ホールケーキと卒業式
カスケード寮のアランを覚えているだろうか。
妹のエレノアはエビフライ弁当を喜んで食べた子である。
アランとエレノアにはあれから何度も会い、随分仲良くなった。
アランは一個上なので、二年のAクラスに所属している。
入学したら挨拶に来いと言われていたので、テッサと昼休みに伺った。
「お前、女連れなんてやるじゃねぇか」
「いや、テッサは鑑定師だよ。幼なじみなんだ。それと、アランが気にしてた蓄音機の制作者だよ」
アランが女連れとか言うから、返事が微妙な感じになってしまった。
テッサは気を悪くしてないかな。
「テッサです。魔具職人見習いですが、鑑定師もやってます。宜しくお願いします」
テキパキ返事してる。良かった、大丈夫みたい。
「喫茶店ツバキのツバキ劇場目当てに結構通ってるんだぜ。蓄音機は本当に良い発明品だ。俺もパトロンに名乗り上げてもいいか?」
「カスケード侯爵家でってこと?」
「勿論だとも。男に二言はねぇ。テッサ、あんたはそれでいいか?」
「もちろん。ありがとうございます」
テッサは丁寧にお辞儀した。
「それとだな、カッスィー。妹を助けたみてぇに友達を助けてくんねぇか。チャコル・パーカーっていう奴で、同室なんだ」
「僕はいいですけど、貴族寮までいきますか?」
「それには及ばねぇよ。おーい、チャコル! こいつが、礼の奴だ」
チャコルさんは目が細くて、身体はガッチリ鍛えてる人だった。
「ケーキをホールで売って欲しい」
そう言うと、きっちり腰まで頭を下げた。
「勿論、いいですよ。どんなケーキがいいですか?」
「どっしりしたチョコレートケーキが良い。このあたりにホールケーキを売ってくれる店がなくて困ってたんだ。ここに出してくれ」
「では、金貨1枚です。丁度頂きました。では、出しますね」
大きなお皿に載せたホールケーキを見て、チャコルさんは感動の涙をこぼした。
どうやら本当に困ってたみたいだ。
ナイフとフォークも出してみたが、フォークだけで、あっと言う間にホールケーキを食べきったチャコルさんにびっくりしていると、「毎週頼んで良いか」と打診が届いた。
「わかりました。来週も来ます」
「かたじけない。それと聞きたいんだが、金貨ではなく宝石がよければそう言って欲しい。虚空から物を出すそのスキル、かの賢者様と同じスキル【物々交換】ではないか?」
チャコルさんのその台詞に、何名かのクラスメイトが頷いていた。
「いえ、スキル【ネットスーパー】といいます。代金はお金でないと駄目なので、金貨でお願いいたします」
「ほう、そうなのか。わかった」
「ありがとな。チャコルはキッチリ身体鍛え上げるタイプなんだけどさ、週1でホールケーキを丸ごと食う事が癒やしなんだと。店がなくて本当に困ってたんだよ。さすが天使様だ。ありがとうな、カッスィー」
「天使様はやめて下さいよ。じゃあ戻りますね」
「ああ。またな」
このあと、ケーキを買いたいという上級生が増えた。たまにでよければ、全然構わないよ。
授業に戻り、3コマ終われば放課後だ。
丁度おやつの時間なので、テッサとふたり、誰もいない食堂でおやつを食べた。
今日は、ショートケーキ。
マジックバックがないので、食べ終えたら食器を洗う。
その後解散して、寮へ戻った。
夕刻になるとお弁当組にお弁当を売る。宝石の奴はいない。よし。
ケーキを売って欲しいって言う先輩はいまだに宝石を用意してるんだよ。いらないって言ってるのにそんなに虚空から物を出す奴が珍しいのかな。
うん。珍しいね。多分その理由だ。
翌日のお昼時。
お弁当組にお弁当を売った。
キリは今日は牛丼で、銅貨5枚を受け取った。
ティアージア公爵に出した手紙の返事が来た。
管轄が違う為、直接何かは出来ないが、管轄の部署に働きかけてみる、とのことだった。
仕事の出来る人は流石違う。
僕が二年に上がる頃には、丼物はだいたい食堂で食べられるようになった。あと味噌汁がついた。
デザートも数点用意され、感謝でいっぱいなのである。
同室のキリは僕が手紙を書いていた事を知っているので、僕のことをしっかり拝んでいた。
「さすが賢者候補だね。ティアージア公爵家に縁がある事も凄いし、あんなに言ってダメだった食事をここまで改善するなんて、本当に神ワザとしか言えないよ」
「転生者歓迎パーティで有名なお家だし、転生者が困っているなら、動いてくれそうな気がしたんだ。でも、賢者候補はやめてよ」
「なんでだ? テストの点も良いし、なれるならなればいいじゃないか、賢者。それぐらい、この国に貢献してるんじゃないのか」
それは暗に異世界市場の事を言っているのだと悟った。
キリは賢い、秘密にしていることを暴かずにいてくれるのだ。
確かに報奨を貰えるくらいには頑張ったけどさ。
でも、賢者様ってもっと賢そうなイメージじゃない?
