正義のテロリスト
「えー、今日は皆さんに大切なお話があります。」
田中先生は、何かあるといつも敬語になる。
いつもは、生徒にタメ口で話すフランクさが特徴的な男性だ。
故に、生徒からの人気が高く、一部の生徒はあだ名を付けている。
そんな彼がいきなり敬語で話し始めるので、割と大事な話なのだろう。
いつもは朝の会でもそれなりに騒がしい教室が、察したように静かになる。
そして、田中先生が話し始める。
「皆さんの中には知らない人が多いと思うのですが、今年から大学入試は変わります。」
少しざわめきたつ生徒たち、田中先生は気にせず話を続ける。
「今まで君たち高校3年生は、希望すれば全員共通テストを受けることができました。しかし、今年からは一定の得点を取得しなければ受験をすることができません。」
皆唖然とする。言っている意味がよく分からないからだ。
「一定の得点というのは具体的には500点。これを試験本番までに国が行う模試で取ってください。そうしなければ、当日は受験できません。」
やはり言っている意味が分からない。
というか、衝撃的な事実が耳を通り過ぎる。
国が行う模試を受ける?500点取れなかったら受験できない?
そんな幾つもの疑問が頭に浮かんでくる。
さすがに教室の人も事態の呑み込めなさに、どんどん生徒間でしゃべりあい始める。
「今までの受験とはあまりにも違いすぎると思うので、今日の5限目は急遽学年集会を行い、そこで詳しい説明を行います。とりあえず、学校側でもこれからしっかり対策していこうと思うから、もう朝の会の時間もないし、皆あまり心配し過ぎずに1限目を受けてな。」
その後、朝の会を終える号令をせずに、田中先生は教室を去っていった。
♢
「つまり、どういうことよ、四城くんよお。」
田中先生がいなくなった直後、少しやかましいほどの教室の中で、三堂が俺に絡んでくる。
いつもは呼び捨ての癖に、敬称をつけてくるのがうざったい。
「いや、俺も知らねえよ。というか意味分からなさすぎだろ、あれ。」
「だよなあ。俺もてんで分からん。」
三堂は肩をすくめ、やれやれと仕草をする。俺は会話を続ける。
「とりあえず、新しいことが多すぎるんだよ。予備校じゃなくて国が模試をするし、そこで500点を取らないといけないっぽいし、しかも、今年からって、こんなの俺らだけじゃなくて、他の人も大変だろ。」
「他の人って。」
三堂がこっちを見つめて問い詰めてくる。
「そりゃあ……。まあ、例えば、予備校の人とか、保護者とか。」
俺が苦し紛れに答えると。
「何かすげえらしくないことを言ったな。いつもお前って自分のことばかり考えてるから。今考えただろ。」
と、三堂に痛いところを突かれてしまった。
「うるさい。とりあえず、1限目化学だし、実験室行くぞ。」
「へえへえ。」
と、ゆるい返事をする三堂と共に、授業の準備をして教室を出て行った。
♢
5限目に3年生全員の前で、学年主任の先生が言ってきたことは、色々あった。
今年度以降の大学入試制度「共通選抜」についてだ。
ひとつめに、年に3回、9月、10月、11月に、国の機関が共通選抜の模試を行うこと。
その3回のテストのうち、一度でも500点以上を取らなければ、共通選抜の受験資格を失う。
共通選抜とは、俺達が大学受験する前に行われていた、センター試験や、共通テストと同格のものである。
故に、これを受けることができなければ国公立大学にそもそも挑戦できず、私立の所謂センター利用を使うことができなくなる。大多数の受験生に影響が及ぶだろう。
また、3ヶ月連続で大事な試験を受けるので受験生の負担も大きい。
加えて、共通選抜の模試を対策するための模試を新たに作成する必要があるため、例年より数倍忙しいらしい。
そして、主任の先生は。
「国は受験生の全体的な学力レベルを引き上げたいがために、この施策を実行したと文科省の大臣さんがおっしゃっています。私も、君たちには常々大学受験をしっかり突破できるような学力を身につけて欲しいと思っていたので、この政策は喜ばしいことだと感じています。不安なことが多々あるでしょうが、私達は君達へのサポートを、去年以上に全力を尽くそうと考えているので、君達も全力で立ち向かってください。」
と、国に媚びを売りながら、集会を締めた。
まあ、こんな感じで色々話してもらったし、主任の先生は気合いがこもっていたが。
「ダルすぎ。」
というのが、素直な俺の感想であった。
♢
「んー、何だかなあ。」
放課後、三堂は文句を垂れながら俺の机に肘をつけていた。
「聞いててどう思ったよ。四城。」
「ぶっちゃけ、めんどくさすぎる。」
「だよな。」
ため息をつきながら三堂は頭も机につけた。
そんなしんどそうにされるとこちらも気分が萎えてくる。
三堂が上目遣いで文句を垂れる。
「何か、ネットでことある事に政府が行った政策に文句つけるやついるじゃん。なんとか首相がーとか、国がーとか。」
「うん。」
いきなり政治の話をされるとは思わなかったので、少し面食らってしまう。
「今までは正直何言ってんだこの人達と思いながら見てたんだけど、何となくその人達の気持ちが分かってしまったのが辛い。」
「まあ、確かにな。」
いや、こういう時どんな反応をすればいいんだ。ちょっと気まずいじゃないか。
俺はそんな話題を振り払いたくて、
「いやでも何とかなるだろ。まだ4月だし、学校が何とかしてくれるって言ってるし、大学受験失敗しても人生詰まないって。」
すると、三堂の顔がパッと輝いたように明るくなり、
「おおっ……。なんて優しい言葉なんだ。さすが優鷹という名前なだけあるな。」
と、勝手に感動していた。
単純だが、そういう姿勢がこれからの受験には大事なんだろうな、と思わず微笑ましくなった。
三堂はガタッと椅子から立ち上がり、
「おっし。まあうじうじ今から考えても仕方ないし、部活行ってくるわ。」
と、体操服などが入ったサブバッグを担ぎあげた。
「おっけー、テニス部頑張ってな。」
と、三堂が出ていくのを見送った直後、俺は部活などに入ってはないので、下校の準備を始めた。
♢
俺は帰りの電車に揺られながら考え事をしていた。
この大学入試制度の影響を受けるのは、俺だけじゃなく、他の高校3年生も同じだ。
彼らは一体この困難にどう立ち向かっていくのだろう。
予備校に早くから行くのだろうか。今までの受験生より勉強をより多くするのだろうか。
それとも、結局変わらないのだろうか。
俺は、どうだろうか。
俺は三堂や他の友達と違い、模試や学校の成績は良くはない。
500点なんか取れる気がしない。せいぜい400が関の山だ。
正直、最初から私立に行くんだろうなとは薄々思っていた。
しかし、勉強ができない奴は国公立などレベルの高い所に行ける資格はないといざ国から直接言われると、何故か悲しい気持ちになる。
なんというか、持たざる者は挑戦することすら許されないのか、といった感じだ。
せめて、ダメだとしてもチャレンジするのは個々人の自由だと思うのだが……。
だって、現に逆転合格する層が一定数いる訳だし。
何で俺だけ、と考えてしまった瞬間に、俺は考えるのをやめた。
これ以上、考えたら自分が自分を否定することになるからだ。
それほど惨めなことはない、と思う。そう思いたいだけなのかもしれない。
俺は全てを忘れるためにソシャゲを始めた。
♢
「じゃーんけーん、ぽいっ!」
2週間後、教室の隅っこで男2人がじゃんけんをする。
遊びではなく本気で。
「あいこか。」
そう呟いた刹那、次の手をお互いに繰り出し始める。
「あーいこーで。」
さっきの手はお互いにグーだ。
次は相手は別の手を出してくるはず。
ここは俺も新たな手を出したいところだが、ここで俺は裏を読んでグーでいく。
これで終われ。いや、始まれ、俺の自由な一学期よ。
「しょっ!」
はい、負けた。
「よっし。」
相手が喜んでいる。ここでおめでとうと拍手でもするのがスポーツマンシップに則ることなんだろうか。
だが、俺は相手を軽く睨みながら、自分の席に戻っていく。
そんな余裕はあまり持ち合わせていない。
「くっそー。負けた。」
俺は三堂の机を横切りながら文句を垂れる。
「あららー、ドンマイだったな。」
三堂は少しからかいながらねぎらってくれる。
俺はため息をつきながらそれに応える。
「やらかしたわ。これで委員会行きは確定だな。」
「あとの方だからな。委員会の中でもめんどいのが残ってるぞ。」
三堂は黒板に向き直る。それに従って俺も黒板を見た。
残ってるのは……図書委員と体育委員かよ。
これは酷い。どちらも放課後や休み時間を奪われるタイプだ。
「まあ、しっかりどっちを選ぶか話し合ってこい。」
「そうだな。」
俺は三堂の元を去り、黒板前へと向かった。
♢
放課後。早速、俺が今学期所属する図書委員会の第1回目が行われる。
俺は会場である図書室に向かうために教科書などをリュックに入れ始める。
しかし、助かったな。まさか、委員会決めの時に体育委員を選んでくれる聖人と巡り会うなんて。
俺は運動系だし、お前は図書の方がいいだろと言ってくれた佐繹くんに感謝だな。
正直、体育委員に入って、知りもしない体育の先生と授業の準備をしたりするのは嫌だったから。
そう思っていると、引き出しが空になった。
では、図書室に行くか。
そう決意して教室を出ようとすると。
「四城くん、ちょっと、ちょっとストップッ。」
教室を出る寸前に慌てた感じの声に呼び止められる。
声の方に振り返ると俺に向かってパーを出している女の子と目が合った。
「あ、ごめん。ひとりで行こうとしてた。」
そう言って、しばらくその子の準備が終わるまで待つ。
せっせとカバンに教科書を入れている姿を見ると、何故か微笑ましくなる。
まるで子どもが頑張って俺に合わせようとしてくれているみたいだ。
そんなに彼女は身長が小さい訳でもないのに。
「よし、終わった。」
そして、こちらに駆け足で向かって来た。
「いやさ、いくら話したことないとはいえ、置いてくのはなくない?」
少しお小言を言われた。
「ごめん。水宮さんと話したことないから、声かけたらいいのかよく分からなかった。」
「いやいや、大丈夫だから。いきなり何の用もなく話しかけるとかならビビるけど。委員会行こうって言ってくれればそれで済むじゃん。」
「ああ、うん。うん。ごめん。」
女の子に詰め寄られる機会のなかった俺はしどろもどろになってしまう。
言葉が心に刺さるな。見ず知らずの人に悪意を向けられるのは結構辛い。
「とりあえず、ごめん。次の委員会からは声かけるわ。」
できれば人の目が気になるので、あまりそんなことしたくないんだが。
とりあえずそう言って謝ると、
「分かった。じゃあ次からはそれで。」
水宮さんは納得してくれたようだ。
何か高圧的だな。性格キツいんだろうか。
そう思いながら少し怯えてると、
「からすちゃーん。私先に部活行ってるねー。」
と、少し離れたところから女の子の声が聞こえてきた。
「あーい。部活の準備お願いねー。」
水宮さんは手を振りながら、その子を見送った。
「じゃあ、行こっか。」
そしてすぐ振り返り、俺の方を見てきた。
「あー、はい。行こう。」
そして、ふたりは会場へ歩みを始めた。
♢
