでしかない。親切でもなく職権乱用も甚だしい。そんな横暴なシスターの常駐を村長として認めるわけにはいきませんな」
父さんは何らかの書類をキサラさんに突き返し、席を立った。
「こんな事なら、信頼してカッスィーのスキルの事を話すのではなかった。お帰り下さい。馬車はこちらから出しましょう」
「お待ち下さい! 私は職務に従っているだけです!」
「くどい!」
打ちひしがれた様子のシスターに、父さんは一歩も譲らない。
僕も、これだけは言っておかなくっちゃ。
「僕は、そのテンセイシャというのじゃありません」
「だって、ノリベンは分かったじゃないですか!」
「スキルで買えるだけです。お弁当以外の意味はわかりません。失礼します」
それだけ告げて、僕は応接室を後にした。
「……って言うことがあったんだよ」
「うへぇ。俺は会わなくて良かったわ」
僕らは広場でお弁当を食べていた。
メニューはタイムリーな海苔弁当。
転生者がこよなく愛するお弁当とは、一体どんな味なのだろうとテッサと二人で賞味している。
「ただね、王立学園のクラス分けに必要な情報だって言われて、もう一度会ったんだ。でもね、転生者なんでしょってうるさくて困っちゃった。レアスキル持ちはだいたい転生者で、Bクラス行きなんだって。例外は貴族しかいないAクラス。僕は平民だからBクラス」
「なんかおおざっぱなんだな。俺も進学希望だから、その神官に会わないとな」
海苔弁当は美味しかった。
ちくわ天と白身魚のフライが乗っていて、ご飯の上のおかかを海苔で封じ込めている。
こんなお弁当を転生者とやらはこよなく愛しているらしい。
美味しいから、美味しいものが好きな点は相いれるだろうと僕は思った。
しかし何がしたかったんだろう、あのシスター。
しきりに転生者保護、と言っていた。
「保護っていうのはつまり、どっかの養子にするって事なんだろうな」
「えええっ?! そんなの、酷いじゃん。親元から引き離されちゃうの?」
「そうなる。孤児だったら良いかもしれないけど、うちの村だとどうだろうな。それにちゃんと本人の意思を尊重してくれない感じが嫌だよな」
「ほんとそれ。僕は違うってちゃんと言ったのに信じてくれないし」
「そうだよな。カッスィーは違うよな。スキルが賢者様っぽいからそう思いたい気持ちもわからなくはないんだけど、決めつけはよくないよな」
テッサはしみじみと頷いてくれた。
「もう帰ったはずなんだけど、大丈夫かな? 3時のおやつにカキ氷のお披露目をやろうってミラノさんに言って貰ったんだ」
「いると絡まれそうなんだな。じゃあ村長宅へ帰ってみるか」
「うん。テッサも一緒に来てくれるの?」
「おう。王立学園のクラス分けに必要なら、俺も一度は会わないといけないしな」
決意したように言うテッサに、僕は頷いて一緒に村長宅へと帰った。
シスターは帰宅していなかった。
実は同期のいる村で転生者が見つかり、とても焦っていた。
教会の使者として来たが、仕事は転生者の保護である。いなければ帰宅するほかない。
しかし現在は同期の昇進祝いで浮かれる最中に、王都に帰るわけにはいかなかった。
ようするに、転生者を見つけると昇進出来るのだ。疑わしきだけでもいい。
個人情報を守るルールがある為、見つけるのは困難であるが、リターンは大きい。
だからこそキサラはまだ帰るわけにいかなかった。
しかし、数日は滞在できるはずが、怒るベンをなだめても、帰宅するのは夕刻まで待ってもらうのが精一杯だった。
ベンから聞いたカッスィーのスキル【ネットスーパー】は成長し、現在賢者様のように魔具素材まで出すようになったという。
そんな子は転生者疑いでBクラス行きまっしぐらである。
それを大々的な転生者として扱おうとしたが為に、ベンの怒りを買ってしまった。
欲をかいたせいでこの村にいれるのはあと数時間程。
後悔先に立たずとはこの事である。
教会で常駐の神父にわけを話し、女神に祈らせて貰っているが、ちっとも気が晴れない。
そんな中、教会に一人の子供がやってきた。
髪は短く茶色のショートヘアーで、目は青。体つきは小柄で、灰色のツナギを着ている。
「キサラってあんたか?」
「ええ、私ですけれど、あなたは……?」
「あんたが探してる転生者だ。この村には俺しかいない。他に聞きたいことはあるか?」
キサラは大変びっくりしたが、質疑応答もはっきりしているし、この少女が転生者で間違いないとしっかり理解することが出来た。
なぜなら、電車や飛行機の形やどんなふうに動くのかも説明して見せたからである。
キサラが勉強した限りの知識と合致した為、彼女は転生者として認定が完了した。
キサラは小躍りしたい気持ちでいっぱいだった。王都に帰ったら昇進が待っている。
「それで、俺は転生者だってことを秘密にしたい。親にも友達にも言ってない。今の生活を変えたくないんだ。出来るよな?」
「ええ。教会の名簿には載るけれど、それはいいわよね。あなたは貴重なスキル【鑑定】持ちで、転生者だもの。だいたいの希望は通るわ。ていうか、女の子よね? その言葉使いじゃ男の子みたいよ」
「女扱いされんの嫌いなんだよ。ほっといてくれ。それで、王立学園のクラス分けは問題なさそうか?」
「問題ないわ。あなたとカッスィー君はBクラスになるでしょうけど、不服かしら」
「いや、同じクラスならなんとでもなる。異論はねぇよ。だが、カッスィーにまた絡みに行くっていうなら俺が相手になるぜ」
キサラはファイティングポーズを取った少女にびっくりして、相手を宥めるように声を出した。
「もう帰ります。だからそんな敵対しないでよ」
「俺はどこぞに養子入りなんてしないから、そこ間違えるなよ。俺が転生者だっていうのは、秘密だからな」
「転生者狩りもいるし、秘密に出来るならその方がいいわね」
「何か言ったか?」
「いえいえ、秘密にしたまま目立たず生きていける子ってあんまりいないのよ。気をつけてね。あなたの場合はカッスィー君が目立つから大丈夫なんでしょうけど」
少女は首を傾げてキサラに向き直った。
「カッスィーは目立ってんのか?」
「私も今日村長さんに教えて貰ったけれど、チョコレートや珈琲を出せるんですって? それだけで凄く目立ってるわ。転生者の好物なのよ。村長さんに断られちゃって直接仕入れは無理だったんだけど、後はハイド男爵家へ問い合わせするわ」
「カッスィーは目立たないように生活してるのに、転生者のせいで何かさせられたりするのか?」
「カッスィー君だって転生者疑いのままですからね。無理なことはさせないわ。ただ司教様がなんとおっしゃるかわからないわね」
「何だ。役に立たねぇな」
「何とでも言って頂戴。出来る限り守るわ。ではお邪魔様でした。私は王都の教会にいるから、学園に入って何かあったら会いに来てね」
「覚えて置く。じゃあな」
少女が帰宅し、キサラも村長に睨まれないように早々と馬車で帰路についた。
そんなわけで、3時のカキ氷のお披露目は、邪魔されずに済んだのでした。
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