僕が賢者様とか、やっぱり無理だわ。
それから三年経ち、とうとう卒業である。
食堂の食事改善は進み、蕎麦とお好み焼きまで出すようになった。味もぐっと良くなってるし、デザートも増えた。
特にプリンは絶品である。
カスケード領のエレノアが来て三年、テッサと共に良い先輩として仲良くさせて貰っている。
今日は卒業式、良い天気だ。
「卒業生代表、アギト・ピリオネだ。皆で切磋琢磨してきた四年間は、俺達の宝物だ。これから色んな道に進む皆へ。俺達は友達だ。何かあれば、声をかけてくれ。お互いに、助け合って行こう。四年B組アギト・ピリオネ」
清々しいスピーチのあと、拍手でアギトを讃える。
卒業式が終わり、立食パーティへ移動する。
そこでサーワ先生を見つけ、クラスの皆で胴上げをした。
「皆、卒業おめでとう。これからの活躍に期待しているぞ」
「サーワ先生、四年間担任お疲れ様でした」
僕がそういうと、サーワ先生は真面目な顔をして黙り込んだ。
「すまなかったな、カッスィー。うちの学食が変わったのはお前のお陰なんだろう。学業以外に負担の大きいことをさせて悪かったな」
「いいえ、すごく楽しかったですよ。未だに僕を見て宝石を持ってくる人がいることも、今では笑い話です。師匠に話すのが楽しみですよ」
「シシュタイン家の司祭だったか。一緒に転生者支援の旅はもう、終わったんだろう」
「僕は賢者ではなく商人なので。旅に出て、商材を売りますよ」
「うっすら聞いてるだけでも大活躍だ。早く貴族になっちまえ。分からないことがあれば聞きに来い。じゃあな」
先生はそれだけ言って、去っていった。
気付けば教室でテッサと二人きりだった。
お互い、大人になったもんだ。
いつだったかイクトに聞いた、『イザイアの泉』。その意味もわかるようになってしまった。
「テッサ。僕、貴族になるよ。テッサはついてきてくれる?」
「俺がそれぐらいでビビるかよ。カッスィーがどんなにえらい奴になっても、横にいてやるよ」
ニッコリと笑ったテッサは、いつか見たみたいに茶色の髪を背中まで伸ばしていた。
「また、歌劇を見に行こうね」
「ああ。楽しみだな。次は桜組の公演がいいな。相合い傘っていう、恋人同士の話なんだ」
僕達は隣り合い、手をつないだ。
テッサの手は思ったよりも小さくて、ドキッとしてしまった。
「ところでさ、今聞いておきたいことがあるんだけど、いい?」
「いいよ。何だ?」
「テッサは、転生者なの?」
「そうだよ。今更だな」
「そうだね。今更だね」
でも、聞いておきたかった。
この四年、色んな事があった
そのたびに、君は助けてくれたね。
いっそ転生者だったら良かったのにと思った事があるよ。
その方が分かり合えると思ったから。
でも、関係ないね。
転生者は僕じゃない。
それでいいじゃないかって今は思えるんだ。
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