「とりあえず、来週は1-1の人から、図書当番お願いします。では、席をお立ち下さい。これで図書委員会の1回目を終わります。ありがとうございました。」
「ありがとうございました。」
委員長などの幹部と、俺達一般委員がお互いに礼をする。
直後、一気に空気が弛緩し、生徒が散り散りになった。
俺は水宮さんに話しかける。
「図書委員の仕事って初めて知ったけど、そこそこめんどくさそうだな。」
「それね。何でよりによって最後の委員がこれなんだろう。」
水宮さんはぐでーっと机に突っ伏す。
確かに俺達3年生は今学期が部活も委員会も最後となる。2学期からはどちらも2年生が主体だ。
「まあ、ローテーションで一週間昼休みと放課後が潰れるだけなら、まだ救いはあるのかな。」
そう俺が呟くと、
「いやでもねえ。うちらは県大会があるんですよ。そこで練習時間取られるの痛いよ。まあまあね。」
と、水宮さんが机とくっつきながら事情を話してくれた。
「あー、なるほどね。部活組は大変だな。」
「そうなのよー。しかも3-1は5月の半ばって、大会1週間前じゃん。」
水宮さんが拳を握りしめている。しかし、顔は見えない。
「大会ねえ。なら、俺は部活ないから暇だし。放課後だけでも部活向かったら? 」
「えっ、ほんと!?」
水宮さんがガバッと頭をあげてこちらを見つめてくる。
「でも、仕事量二倍になるよ。それ大変じゃない。」
その後、水宮さんはすぐに心配そうな顔をしてくる。
「いや、大丈夫。言うて放課後仕事があるの確定してるなら、帰る時間が早くなろうが遅くなろうが関係ないし。」
多分帰る時間が変わるのは、単純に時間を失うという損を被る時点で関係ない訳がないのだけど。
「そんなもんなの。」
水宮さんはまだ今の言葉が分かっていないようだ。首をかしげている。
「多分、そんなもんです。」
何かよく分からない返答をしてしまったが、
「助かるよ!ありがとうね!ほんとに!」
と、輝く水宮さんの笑顔を見ると、まあどうでも良いかと思ってしまった。
空白
家に帰った俺は、ソシャゲをしながら時折テレビを見ていた。
テレビでは、2週間前ほど話題にはなってはないが、大学入試制度の改革に関するニュースが流れていた。
教育の専門家とか、教授の反応はどちらかと言うと批判が多めではあったし、一般人も学生から社会人問わず、Twitter等で批判の声を見ることが多い。
よく見られる意見として、水面下で進めていたことを問題視する声が多いらしい。
これは俺も同意だ。いきなり変えられるのは困る。
今日もそのことを受けてか、国会で野党が与党に対し、勝手に制度を変えたことを批難していた。
それに対し与党の弁明は、
「この政策は、近年の学生が今後グローバル化する世の中で活躍できるための基礎力を早くから身に付ける必要があるため、設定した所存です。競争的な側面が強く反映されるかもしれませんが、今までの試験とは異なり、学生自身もより勉強をする意識が高まることに違いないでしょう。」
と、上手いような言葉で反論していた。
学生側で勉強をしていない人の視点からすると、競争することが学生の意識を高められるのかはよく分からない。
しかし、学校側や教育機関側、教育業界の人達は事前に制度が変わっていく様を逐一知っていたらしく、こちらも実は裏で教育カリキュラムも新たに構築していたらしい。
そうなると、その人達とそれ以外の人達で情報の格差があることになる。
学生も情報弱者側だ。受験の当事者なのに悲しい。
学生側もこれには黙っていないらしく、アンケートをとって政府に不服を申し出ようとする学生もいるようだ。
そういうのは大抵偏差値の高い学校の生徒だ。
別にそんなことしなくてもいいんじゃないかとは思うんだけどな。
どうせ500点くらい4月でも余裕で獲得できるだろう。
でも、とても素晴らしいことだと思う。
「是非とも国も学生の声を受けて、態度を軟化してくれると良いな。」
しかし、頭が良い奴に全てを任せっきりにして、同じ当事者である俺は何もせず傍観していて良いのだろうか、と呟いた後に一瞬思ったが、これ以上考えることが嫌になり、別のソシャゲを始めた。
「まあ、何とかなるだろう。」
俺は勉強よりも、ソシャゲを回すことが大事なのだ。
♢
5月のGW明け。
共通選抜に向けた模試の第1回目が行われた。
俺は勉強が宿題もしているか怪しいくらいなので、当然そんなに出来るわけもなく、爆死した。
そして、1ヶ月後、6月の上旬に、模試の結果が帰ってきた。
「うわっ、これは。」
200点、だと。
目標とする500点の半分以下という結果だった。
「さすがに勉強してないとはいえ少しまずいかもな。」
そうテストと向き合いながら呟いていると、
「四城、テストどうだった?」
三堂が声をかけてきた。
いくら中学からの友人とはいえ、こんな無様な姿は見せられまい。
「三堂こそ、どうだった?」
逆質問を行うことにした。
「俺は350だったかな。国公立狙ってるからもう少し勉強しないとやばいかもな。」
と、落ち込んでいる様子を見せた。
150点上かよ。そこで落ち込んでいるなら俺の点数を聞いたらどうなってしまうんだ。
そう怯えていると、
「で、四城はどうだったんだ?」
追撃をくらった。
「いやあ、まあ、えーっと。」
俺が少し誤魔化たが、恐らく三堂の手から逃れることはできないだろうと悟り、
「200点です……。」
正直に告白した。
「……。」
三堂が唖然とした目でこちらを見てくる。
やめてくれ。こんなの高校3年生で取るべき点数ではないことくらい分かっている。
「お前さあ、大丈夫か?」
三堂が本気で心配し始めた。
良い友人を持ったなと思うと同時に、これ以上俺の恥ずかしい姿を見せたくないと思い、友達の縁を切りたくなる。
「ま、まあ大丈夫。こんなに酷い点をとった訳だし、これからは更に上昇するしかないって感じかな。たはは。」
笑うしかない。続けてまくし立てる。
「ほら、俺ってあまり本気で勉強をしてこなかったっていうかさ、これから頑張れば多分伸びると思うわ。」
そう言い切ってしまった。勉強する気はさらさらないのに。
「あー、えー、そうか。でもまた、何かあったら言えよ。」
三堂がこちらを見つめながら言ってくる。
本当に良いやつだな。
部活もこれから県大会があるって言うのに。
「これから夏休みだし、四城は結構頭切れる所あるし、行けるって。」
励ましの声をくれた三堂は自席へと戻っていった。
そんな姿を見た俺は今度こそ勉強をしないといけないなと、切に思った。
♢
その日の放課後、4月、5月と行われた図書委員の第3回目が行われた。
俺は先に3-1の委員が座る席で委員会が始まるのを待機していると、
「四城、お疲れー。」
水宮さん、いや、水宮がやって来た。
4月の委員会以降、少しずつクラスで話す機会が増え、5月の委員会を終えた辺りで、別に呼び捨てで良いと言われるほど、それなりに仲が良くなった。
今では、向こうも俺のことを呼び捨てにしてくれるほどだ。
「お疲れーっす。」
俺も水宮のノリに少し合わせて若者感のある返しをする。
「いやー、模試返ってきたねー。」
早速水宮がその話題を振ってきた。また点数を聞かれるかもと思うと、心がしんどい。
「そうやなー。とりあえずひと段落って感じかな。」
正直水宮の点数が気になるが、絶対に点数を聞くと聞き返される。
俺はひたすら当たり障りのない会話をしようと徹する。
「確かに。一旦は楽できるかな。」
まあすぐに期末来るんだけどねって、水宮は微笑む。
そうだ、期末の話をしよう。
「今度の期末の範囲っt」
「そういえば、四城は結果どうだった?」
俺の作戦はこなごなに砕けた。
「あ、県大会っていつあるんだっけ?」
「ん?何で唐突に県大会?模試の結果は?」
誤魔化そうとしても回りこまれてしまう。
仕方がない。
「俺は全くと言っていいほど良くはなかった。だから、水宮のから聞きたい。」
俺は逆質問を再び行った。
「570点かな。いつもだったら600は超えるんだけどねえ。」
質問するんじゃなかったや。更に俺の点数言い出しにくいじゃん。
「四城は結果全然良くなかったの?大体でいいから何点くらい?」
水宮が好奇心強めに聞いてくる。
大体でいいという気遣いもあったが、もういい、しっかりありのままを話そう。
「200点……。」
「え、何だって?」
水宮がこちらに耳を傾けてくる。
本当に聞こえてないのか、聞こえてきた点数を信じられないのか、どっちなんだろうか。
「200です。」
「……。」
またもや相手が黙りこくった。
その沈黙時間が辛い。
もう人と関わりたくない。
水宮は視線を俺と俺以外の場所に交互に移している。
そして、
「まあまあまあね。そういう時もあるよね。」
俺をフォローし始めた。
水宮も優しい人なんだなと知ることができたのは幸いだが、辛いな。これ。
「んまあ、うちの友達のあやちゃんも350くらいだし、大丈夫だって。」
あやちゃんとは、水宮と最も親しいであろう人物である高那 絢那さんのことだろう。
しかし、高那さんも三堂と同じくらいか。
しかも150点って結構点差あるよ?
「いや、まあ、ありがとう。これからだし頑張るわ。」
「うん、それがいいって。絶対。」
そして沈黙が訪れる。もうこの空気いいから早く委員会始まってくれ。
その後、5分して6月の会議が始まった。
♢
「おはよー四城……って、どうした?」
三堂が俺にあいさつをしてくる。
しかし、俺は返答をしない。
というか、したくない。
「俺は今テンションが下がってるんだ。しばらくモチベが戻らないので、悪いが後から話しかけてくれ。」
俺はいつもそっけないが、今日はより一層そっけない受け答えを三堂にする。
「なんだ調子が悪いのか。まあお前の言うことに従うよ。」
とは言ったが、三堂はでも何でだろうなと考え始め、俺の元を離れない。
秒で忘れてるじゃないか。俺の言うことを。
そう思い、もう一度同じことを言おうとすると、
「あーまあ、昨日の流れ的にテストのことか。」
あっさり原因を突き止められてしまった。意外と察しが良いな。
「まあそういうこと。昨日お母さんに怒鳴られたってわけ。」
「四城のお母さん、あんま怒るタイプに見えないけどな。」
「今まで点数が悪い状態を、次こそは何とかするで説得してきたんだが、今回ばかりはお母さんも許してくれなかったな。」
俺は項垂れる。
「むしろ、よく2年もそれで何とかなったな。四城が点数悪いの最初っからだろ?」
三堂は思わず関心している。関心するレベルが低くないか。
「さっきお母さんが怒るタイプじゃないって三堂言ったろ。だから、その言葉で乗り切れたんだと思う。多分。」
「まあそうなのか。んで、珍しく怒鳴られたから落ち込んでいる感じか?」
「それも一部あるけど、次の結果で点数がほとんど変わらなかったら、夏休みから予備校三昧にさせると言ってきたんだ。」
三堂が納得する。
「なるほどな。帰宅部によって放課後のゲーム時間という余暇を確保してきたお前が、ついにその時間を削らされることが嫌だと。」
「そうです。是非とも辞めて頂きたいのです。」
いきなり敬語になった俺は、矢継ぎ早に、
「そこでお願いです。勉強を教えてください。後生です。本当にお願いします。」
と、三堂に丁寧に頼んだ。
しっかりと手も合掌させ、お辞儀もする。
「んあー、そうだな。助けてあげたいんだけどなー。」
おや?
「ほら、大会近いし、俺も人のこと言ってられない点数だしで、ちょっと難しいかもなあ。」
しかも、次の模試夏休み前だし、とダメな理由を次々に語り始める。
まじかよと驚くが、よくよく考えたら、まあ暇な奴が忙しい人に頼むのはあまりよろしくはない。
ここは頼みすぎて友人関係を壊さないようにしよう。
「分かった。また、次の模試が終わったらその時頼むわ。」
「おう、分かった。その時にはもう少し余裕があるかもしれないからな。」
ニッと笑って快諾してくれる。本当に良いやつだな。
♢
6月の半ば。
今週はついに俺達のクラスの図書当番だ。
俺は昼休み、放課後と図書室に常駐する必要がある。
同じ図書委員の水宮は、昼休みは一緒にいて、放課後は基本的に部活に参加する。
これが以前取り決めた約束だ。
木曜日の今日まで、特に問題が起きることなく続いてきた。
そして、今日俺にとって事件が起こる。
昼休み、人があまり来ない図書室で俺と水宮は弁当を食べていた。
「今日は結構降ってるねー。」
今回先に話し始めたのは水宮だった。
「ん、雨のことか?」
「そうそう。」
水宮は図書室の窓を見ながら箸を進めている。
俺もつられて窓を見る。
本当だ。今日は中々酷い雨になるだろう。
「こりゃあ、今日の部活は中練かなあ。」
中練とは恐らく学校内での練習のことだろう。
「中練って何するんだ?」
俺は運動系には全く詳しくないので尋ねる。
「走り込みしたり、柔軟や筋トレしたり?まあラケット振るよりは楽しくないよねえ。」
水宮はため息をつきながら箸をウインナーに刺した。
たこさんウインナーだ。少し可愛いな。
「それは楽しくなさそうだな。」
俺も箸を卵焼きに刺した。
「今日何するんだろう。ちょっと掲示板見てくる。見張り頼んだー。」
そう言うと、食べかけの弁当を置き、図書室をすぐに出ていく。
掲示板とは、各部活の顧問の先生が今日するべき活動内容や、連絡事項を書く場所だ。
職員室の近くの階段の踊り場に存在する。
しかし、別に食べ終わってからでもいいだろうに、また突発的だな。
俺は彼女の足がちぎれたウインナーを見た後に、再び窓の外を見た。
しっかし、ずぶ濡れになりそうな雨だ。
このまま夕方まで降るのだろうか。裾とかがべたつくの嫌だから、図書委員の仕事が終わっても完全下校時刻まで図書室にいてやろうかと悩む。
今後の行動を決めかねていると、水宮が戻ってきた。
「ねえ、さっき掲示板行く前にあやちゃんに出くわしたんだけど、今日部活ないんだって。」
「あれ、中練じゃなかったのか。」
「そうなんだよ。大会も前だってのに、先生が出張なんだって。」
まあテニスしないんなら、休みでもいいけどねっと言って、ウインナーを頬張った。嬉しそうだ。
「じゃあ今日は放課後もう帰るのか?」
「え、図書当番は?」
水宮にツッコまれた。そういえばそうだったな。
「そうだった。いつも放課後ひとりだったからさ。」
「そうだったね。いつもごめんね。」
水宮は手で謝る仕草をする。ちょっと嫌味たらしくなってしまったか。
「いや、ごめん。悪気はないんだ。ごめん。」
「いやいや大丈夫。分かってるよ。つい言葉が出たんだよね。」
分かってくれるのか。何か少し嬉しいな。
「いやあ、私もつい突発的な言動をしちゃって、人に迷惑かけるから、四城の気持ち分かるんだよね~。」
こうしたとりとめのない会話を予鈴がなるまで続けた。
♢
放課後。俺が先に図書室で待っていると、珍しい人がやって来た。
「おまたせおまたせ~。」
いつも放課後は、部活のシャツを身につけた水宮を見ていたから、少しこの時間帯の水宮はレアかもしれない。
なんてソシャゲ脳丸出しの考えをしていると、
「隣座るねっ。」
お互いに昼休みと同じ構図になった。
「今日って何か仕事あるの?」
今回も水宮から会話が始まった。
こちら側に体を向けて尋ねてくる。
「いや、本棚の整理は終わったし、今日はやることないかもな。ただ、図書室に来る人を待つのみ。」
「そうなんだ。」
水宮は正面を向いた。
そこからは会話がなくなる。
沈黙の時が続く。
俺は一緒に人といて沈黙の時間が起こってもあまり気にはしないが、水宮は少しそわそわしている様子だ。
何かないかと考えているのだろうか。
少しだけ横目で水宮の様子を見ていると、水宮がはっとした様子でこちらに話しかけてきた。
「そういえばさ、四城ってこの前の模試散々だったじゃん。」
よりによって話題がそれかよ。
俺から何か別のことを話すべきだったかと後悔する。
しかし、無視する訳にはいかないので、やむを得ず答える。
「そ、そうだな……。辛いな……。」
「あっ、ごめんごめん。」
タブーを掘り起こしてしまったことに気づいた水宮は、謝ってくれる。
「いいんだ、まあこれから挽回すればいいし、それでどうした?」
「んーと、今日あやちゃんと話してて良い案を思いついたんだよ。」
ほう、良い案とな。
したくない話なのに内容が気になってくる。
「良い案か、それは?」
「勉強会をしようかなと思ってるんだよね。」
「勉強会か。」
今までそんなことやったことなかったな。
何故だかひとりで勉強してきた(言うて勉強はしてない)し、三堂ともそんなことしたことがなかった。
まあ中学は、俺と三堂はお互い同じくらいの成績だったもんな。
勉強会で教え合うことがない。
「それで、高那さんと水宮で勉強する感じなんだな。」
俺は水宮の顔の方を向いて言う。
「いや、せっかくだし四城もどうかなーと思って。」
は?今なんと?
「え?もっかい言って。」
「いやだから、四城とあやちゃんとうちで勉強しようかなと。」
疑問が止まらない。
「何で俺も混じってんの?」
「あやちゃんと勉強会の話してたら、すごい落ち込んでいる四城の顔が脳裏に出てきたから?」
「そんな単純な理由で?」
「まあ、勉強会は何人でやってもいいでしょ。」
身近な人が落ちぶれるの見たくないし、と水宮は腕を組む。そこには優しさを感じた。
「で、あやちゃんの許可は得ているけど、どうする?」
既に高那さんから許可貰ってるのかよ。行動力早いな。
俺は少し考える。俺としては、人と関わるのそこまで好きではないし、断っても良いが――。
「分かった。俺が2人と一緒に勉強して良いのなら、参加したい。」
女の子と一緒に勉強するというイメージが、今後生まれなさそうだったので、受け入れることにした。
「おっけー。良い返事だね。」
水宮は笑顔で俺の参加を認めてくれた。
「じゃあ、早速で悪いんだけど、日程決めたいし、LINE教えてよ。」
え?マジで?今まで女子の連絡先を持っていない俺が、いきなりLINEを貰えるのか。
「お、お、おう。」
どもりながらスマホを取り出す。
水宮も即座にスマホを取り出した。
「じゃあバレないように……ほい。」
水宮がこっそりQRコードを見せてくれる。
先生にスマホ使ってることがバレると不味いからな。
俺は若干苦戦しながらもこれを読み取る。
「からす」
平仮名の水宮の名前の横には、烏の絵文字が入っていた。可愛いな。
「四城ってLINEの名前、フルネームなんだ。何か四城らしいねえ。」
水宮はくすくす笑いながらスマホをいじっている。俺はやはり陰キャなイメージを持たれているのだろうか。
「とりあえず、交換できたということで。またグループ作って、日程表送るねー。」
「分かった。待ってるわ。」
「別に待つほどのことでもないでしょ。」
水宮にからかわれる。
三堂とかにからかわれると少し腹が立つが、水宮にからかわれると照れくさい。
そこから、俺達は昼休みのようなくだらない会話をしながら、当番の仕事の終わりを待った。
♢
7月下旬。
夏休みもあと1週間に迫るところとなったある日の夜に、水宮から連絡が来た。
「大会も無事終わったし、そろそろ夏休みだし、勉強会始めましょー!」
意気揚々と送られてきたのは、このメッセージとグループへの招待だった。
グループの概要を見ると、「3-1秘密の勉強会!」という名前が付けられてあり、既に「からす」と「あやな」がメンバーになっている。
正直、本当にやるんだと思った。
その場のノリで言った出任せだと思っていたし、こんな俺に女の子から誘いが来るなんて今まで有り得なかったし。
でも、誘われて悪い気はしないし、俺も俺で絶賛勉強せずに毎日ソシャゲと動画を見る生活に明け暮れているという、およそ受験生とは思えない状態だったので、良い機会だと思った。
早速入ってみる。何か話した方がいいだろうか。
少しチャット画面を見ていると、
「きたきたー。」
「からす」から発言があった。
グループに入ったばかりなのに、早い対応だな。
「はやっ。」
俺もメッセージを送ると、既読が2ついた。
高那さんもいるみたいだな。
「まあねー。」
ドヤ顔のスタンプと共に高速で水宮が返事をしてくれて、少し間が空いて何かが投下された。
これは、スケジュール表だ。
「夏休み入る前後で1回目やりたいので、3秒以内に投票よろしく!」
俺は3秒以内というボケよりも、LINEのスケジュールに驚いた。
俺があまりにもクラスのイベントに参加しなかったので、こんな機能があることも知らなかったのだ。
LINEの凄さに若干感動していた。
「うーそ。5秒以内でいいよ。」
続けて投下されるしょうもない水宮のボケを無視し、俺はあみだくじなどの他の機能をずっと試していた。
その日のグループのやり取りはそれで終わった。
ていうか高那さん、水宮のボケを既読した上で全スルーって地味に酷いよな。
♢
7月22日。土曜日。
今日は勉強会の1回目がある日だ。
駅前のカラオケ店前に、13時集合だ。
ちなみに俺は片手で数えられるほどしかカラオケに行ったことがない。カラオケで勉強ってするんだな。
俺が集合時刻10分前に着くと、既に店の前でわちゃわちゃ会話している女子二人を見つけた。
俺はそこに近づき声をかける。
「こんにちはです。」
若干敬語混じりになったのは、高那さんがいるからだ。
あまり話したことがないので、少し気まずい。
「おー、どうもー。」
水宮が対応してくれる。高那さんは会釈してニコニコしていた。
「あっ、お互いに自己紹介、する?」
水宮が仲立ちしてくれる。
「そうだね。こんにちは、高那です。四城くん、ほぼ初めまして、だよね?」
高那さんから紹介してくれた。
「そうっすね。まあ、あんまり話したことないですよね。うん。」
俺は人見知りが発動し、ぎこちない話し方になっていた。
「うん。そうだよね。今日はお願いします。」
「あ、こちらこそ、お願いします。ご丁寧にどうも。」
「何か変なの。同じクラスじゃん。」
高那さんはふふっと笑いながら話してくれる。おお、水宮よりもおしとやかで、なんというか、良い人じゃあないか。
水宮はどちらかというと、男気質があると言うと言い過ぎだが、活発な感じというか、オラオラな感じがする。
だからこそ、最初は緊張したものの、次第に邪な会話をしなければ、三堂と話す感じと結構似ていると思っていた。
しかし、高那さんはとても女の子女の子しているので、本当に緊張する。
クラスの皆の前でスピーチをする時並の緊張具合だ。
俺が落ち着くために、こっそり深呼吸を繰り返していると、
「じゃあ、自己紹介したし、全員揃ったし、入りますかー。」
と勝手に水宮がカラオケ店に入って行った。
はーいと言いながら高那さんもウキウキで入って行く。俺も遅れて入った。
カラオケ店に入って受付を済ませ、4~5人くらいの部屋に入った。時間はフリータイムだ。
勿論歌う訳でもなく、各々カバンやリュックから教科書類を取り出す。
「それにしても、何でカラオケ店なんだ?」
俺は疑問を水宮にぶつける。
「それは、図書館だと静かにしなきゃいけないし、カフェだと椅子が硬くて集中できないから、消去法でここにしたの。」
水宮は数学の教科書を出しながら答えてくれた。
「図書館でいいんじゃないのか?別に静かでもいいだろ。」
俺は思ったことを口に出す。
「やだー。まだ1回目だし、喋りながら勉強したいのー。喋った方が長く勉強しても飽きないじゃん。」
そんなもんなのか。俺は友達と勉強したことないから分からん。
まあ、少なくとも水宮はそうなんだろうと納得して、俺も筆記用具を取り出した。
♢
そして、1時間半後。
俺は英語、水宮は数学、高那さんは世界史を勉強していたのだが。
「でさー、金曜日やっちゃんがさー、かっこよくボール打ち返そうとしたら派手に転んじゃってさ、10分くらいずっと笑って練習できんかったわー。」
「それ私も見てた。顔から地面に激突して痛そうだったけど、面白かったよね。」
「そうなんだよー。」
水宮と高那さんは勉強をほったらかしにして、さっきからずっと談笑している。
俺はひとりで英語を勉強しているが、気が散ってしまう。
せめて、俺も会話に入るか、全員静かにして勉強してくれるといいのだが。
会話に入ろうにも女子の会話には入る隙がなさすぎるし、人を注意することに慣れてなさすぎて何も言えない。
ただ心の中でどうしようどうしようとおろおろしていることが、最高に惨めな気持ちにさせる。
こうなったら俺も必死に我慢していたスマホを取り出して、娯楽に耽ってやろうかという考えが芽生え始める。
すると、さっきまできゃぴきゃぴ会話していた二人組が、俺の方を急に見てきた。
「そう言えば、四城と三堂って金曜日の昼休み、一瞬だけすごくうるさかったんだけど、あれ何話してたん?」
水宮がニヤニヤしながら話している。
どういう理屈でその話に着陸したんだと思いつつも俺は答える。
「あれは……。」
そうあれは、昨日の話だ。
昼休み、俺と三堂は相変わらずくだらない会話をしていた。
やれ今度のゲームのガチャがどうだの、駅前に新しく出来た店がどうだの、そして三堂の彼女がどうだの、まあ色々だ。
俺は三堂の惚気に内心怒りながら話を聞いていると、こんな話題になった。
「そう言えば、新しい入試、やるかやらんか問題になってるらしいぞ。」
その話を出したのは三堂だ。
「そうなのか?」
俺はその話を知らなかったので驚いた。
「そうらしい。何か学生側が署名連ねて教育委員会に出したとか。それで、国会で一回議題に上がるらしい。」
マジか、結構署名とかやってるのアホらしいと思っていたし、そんなことしても意味ないから勉強した方が良いと思っていたのに、効果あるんだな。
俺はその学生達の行動力の高さに関心した。
「でも今更変えられんだろ。意味ないんじゃねえの。」
しかし、俺は同世代のできる奴の実績を認めたくなくて、つい毒を吐いてしまった。
「まあそうだなー。ニュースに出てた専門家は今年は無理だと言ってたな。でも、来年は分からんらしいな。」
「ふーん。」
どうだか。国の方針なんてそんなことで変わらんだろうと思う。
「でも、すごいよな。」
三堂がちょっと明るい顔をし出した。
「俺達と同じ世代で国に対してもの申しているのすごくね?俺は絶対できねえわ。」
どんなやつなんだろう、やっぱ頭いいやつなのかなと言って、三堂は同意を求めてくる。
俺は認めたくはなかった。
俺よりすごい奴が山ほどいるのは知っているが、その存在を認めることはしたくなかった。
俺がそいつらに負けたような気がするからだ。
「まあ、すごいけどさあ。やっぱたかだか署名くらいしか手段とれないよなあって感じ。学生は力ないからさあ。」
俺はふてぶてしく言った。
「いやだからこそすごいんじゃん。俺も国に対してアクションとか起こしてみたいなー。」
三堂は俺の発言に共感せず、そいつらに憧れの気持ちを抱いていやがる。
「俺ならもっといいやり方できるけどなあ。」
言ってしまった。
できないことを見栄張って言うのが、俺の悪いところのひとつだろう。
「へえー、それは気になるなあ。」
三堂がニヤニヤしながら乗っかってくる。
俺はそこでやってしまったことに気づき、脳の全てをフル回転させるながら案を絞り出す。
そして、
「まあ、教育委員会か、受験会場か知らんけど、全部吹っ飛ばすかな。」
下を向きながら苦し紛れに出てきた発言。
言った直後に三堂の顔をチラッと見る。
「ぶふっ。
三堂の顔が吹っ飛んだ。
「だははははっはははははっ!ははっっ!!」
すごい勢いで笑いだした。
いやいくらなんでも笑いすぎだろ。しかも声でかい。
皆何事だと思ってこっち見てるから。
結構焦って俺は三堂の爆笑を止めにかかった。
「――ということがありました。」
俺は事の顛末を二人に伝える。
「ぶふぉっ。」
水宮も吹き出した。
高那さんもくすくす笑い始める。
「いや、あんた、ダサすぎだし、馬鹿すぎでしょっ。」
水宮が汚い言葉をつけて笑い始めた。
そこまで笑うことかねと俺は思う。
何か昨日のことなのに恥ずかしくなってくるじゃないか。
「もういいだろ。笑われるのは三堂で十分だわ。」
俺は笑いを静止させようと、声を張る。
「いや、だってさあ、四城の見栄の張り方が、あまりにもダサすぎてさあ。こんなやつ他にいないわー。」
悪かったな、ひねくれていて。
高那さんも、四城くんの言い方がねーと未だにくすくす笑ってい
る。
もういい、勝手にしてくれと思い、俺は二人が笑い終えるまで黙ることを決めた。
この状態が10分続き、やっと部屋が静かになってきた。
高那さんは水を飲み一呼吸ついている。
その様子を見ていると、
「まあでもさ、その発想面白いよね。」
水宮が突然俺の発言を肯定した。
どういう風の吹き回しだろう。
「公的な機関を吹っ飛ばすなんて、あんまり出てこなくない?」
テレビ局をぶっ壊す政党も人気出てたしさーと、水宮は楽しげに話す。
「国の都合というか、大人の都合が通るのが当たり前だもんねー。合理的なことも、不合理なことも。」
俺は非常に驚いた。
珍しいな、水宮がまともな話をするなんて。
「もし受験が上手くいかなさそうなら、四城の言った通り、ぶっ壊してやるのもいいかもねえ。」
「おい本気か、流石にヤバいだろ。」
俺の軽はずみな発言を真に受け入れられるのが怖くなったので、止めにかかる。
「いや、冗談だって。」
水宮は変わらずニヤついている。
「まあもういっぱい笑って喋っちゃったし、そろそろ勉強しよ?」
高那さんが俺達に勉強を促してくれた。確かにそれがいい。
「じゃあまあ勉強しますかー。」
水宮が数学に取り掛かった。俺もやるか。
「あ、そうだ。この文法、詳しく教えてくれー。」
俺は水宮に勉強の頼み事をする。
「あいよー。」
水宮は快く俺に問題を見てくれる。
「あ、私も世界史のこの記述分かんない。」
「はいよー。」
高那さんも水宮に質問し始めた。
こうして、再び三人の勉強タイムが始まった。
……数十分後、満室により間もなく店を追い出されることを知った俺たちはせっかくだからとカラオケを始めるのだが。
♢
8月10日。
相変わらず暑い日が続くなか、俺達は学校にいる。
受験生だからといって休みは訪れない。
こうして夏休みにも登校し、模試を受けるのだ。
3回目となる共通選抜の模試だ。さすがにそろそろ形式が掴めてきた。
俺は出来る問題に取り掛かり、出来ない問題に頭を悩ませながら、模試を乗り越えて行った。
そして遂に。
「はい、やめー。」
田中先生の声とチャイムの声を受けて、俺達は最後の科目である数学を終える。
俺達生徒はため息をついたりして緊張をほぐす。
そして、テストの回収が始まった。
俺のテストが後ろの生徒によって回収されていく。
俺は夏休みに入っても相変わらず勉強をしなかったので、テストが回収されても開放感に浸れず、少し憂鬱な気持ちになっていた。
こんな気持ちになるんなら勉強するべきなんだろうけどな。
でもやる気が湧かないんだよなーとか思いながら机で寝る。
「じゃあ、次は23日に結果帰ってくるし、そこから文化祭の準備し始めるから、皆ちゃんと来いよ。じゃあ教卓から模試の答え貰ったら各々解散な。」
そう言って田中先生は教室を出ていく。
この瞬間から生徒の談笑が始まった。
答え合わせしている人や、テスト難しかった話など、思い思いに話している。
俺はそんなこと気にせずに帰る準備をしていると、
「四城、おつかれさんー。」
珍しく水宮が話しかけてきた。
「いつもLINEで話すのに、どうした?」
俺は不思議に思いながら受け答えをすると、高那さんもやって来た。
「二人ともおつかれさまー。」
水宮だけならまだしも高那さんまで俺に話しかけてくる。一体どうしたのだろう。
理由を考えていると、水宮が言い出した。
「実はさ、あやちゃん今日朝登校中にばったり会って話してたんだけど、今度三人でどっか行かないかなって思ってさ。」
「ええ?どっか?」
俺は驚いてしまう。女子と出かけることもなかった俺にこんな話が舞い込むなんて、何か企んでいるのだろうか。
「うん、どっか。場所はまだ考えてないんだよねー。」
水宮は高那さんの顔を見る。高那さんは水宮を見て頷いていた。
「そうなの。だから四城くんの意見を聞きたくて、話しかけたんだ。」
そういうことだったのか。それにしてもわざわざ対面で話すことでもない気はするけどな。
「どっかって言われてもな。あんまり外とか出ないから、良い場所思いつかんな。」
俺に聞かれても困る。
それを聞いた二人はうーんと考え始める。
そして、三人がしばらく悩み始める。三人よれば文殊の知恵とは嘘だったのかもしれない。
「あ、じゃあ。駅前のショッピングモール行こう!どうかな?」
ようやく水宮が案をひらめいた。
俺は案を持ち合わせていなかったので、否定することなく受け入れる。
「じゃあ、そこでいいんじゃないか。」
俺は肯定する。ぶっちゃけどこでも良かったし、何なら出かけるという行為を行わなくても良かったのだが。
「うん、いいね。楽しそう。」
高那さんも賛成した。満場一致だな。
「おっけー。じゃあ後でLINEでいつ行けるかまた聞くわ。」
そう言うと、二人は話しながら俺の元を去っていった。
俺としてはせっかくだし、一緒に帰りたいという思いが少しあったが、勇気を振り絞れなかった。
やむを得ない、三堂でも誘って一緒に帰ることにしよう。
俺は三堂を探す。いた。教室から出そうなところだ。
「三堂、一緒に帰ろうぜ。」
俺は三堂の肩を叩いて呼び止めた。が。
「あー、すまん。俺予備校行くから。」
何だと。初耳なんだが。
「お前いつの間に予備校行ってたんだ。」
俺は思わず聞き返す。
「夏休み始まってから行ってんだ。悪いな言ってなくて。」
「いや、全然大丈夫だ。しかし、よく予備校行けたな。」
予備校は新たな入試制度にしっかり対応していくという声明を発表していたためか、やはり多大な影響があったようで、どの予備校も現在では入学制限を採っている。
毎月規定の人数までを新規に受け付けるという状態であり、応募が集中したら抽選を行うのだ。
大体80%くらいの学生は当選しているが、落選する生徒もいる。
単なる抽選ではあるが、受験の前に予備校の段階で落選したら縁起が悪い。
そのため、学生もその保護者も落ちないことを日々祈っているのだ。
この状態を表す、駆け込み予備校という言葉が今教育界のトレンドになっていた。
「ああ、無事受かった。とりあえず当選したからきちんと勉強しないとなと思って、ほぼ毎日通ってる。」
「なるほどな。分かった。頑張ってな。」
俺は三堂を励ます。
「ああ、ありがとう。」
三堂は俺の言葉に嬉しそうにして、玄関へと向かって行った。
しかし、三堂は予備校で、水宮と高那さんとお出かけか。
今まで三堂とはいつも一緒にだったのにな。
人間関係が変わってゆく寂しさを少し感じながら、俺は模試の答えを取るために教卓へ向かった。
♢
8月17日。
今日はショッピングモールへ行く日だ。
俺は珍しく休みの日に外出するということで、割と本気でどの服や持ち物に決めるかを悩んでいた。
「インドアな性格だと人と会う時に困るんだよなあ。」
俺は自分の性格に少し文句をつけながら、服、ズボンとゆっくり選んでいく。
とは言え、この性格は元々のものだし今更変えるつもりもないがな。
「よし、これで行こう。」
全てを決め終えた俺は家を出る。
移動手段はいつもの自転車だ。
空気が入っていることを確かめ、漕ぎ出して行く。
二人はどのような格好で行くんだろうななんて、妄想しながら駅前へ向かった。
駅前に着いた。
ここはいつも人の出入りが多いと思うが、今日に関しては予想以上に多い。
「えーっと、どこだ……?」
俺は自転車を手で押しながら探し始める。
人混みの中を自転車と一緒に歩き回るのは憚られるので、遠目から首をしきりに動かす。
5分くらい探していると、
「あ、いた。おーい、四城くん。」
誰かが俺の元へ駆けてくる。
「お、高那さん。見つかって良かった。」
「だねーお互いに。すごい人だもんね。」
高那さんとの合流に成功した。まずはひとり、だな。
「あとは、水宮か。高那さんは一緒じゃなかったんだな。」
「うん、そうだね。まあ私達が遊ぶ時っていつも現地集合だから。」
「なるほど。じゃあ待っていれば来るって感じか?」
「多分。とりあえず待ってみようか。」
高那さんはそう言って、LINEで水宮に今どこにいるか尋ねてくれた。
そこから数十分。
お互いに黙ったまま、通り過ぎる人を見たり、スマホを見たりしていた。
水宮はまだ来ないのか。
俺が少し待たされることにイライラしてきたところ、
「あ、あの……。」
高那さんが申し訳なさそうに声をかけてきた。
「え?どうしたの?」
いつもの元気な話し方と違い、俺は少し心配する。
すると、
「あのね、からすちゃん、今日来ないって。」
「ん?何で?」
「何か今日遊ぶこと忘れてたみたい……。」
まじかよ。出かけることを言い出したのは水宮じゃないか。
「それで?いつ来るの?」
「ううん、だから今日は来ないみたい。」
「は?」
「今日はやることがあって行けないんだって。」
いや嘘だろ。ドタキャンかよ。
それはさすがに人としてどうかと思う。
俺は一気に幻滅した。
水宮は結構良いやつだと思っていたんだが、俺の勘違いだったのか。
俺が項垂れる。それを見た高那さんが話し始める。
「あのね、多分なんだけど。からすちゃんはわざと今日来ないんだと思う。」
「どういうことだ?」
「つまり、からすちゃんの頭の中では、今日は元から私と四城くんで出かけさせることを想定していたってこと、かな。」
「それはまた何で?」
「うーん、それはどうしてだろうね。」
高那さんは少し考えたが、答えが出ないようで、
「四城くんと三堂くんみたいに、私はからすちゃんと中学からの仲なんだけど、たまによく分からないことを突然するから、困っちゃうんだよね。」
あはは、と苦笑する。
俺は水宮との付き合いは長くないが、それは何となく分かる。
図書当番の時に食べかけで掲示板を見に行ったことも、いきなりLINEで勉強会の日程を決めようと言ったことも、いつも突発的だった。
彼女にとっては、思いついたらすぐに行動せずにはいられないんだろう。
「それにしても、いきなり来ないって言われるのは嫌だなあ。」
とはいえ、その連絡があるまで俺達は待たされたのだ。待っていた時間を返せと水宮に請求したいくらいだ。
「ごめんね。今度からすちゃんに説教しとくね。」
高那さんは自分が悪いみたいな顔をしている。悪いのは全部水宮だ。
「いや、高那さんは悪くないし、そんな顔しなくて大丈夫だよ。俺も水宮から言っとくわ。」
「ほんとに?ありがとう。」
高那さんは元のニコニコした高那さんに戻った。
「じゃあ、ふたりで行きますか。」
「そうだね。からすちゃんに後でこんなに楽しいことしたんだと自慢しちゃおう!」
高那さんはそう言うと、張り切ってモールへと歩いて行った。
高那さん、結構神経図太いな。
俺はそう思いながら、彼女の後について行くのだった。
♢
「うーん。うーん。」
高那さんは迷っている。
今月のお小遣いでどちらのマンガを買おうかと。
俺はその悩んでいる姿を後ろから眺めている。
高那さんの困り顔が少し物珍しいからだ。
高那さんは片方には、女性向けと見受けられるかっこいい男性が複数人表紙に描かれている本が、もう片方には可愛い女の子のキャラクターが楽しそうにしている表紙が印刷された本がある。
どちらもターゲット層が対称的な感じに見える。それを選んでいる女の子というのは面白い構図だ。
「よし、決めた!」
彼女が女の子達のマンガを持ってレジへ向かう。
最終的には女の子を選んだのか。
俺は邪な考えを抱かずにはいられなかった。
「お待たせ~。」
高那さんが嬉しそうに俺の所へとやって来る。
俺は非常に気になったのでつい質問してしまう。
「そのマンガってどっちかっていうと、男性向けというか、何かあんまり女の子が買う感じじゃなさそうだけど。」
もうちょっとオブラートに包む言い方は出来なかったのかと言い出して気づく。
しかし高那さんは、
「まあそうだよね。四城くんの言うことはよく分かるよ。」
と肯定した。
「私も最初はもう片方のやつみたいな、かっこいい男の子が出てくるマンガを読んでたんだけど、ある日読むものがなくてお兄ちゃんの本棚勝手に漁ってたら、この本の1巻が出てきてね。」
彼女は俺に買った本を見せてくれた。
「ふろうちゃあと……?」
俺はタイトルを読み上げる。確かに女の子のキャラが沢山出てきそうなタイトルをしている。
「うん、これね。女の子達がプログラミングにハマっていくっていう本なんだけど、キャラが可愛いのは勿論だけど、内容が面白くてね。」
「内容?」
「そう。最初は単にプログラミングを学んで学校や地域のホームページを書くことから始まるんだけどね、どんどん競技性を持ったプログラミングをやっていくんだ。その過程で、各キャラが挫折してお互いを励ましあって成長していく姿が素敵だなって思うんだ。」
「へえ。結構少年マンガのスポ根みたいな要素もあるんだな。」
「そうそう!そうなの!私少年マンガも好きでよく読んでるんだ。」
どうやら高那さんのマンガへの興味はかなり幅広いようだ。
俺は今まで彼女に兄がいることも、マンガに興味があることも知らなかったので、内心驚いた。
「少年マンガを読んでるから可愛いキャラも好きなのか?」
「うーん、どうなんだろう。それもあるのかなあ。」
「そっか。でも良いな、マンガがとても好きな姿が伝わってくる。」
「えへへ、ありがとう。」
高那さんは照れくさそうに、それでも嬉しそうに笑っている。
その笑顔を見ると、ちょっとドキッとしてしまう。女の子への耐性がないからだろうか。
「四城くんは普段何してるの?」
俺のプライベートを聞いてくる。
特に何も生産的なことをしていないので、少し言いにくい。
「いやあ、俺はスマホしかいじってないなあ。」
「そうなの?何かスポーツでもやってるのかと思ってた。」
俺の陰湿な性格や姿のどこを見て、そう思ったんだろう。すごく気になる。
「いやいや、スポーツなんてこれっぽっちもしたことない。スマホでゲームしたり、ネット見たりしてるだけだよ。」
自分で言ってて惨めになる。
コミュニケーションの経験を今までに積んできていないことが初めて裏目に出たな。
普段から多くの友達と話しているやつは、こんな時何て答えるんだろう。
そんな風に負の感情が心の中を渦巻いていると、
「スマホをよく触ってるってことは、マンガアプリとかも入れてる?」
高那さんは続けて話してきた。
「そういえば、マンガアプリは、入れてた気がするな。無料で読めるやつだけだけど。」
「え~いいじゃん。私紙媒体でしか読まないからさ、おすすめのマンガ教えて欲しいな。」
まさか高那さんから手助けされるとは思わなかった。ありがたい。
「そうだな、俺が最近読んだのは――。」
こうして、会話が途切れて気まずい雰囲気を感じることなく、お互いにマンガの話をしながら、他の店を巡っていった。
♢
夕暮れ。
俺達はファミレスで少し早い晩御飯を食べていた。
俺はハンバーグステーキのセット。高那さんはドリアセットを頼んだ。
ふたりで黙々と食べていると、高那さんが急に話し出した。
「今日はありがとう。マンガの話ができてすごい楽しかった。」
「ああ、いや、こちらこそありがとう。」
「今度アプリで四城くんがおすすめしてくれたやつ、読んでみるね。」
「本当か。じゃあまた呼んだら感想教えて欲しいわ。」
「うん、また言うね。」
ここで会話が一旦途切れる。
お互いに今日は話三昧だったし、そろそろ会話がなくなってもおかしくはない。
本当は勉強の話とか、家族の話とか色々できたんだろうが、さすがにお出かけ初回でこんな話をするのも気が引けた。
その状態が5分は続いただろうか。
高那さんが別の話を切り出す。
「四城くん、からすちゃんと仲良いでしょ?」
「あ、え、ああ。」
俺はいきなり水宮の話が出てきて変な返事をしてしまう。
「からすちゃんのこと、これからお願いしたいんだ。」
「え、どういうこと?」
そこで、高那さんは一旦黙る。
何かを溜めているようだ。
「私、実は予備校の抽選、当選したの。」
「予備校?」
「うん、勉強会のあと予備校の夏期講習に行ってね、そのまま抽選に応募しちゃったんだ。勝手に私がやったことだから、このことはからすちゃんに言ってない。」
そうなのか。水宮と高那さんはお互いに知らないことはない感じに見えたのに。
「だから、私はこれからそこでの勉強が忙しくなるから、勉強会はほとんど参加できないと思う。」
「ということは、俺と水宮のふたりきりだと。」
「そういうことかな。ごめんね、まだ勉強1回しかやってないのに。」
まあ俺としては元々勉強する気がなかったので問題はないが。
「いや、俺は大丈夫だ。」
「そっか。でも四城くんは大丈夫でも、からすちゃんに言うことがちょっと嫌でね。」
「どうして?」
とてもふたりは仲良さそうにしているのに。
「からすちゃん、結構勉強会にやる気があるらしくてね。これからもどんどんやって行こうねってふたりで話してたんだ。からすちゃんも人に教えること楽しいって言ってたし。」
そう言えば、カラオケの時に何回か分からないところを水宮に聞いていたが、ウキウキで解説してくれたな。
「だから、私だけいなくなるのは申し訳ないんだ。」
「なるほどな。」
俺は少し考える。こういう時は高那さんを上手くフォローしてやれる発言をしたい所だが、上手く思いつかないな。
俺が黙っている姿を見て、
「ごめんね、四城くんにも申し訳なく思ってる。勝手にふたりきりにさせちゃって。」
高那さんが困惑した様子で俺にフォローをしてくれた。
「あ、いやいや。大丈夫大丈夫。俺は全く気にしてないって。」
続けて俺は言い出した。
「よくわかった。俺が水宮と一緒に勉強すればいい話なんだろ。問題ないよ。水宮は俺が何とかするから。」
本当は水宮が俺の成績の悪さを何とかするんだが、俺は調子に乗ってそんなことを言ってしまった。
「うん、ありがとう。からすちゃんをよろしくお願いします。」
しかし、俺の変な言い方に気づいていないのか、お辞儀をされてしまった。
しかも、高那さんは高那さんで、水宮の保護者みたいな言い方してるし。
まあ、お互いにおかしなことを言ったということで。
「じゃあ、それで。残りのご飯食べちゃおうか。」
「うん、それで。」
そうして、ファミレスを出た後、俺達は解散したのだった。
♢
8月30日。
明日で夏休みが終わる。
しかし、俺達に限っては文化祭の準備や模試で、22日から学校に通っている。
今日は休みなので通う必要がなく、家でダラダラしている予定だったのだが。
「あやちゃん、まだーー?」
俺の隣で水宮が暑さに悶えながら、高那さんを待っている。
その言葉、何回言うつもりなんだ。
「もうちょっとで来るだろ。」
俺は水宮を変わらず制し、もうひとりが来るのを待つ。
あれから1週間ちょっとして、今度は高那さんからどこか遊びに行こうと誘われた。
だが、誘った本人が来ない。
普段なら、俺はあの高那さんが遅刻なんておかしいと思うだろう。
あんな清純で、いつも素直な、高那さんが。
しかし今回に限ってはそうは思わない。
何故なら、前日に彼女から連絡が来たからだ。
「前は私と四城くんのふたりで遊んだから、今度はからすちゃんとふたりで遊んで欲しい。」と。
俺は3人ではダメなのかと聞いた。
そうしたら、こう言われた。
「2学期から私がいなくなってふたりで勉強会するんだよ?その時に上手くやっていける?」
ふたりか。
図書当番の時にふたりでの会話はしているが、今まで女性と親密になったことのない俺としては、自信があるとはとても言えない。
「やっていけないかもしれない。」
「じゃあ、このお出かけがからすちゃんと仲良くする良い機会だと思うんだ。」
「そうかもな。」
どんどん俺が丸め込まれている。
やるな、高那さん。
「それに、前に私と四城くんだけで遊ばせたんだから、お返しにふたりで遊んでもらわないとねー。」
こわっ。もしかしてこっちが本音か?
女の子とはかくも闇が深いのか。
俺はその感情を言葉に滲ませず、やり取りを続けた。
そのようなことがあったために、俺はへばっている水宮を眺めながら、高那さんから今日は行けないという連絡を待つ状態に徹している。
10分は経っただろうか。
「はあ?何これ!?」
水宮が声を荒らげている。
どうやら高那さんから連絡が来たようだ。
「ええ~。あやなちゃん、酷いよ~。」
水宮はそう言って俺にトーク画面を見せてくる。
そこには、「今日行けない。からすちゃんほんとごめん。ふたりで楽しんで。」と書かれていた。
「今日来れないのか。残念だな。」
俺は済ました顔で答える。
「何でそんなに冷静なんだよ~。」
水宮が拗ねる。
そうは言っても、事情を知っているので、特段驚きもしない。
むしろ、こう言ってやった。
「水宮、この前ドタキャンしただろ、高那さんもお前に文句言われる筋合いはないと思ってるぞ。」
「……。」
急にわーわー言ってたのに黙る。図星なんだな。
まあ、俺も水宮に文句を色々言いたい気はするが。
あんまり責めると、高那さんにからすちゃんのこと悪く言わないであげてって言われそうだし。
それに、水宮が今黙っているってことは、自分にも非があることを自覚している訳で、根は本当に悪いやつでもなさそうだし。
「仕方ないさ。忙しいんだと思う。とりあえず、高那さんが決めてくれたとこに行ってみようぜ。」
俺は努めて明るく、水宮に呼びかけた。
「……そだね。」
水宮も本気で凹んではいないようだ。良かった。
「まあ、あやちゃんのオススメスポットだから、良い場所なんだろうし、行ってみましょうか!」
水宮が歩き出す。
俺は高那さんの時と同じようにその後ろ姿を追いかけるのだった。
♢
さて、今回の遊ぶ場所は、高那さんがおすすめしてくれた「仁泉市立科学博物館」だ。
ここは、主に子どもが遠足などで訪れるような所ではあるが、建築が近未来的であり、博物館の中も堅いものからユニークなものまで様々な展示が公開されているので、大人であっても楽しむことができたり、ためになることが多い、かなりの人気スポットである。
仁泉市民は一度は何かしらの形で訪れたことはあるが、俺達若者にとっては頻繁に行く遊び場ではない。
俺と水宮もここに来るのは小学校以来だった。
「まあ、中高生なら勉強の場より娯楽施設だろうからな。」
そんなことを呟いて、入場チケットをゲートにかざす。
壮大な音楽が鳴り、ゲートが開いた。
この時点で少しテンションが上がってくる。
科学の力ってすげー。
先に入場し、後ろを振り返ると、水宮も音におっかなびっくりしながら入ってきた。
「あれ、すごかったね。」
水宮もウキウキしている。
気持ちは分かるぞ。
「んじゃあ、早速行くか。最初は、1階の宇宙フロアから。」
俺達は科学の力を堪能するために向かった。
♢
「ふい~、疲れた~。」
「いやあほんとに。」
俺達は2階のベンチに座り休憩をとっていた。
ここは吹き抜けになっていて、前のガラス張りの手すりから下を見ると、1階にいる人たちの様子が見える。
主に子どもが叫びながら走っていたり、展示を見て楽しんでいる声が聞こえてくる。
空間全体に活力が漲っていて良いと思うが、デートスポットには向かないだろうな、と俺は苦笑した。
そうやって下の様子を見ながら足を休ませていると。
ポンッ。
何か破裂音が後ろから聞こえてきた。
水宮の方を見ると、既に不思議そうにそちらに振り返っていた。
俺も続けて何が起こっているかを確認する。
まず、目に入ったのは、「夏休み子ども科学教室」と書かれた看板だった。
どうやら、小学生の子たちが出した音らしい。
そして、その子ども達の様子を見ると、何かを飛ばして顔を上に下に向けている。
俺はそれを凝視する。
「あれは……カメラフィルム?」
今やスマホが普及した現在。
フィルムカメラを持っているのは珍しいと言えるだろう。
小学生はこれがカメラのフィルムということすら分かっていないかもしれない。
それが沢山若い子たちによって発射されていた。
「しかし、どうやって飛んでいるんだ?」
俺はポツリと呟く。
「多分、ドライアイスだね。」
水宮が俺の独り言に反応してきた。
俺はその地獄耳にビビりながら、尋ねる。
「何でドライアイスって分かったんだ?」
「だって、あれ。」
水宮が左側に指を指す。
俺はそこの状況を見る。
そこには、開けっ放しのアイスケースがあり、そこから白い冷気が漏れ出ている。
そこから、教室の先生らしい人が白い塊を取り出し、子どもたちが持っているフィルムの中に入れている。
なるほど。冷たいもので白いものと言えば、ドライアイスか。
俺はなぞなぞの答えを知った時のような納得を感じた。
「ドライアイスって二酸化炭素だからね~、密閉すると膨張するんよ。その膨張が限界まで達するとすごい力でフィルムから出ようとするわけ。それでフィルムが飛んでいくんだよね。」
「へえ~、そうなんだな。水宮って雑学とか好きなんだな。」
俺は何気なくそう言ったが、水宮に引かれた。
「いや、それくらい常識でしょ……。」
すみません。僕は頭が悪いんでした。
「ごめん。俺に常識がなかっただけだ。」
「いやほんとよ。2学期からしっかり勉強しなきゃね。」
悪戯っぽい顔で水宮が笑う。
俺は勉強をしなければならない憂鬱さが一瞬蘇ったが、その嬉しそうな顔を見ていたら、何とかこの先も乗り越えられる気がしてきた。
「よし、じゃあ本日のメインイベントであるプラネタリウムに行きますか。」
俺はそう言って立ち上がる。
「おお!すっごい楽しみ!」
水宮も片手をグーにして高くあげ、ノリノリで立った。
♢
プラネタリウムは圧巻だった。
俺自身も久しぶりにこういうものを見たが、天球儀から映し出される星々を模した光の美しさと、落ち着いた声のナレーションによる神話に基づいた星座の解説は、俺達を別世界に連れて行ってくれた。
正直大変面白かった。
途中で水宮の顔をチラ見したが、水宮も恍惚な表情で、キラキラした天井を食い入るように見てた。
彼女も大満足だっただろう。
俺達はプラネタリウムを出た後、ずっとプラネタリウムのすごさについて語っていた。
「いや、あれはまじでヤバい。もうその感想しか出てこない。」
水宮はしきりにヤバいを言っていた。
俺より大分賢いはずだが、感動すると誰しも語彙力が消失するのだろうな。
「いや、ほんとそれな。俺もあの世界はヤバすぎると思った。」
俺も大概馬鹿丸出しな言葉を連呼していた。
まあ高校生なんてそんなもんだろう。
「あーあ、あやちゃんこんな良い体験できないなんて可愛そうだなー。」
「何だ、悪口か?」
「違う違う!あやちゃんとも一緒に見たかったなーってだけ。」
何だかんだ高那さんがいないのが寂しいんだな。
「確かにな。でも、高那さんはこのことを知っているから、俺達に見てもらうよう誘ってくれたんじゃないか?」
「そっか、そういうことかもね。」
水宮は納得したようだ。
その時、俺は思い出したことがあり、問い詰める。
「そういえば、結局聞いてなかったんだが、何でこの前お前はドタキャンしたんだ?」
高那さんがきっとこうだろうなっていう憶測は水宮がすっぽかした当日に聞いたが、まだ本人の口からは聞いていない。
今お互いに幸せな気分を味わっているなかでこんなことを聞くのは野暮かもしれないが、真相を知りたいという衝動に駆られつい口から出てしまった。
水宮はそのことに面食らって刹那的に黙るが、語り始める。
「……ほら、この前カラオケで勉強会したじゃん。その時に四城、全然喋らなかったでしょ。あれって、うちとあやちゃんがずっと話しているから、会話入りづらかったのかなって。私としては3人で仲良くしたいからさ、まずはあまり会話できてなかったあやちゃんと四城が仲良くできるようにしようって思ったんだよね。だから、当日行かなかった。」
俺は驚嘆した。
あの一件以来、水宮は自分勝手な女とばかり思っていたが、俺の様子をきちんと見た上で、俺達の仲が深まるよう動いてくれたのか。
しかも、自分が嫌われるのを分かっていて。
自己犠牲的なやり方はどうかとは思うが、水宮がすごい友達思いな人なんだということが今の話から分かってきた。
こいつとなら良い関係を続けて行ける、とこの瞬間確信できた。
「そうだったのか、俺のためにありがとな。そして、そんな行動をさせてしまってごめんな。」
俺は心から感謝をし、そして謝罪した。
「いや、いいって。もう前のことだし。」
水宮は慌てながら俺に顔を上げるように要求した。
「それに、あやちゃんと仲良くできたこと、知ってるし。私の目標も無事達成できたからね。」
そう言って、また悪戯っぽく笑う。
友達思いだが、それを直接表せない水宮の良さに、俺は今日気づけた。
それが出来ただけでも、今日ふたりで科学館に遊びに来たことは価値があったと言えるだろう。
「そういえば、あやちゃん秋から予備校行くんでしょ。あやちゃんと一緒にいれる時間少なくなるし、博物館でお土産でも買って帰ろうかな。」
「え?何それもう知ってるの?」
俺はてっきり二学期入った後に水宮が知るものだと思ってた。
「当たり前でしょ。うちらの友情舐めるんじゃねえぞっ。」
水宮はそう言うと、爆速でショップ売り場へと走って行った。
さすが、水宮の友達だな。
俺は、彼女達の仲の良さに関心しながら、売り場へ歩いて行った。
♢
学校祭を終えた俺と水宮は、それから今日に至るまで、放課後になると、毎日のようにどこかで勉強会をしていた。
二学期からは、ただお互いが黙々と勉強をするだけでなく、水宮が俺の分からないところを教えてくれるという、家庭教師みたいなスタイルになっていた。
俺としては正直水宮の手を止めている形になり、申し訳ないと思っているが、
「ううん、大丈夫。教えるのも勉強になるし。それに、うちがせっかく教えたのに一緒に共通選抜受けられなかったら嫌でしょ?」
と、何食わぬ顔でひたすら付き合ってくれる。
前に一緒に遊んだ時もそうだったが、本当に友達思いなやつなんだなと感じた。
そして、いよいよ共通選抜の1回目が始まろうとしていた。
ここまで、何度か模試を受けてきた俺達の現状は、俺が約370点、三堂と高那さんが450点くらい、水宮が600点となっていた。
俺達は着実に点数を伸ばしてきているが、水宮以外は未だに最低ラインに届きはしない。
このままで大丈夫だろうか、という不安が俺の心の中に立ち込めてきた。
それは、試験当日にも現れた。
共通選抜の模試は国の機関が行っているため、俺達は本試験と同じ近くの大学で受験をすることになっている。
俺はとりあえず会場に辿り着き、筆記用具などを取り出していたが、不意に「それ」が出現する。
高校受験の時とは何か違う恐ろしさ。
心の中のもう1人の俺が、これでミスったら全て終わりだぞと脅しをかけてくる。
そんなことはないと思いながらも、もしかするとと良からぬ想像をしてしまう。
俺が下を向き独りで葛藤していると、
「おっす。」
と、左肩を軽く叩かれた。
恐る恐る左を見ると、三堂の姿があった。
「よっ、今日は頑張ろうな。」
どうやら俺をねぎらいに来たらしい。嬉しい。
俺も応答しよう。
「あっ、あっあ、おたがぃにな。」
「……。」
三堂が訝しげな顔で俺を見る。
俺は変な声が出てしまったため、彼と目を合わせられない。
「お前、相当緊張してるな。」
三堂にあっさり俺の気持ちを見透かされた。
俺は顔が真っ赤になって俯く。ダサすぎだろ、自分。
そうやって黙っていると、三堂が後ろを振り返って張り上げた声で言った。
「おーい、水宮ー、高那ー、ちょっと来てくれー。」
「ちょっ、お前、馬鹿やろっ。」
俺は三堂の服を引っ張る。
何でそこで水宮と高那さんが出てくるんだよっ。
「何だ、俺は四城が女の子ふたりとちょっと前から仲良くしてるの知ってるぞお?」
三堂には今まで話していなかったが、俺のことは全てバレバレなようだ。
俺は再び恥ずかしくなり俯く。
そこへふたりの足音が聞こえてきた。
「どうしたん、三堂?」
この声は水宮だ。
声は分かるが、顔は上げられない。
こんな赤い顔を見せられる訳が無い。
「何かさ、四城が緊張し過ぎたせいで、腰が抜けて立てないってよ。」
明らかに含み笑いで喋っている三堂の声が聞こえてくる。
腰が抜けないって誇張しすぎだろ。
「ぶっ、えへえっ、マジ?」
水宮が吹き出している声が聞こえる。
くそっ、最悪だ。
俺はふたりの笑い声に耐えていると、突然右肩を触られた。
それに気づき、顔をあげると、高那さんがいた。
「大丈夫。大丈夫だよ。からすちゃんからずっと聞いてたけど、四城くん夏休みの終わりからほとんど毎日勉強してきたんでしょ?絶対良い結果になるって。私もまだ500点いかない仲間だから、一緒に頑張れるねっ。」
高那さんは笑顔で俺に寄り添ってくれた。
おお、天使は実在されたのだ。
空想の世界が現実になったのだ。
思わず好きになってしまいそうだ。
「まあ、あやちゃんの言う通りこれまでやってきたんだから、いけるって。四城なら楽勝でしょ?」
「そうだな。今までの四城とは違って、とっても努力してきた。今なら無理な壁も壊せるかもな。」
水宮と三堂も勝気な顔で俺を見てくる。
端から皆は俺が突破できないはずがないと思っていてくれたのだ。
俺は感動した。
これが友情ってやつか。
これが仲間ってやつなのか。
俺は思わず立ち上がり、三人に宣言してみせた。
「ありがとう。俺、500点超えられるようやってみる。まずはこの1回目を乗り越えてみせるよ。」
仲間達は俺の真剣な眼差しを見て安心してくれた。
その後、軽く雑談をし、思い思いに頑張ろうという言葉をかけあって、座席に戻って行った。
よし、俺は皆から勇気を貰った。
今度は俺が皆に報いる番だ。
1教科目、英語の試験が始まることを告げるチャイムがなる。
心意気高らかに、俺は最初の1ページ目を開いた。
♢
10月10日。
今日は休みだが、以前と同じようにカラオケ店で勉強会をすることになった。
俺は正直足取りが重く、できれば水宮に会いたくなかったが、2回目の模試も近いということで行かざるを得なかった。
カラオケ店に着くと、そこには既に水宮がいた。
「おっすー。」
水宮は軽い調子であいさつをしてきた。
「おっす。」
俺は相手に聞こえるか聞こえないかの声で返事をする。
「どうしたー?覇気ないぞー?まあいつものことか。」
うししと笑った小悪魔水宮が今日も俺を煽ってくる。
しかし、俺はその顔をただ呆然と見つめていた。
「うん……?」
水宮は俺の感情がないことを悟り、眉毛をへの字にしてこちらの様子を伺った。
双方共に顔を見ている時間が数分続く。
「何か訳ありだね。とりあえず入ろうよ。」
「……。」
「もうっ、返事くらいしてっ。ほら行くよ。」
水宮は俺の手を引っ張って入店した。
♢
「んで、どうしたの?」
個室に入るや否や、水宮はドカッとソファーに座り、俺の悩みを聞いてくる。
俺は立ったまま言うべきかどうか悩んでいたが、言わないと今日中ずっと気まずいままだということに気づき、ゆっくり向かいのソファーに座った。
そして、沈黙が続いたあと、俺は語り始める。
「1回目の模試あったじゃん。」
「あー、返却されたよね。どうたったのよ?」
「俺、400点だった。」
そう、俺は3回あるうちの模試の1回目で400点を取った。
俺はあと2ヶ月で100点上げなければならない。
俺はそれが達成できるか不安なのだ。
前回の結果から、今後の点数推移を予測すると、毎月30点アップとなり、3回目の結果が460点となってしまう。
「7月からここまでずっと水宮にはお世話になってきた。本当にありがとう。だからこそ、このままじゃあ目標の500点まで到達できないかもしれないのが怖いんだ。国公立に行けないことより、水宮の期待を裏切ってしまうことがっ。」
人の期待を裏切りたくない。4月の時と比べたら有り得ない話だ。
俺は友達がほぼいなかったために、人のことなどどうでも良いと思っていたのだから。
三堂とは仲が良いが、彼は誰とでも仲が良いので、俺がいなくても何とかやっていけるだろうと感じ、裏切ることも正直辛くはなかった。
しかし、水宮に関しては別だ。ここまで一緒の目標に向かって努力してきた人は、今までいない。
もはや、友達という次元を超えて仲間と認識していたのだ。
そんな彼女の努力を無下にしてしまったことが辛い。
俺はそう感じたために謝罪をする。
「ごめん。いや、本当にごめんなさい。ご期待に添えずにすみませんでした。」
俺は何度も謝る。
謝る回数が増えるほど謝罪の言葉の価値がどんどん薄くなることも気にせず、申し訳なさからひたすら頭を下げる。
「何で謝んのよー。顔あげてって。」
俺は顔をあげる。
俺の瞳に映っていたのは、笑顔の水宮だった。
「大丈夫、まだ1回目だし。四城はここまで努力してきたし、点数も上がってきたんだから、絶対この2ヶ月も伸びるって。これから逆転しようよ。まあ逆転できなくても、うちが四城を500点まで導けばいいんでしょ?やってやろうじゃない。」
水宮はガッツポーズをしながら、俺を見た。
俺はその言葉に感銘を受けた。
水宮はまだ諦めていなかった。
こんな成長の遅い自分を見捨ててはしなかった。
まだ立ち上がろうと手を差し伸べてくれた。
水宮のこの姿を見て俺が立ち止まったままでいてどうする?
「ありがとう、俺頑張るよ。こっから本気出す。」
俺は涙が出そうな目を手の甲で拭い、水宮に手を差し出した。
「おう。その調子でやっていこう。」
水宮が俺の手を握り、ふたりで握手を交わす。
そして、俺たちは今日も、いや今日は今までよりも強い熱量で勉強に取り掛かり始めた。
♢
10月17日。
今日は2回目の共通選抜模試だ。
試験が始まる前、俺は1回目とは違い、真剣に単語帳やノートをチェックしていた。
あれから俺は、家での勉強量を大幅に増やした。
いつもは音楽聞きながらだったり、少し勉強をやってすぐソシャゲをするといった形でダラダラ勉強をしていたが、そのようなやり方を捨て、ひたすら勉強と向き合い続けた。
また、家だけでなく、休み時間や電車での通学時間といった隙間時間も今までは寝ていたが、こちらでも単語の暗記などの勉強を始めた。
全ては水宮の御恩に報いるために。
そして、前回の試験会場で俺を助けてくれた皆と一緒に、自分達が希望する大学に入るために。
俺が単語を赤シートを使って素早く確認しているからか、今回は誰も話しかけてきていない。
きっと俺のことを気遣って、期待してそっとしてくれているのだろう。
ありがたいことだ。
それから20分後。
「はい、それでは勉強道具を閉まってください。」
スーツを着たおじさんの号令に従い、単語帳をカバンに片付けた。
静寂の中、若い職員の方々が1枚1枚俺達受験生の机の上に問題用紙、次に解答用紙を置いていく。
俺は目を閉じ、目の前のことに集中できるよう心を落ち着けていた。
大丈夫だ。
今回は事前に大量に自習をこなしてきた。
今回はいけるはずだ。
俺は自分にポジティブに言い聞かせる。
やがて、監督者の方々がテストを配り終える。
数分の待ち時間があった後。
「はじめてください。」
おじさんの声で俺は用紙を力強くめくった。
♢
「では、共通選抜模試2回目の試験はこれにて全て終了です。お疲れ様でした。」
その言葉を受け、受験生は思い思いに席を立ち動き始める。
「ふぅ~。」
いやあ、監督の人の言う通り大変疲れた。
今回は恐らく今までの人生の中で過去最高に勉強をしてきた1週間だと言えるだろう。
思いのほか、いつもより中々問題を解くことができたと感じる。
これで前回の30点アップよりさらに得点上昇量を増やすことができれば、3回目は問題なく行けるだろう。
「四城くん、お疲れさま~。」
俺の名前を呼ばれた方を見ると、高那さんと水宮がこちらへ歩いて来るのが見えた。
「おー、ふたりともお疲れ。」
俺はその労いに応える。
ここしばらくは水宮以外誰とも話していなかったから、他の人との縁が切れてしまったのではないかと考えていたが、こうして友達と久々に会話できるとほっとする。
「お?四城、1回目が終わった時よりテンション高そうじゃん。結構できたん?」
「ああ、今回は今までより自信あるわ。お陰様で。」
「そっか、それは良かった良かった。最近頑張ってたもんなー。」
「いや、それも水宮が励ましてくれたからだよ、ありがとう。」
俺は深々と頭を下げる。
「い、いやっ、それは友達だし、当然っていうかさっ。当たり前じゃん !」
水宮は突然あたふたし始める。
そして、俺がその様子を見ていると、
「でも、良かったよ、四城が元気になって……うちもとても、嬉しい……。」
水宮が珍しくデレた。
「おんやあ?水宮さん照れてるんですか?」
俺は好機だと思い、追撃する。
いつもからかわれてる仕返しだ。
「て、照れてないし。何言ってんの。まじでバカっ。ほんと信じらんない!」
水宮が顔を膨らませながら腕を組んでそっぽを向いた。
こんな顔するの珍しいな。
面白いので、その顔を見れただけでも俺は満足した。
ちらっと高那さんの方を見ると、いつもの笑顔で水宮を見ている。
何か娘を見守る母親みたいだな。
「おう、四城、おつかれい。」
そんなことを思ってると、三堂も俺のところへやってきた。
「おっす。三堂テストの手応えどうだった?」
「今回は今までより出来たな。」
三堂は俺に軽くガッツポーズを見せてくる。
「そっちはどうだ?前回の結果が返ってきて酷く落ち込んでたみたいだが。」
「ああ、俺も今回は今までより出来たと思うわ。」
「本当か?いやー、良かったな!お前、前回の結果がかえってからひとりでいつも勉強してたもんな!」
三堂が俺の肩をバシバシ叩いてくる。
褒められるのは嬉しいけど少し痛い。
「水宮や高那はどうだった?」
三堂は女子ふたりにも結果を聞く。
「うちはいつも通りかな。あやちゃんはどう?」
「私もふたりと同じくできたほうだと感じたかな。」
「おお、いいねえ。」
どうやら目標点未達成組は、期待出来る結果をつかめそうらしい。
4月には思いもしていなかったが、このまま本当に皆で共通選抜を受けられる可能性が現実味を帯びてきたかもしれないと考えると、自然と笑みがこぼれる。
俺達はやればできるんだ。
「そうだ、この後どうする?」
水宮が俺達に尋ねてくる。
俺はこのまま帰って3回目に向けた勉強でもしようと思ったのだが。
「みんな、最近勉強尽くしで疲れが溜まってると思うから、どこか帰りに遊びに行かない?」
そう言い出したのは高那さんだ。
いつもおとなしいイメージがあるんだが、自分から提案することもあるんだな。
「いいなあ、それ。いっちょ行こうぜ。」
「うちも賛成。やっぱ遊ぶのも大事よね。」
三堂も水宮も賛同する。
俺もせっかくだし行ってみたい。
「俺も最近こんな機会なかったし、行こうかな。」
「じゃあ決まりだね。えっとー、たくさん遊べるのは、仁泉モールかな。」
夏休みに行ったとこか、まあ鉄板だな。
「よし、じゃあ荷物まとめて行きますかあ。」
三堂の言葉に頷き、皆それぞれのカバンを置いた場所に戻って行った。
♢
「よし、行くぞ。」
俺はそう言って、小走りする。
走りながらボールを少しずつ後ろに動かしていく。
まだ、まだだ。
俺はボールを前に放つ時を伺う。
俺達プレイヤーとレーンを区切るラインが近づいてくる。
まだ、まだ、よしっ。
「ここだっ!」
俺は叫んでボールを思いっきり前に投げた。
放たれたボールは重たい音を響かせながらレーンに着地し、そのまま前に進み始める。
このまま行けばストライクも固いな、と俺がガッツポーズをした瞬間、ボールが右に曲がり始めた。
「ほへ?」
俺が間抜けな声を出すことに従うように、レーンの端に特攻する融通の効かないボール。
そのまま側溝に挟まっていき――。
「Gutter」
ピンとボールが悲しい表情を浮かべている様子が電光掲示板に現れた。
「いやダッサ!」
水宮が今回も腹をよじりながら俺のことを馬鹿にしてくる。
「四城、お前こんなに下手だったのか……。」
三堂はドン引きしている。
高那さんは変わらずニコニコしていた。
そんな四城くんでも、私は大丈夫だよってことだろうか。
彼女は水宮だけでなく、俺の母親でもあるかもしれない。
高那さんはいいが、俺は道徳心のないふたりのことを睨む。
「うぜえな、ちょっと運動神経があるからってよお。大体俺は3回しかボウリング行ったことないんだから、ちょっとはお前らも手加減しろよ。」
「3回行ったんなら充分経験あるんじゃねえか?」
三堂にツッコまれる。
こいつ、いつもはボケるくせに。
俺は三堂の発言をガン無視して、頭上のスコア表を見る。
6ラウンド目がこれで終わり、俺が大体50点、1番得点が取れている水宮が100点ほどだから、最大で倍近く離されている。
ていうか、水宮高くないか?
スコア表が7ラウンド目を表示する。
「はいはい、どいてどいてー。」
後ろを振り返ると、水宮がボールを持ったまま手でどいてくれという動作をしていた。
俺はそれに従って、少し後ろに下がり、自分のレーンと隣のレーンの間に立つ。
席に戻らなかったのは、水宮がどんなフォームで、どんな顔で投げるのか見たかったからだ。
水宮は目を瞑り一呼吸つくと、目を再びあげて駆け足でボールを後方に振りかぶる。
そして、すぐボールを前に押し出した。
素早くレーンに飛び出したボールは直線上に伸びていき、ピンに激突する。
その勢いが他のピンにも波及し、全て倒れていく。
俺はピンが崩れる様子を横目で見つつも、ずっと水宮の顔を見ていた。
水宮は投球から結果が出るまで、ずっと笑っている表情だった。
まるで結果が出る前から私はやれるんだと信じているかのように、まっすぐしか見ていない笑顔。
勉強も遊びもできる水宮と、勉強も遊びも彼女に勝てない俺との違いはこの笑顔なのかもしれない。
「やったー!ストライクー!」
水宮はバンザイしながら高那さんの所へ向かう。
そして、彼女達はハイタッチをする。
勿論、笑顔だ。
俺も勢いだけじゃなく、この試合を楽しんでやってみようとするかな。
そう思いながら席へと戻って行った。
♢
「や~、楽しかったなー!」
結局、俺達はボウリングを3ゲームしたが、ずっと俺が最下位だった。
どうやら楽しむ気持ちを持ったとしてもすぐには勝てないらしい。
「ほんとだね~、楽しかったよね~。」
高那さんも便乗している。
女子組は相変わらず和気あいあいと話しているな。
俺がその様子を見ていると、三堂がこっちに寄ってきた。
「どうだ、四城、いい気分転換になったか?」
「ああ、お陰様で。楽しかったよ。」
「それなら良かった。まあずっと負けてばっかだったけどなっ。」
三堂がいじってくる。この野郎。
俺は内心腹が立ったが、努めて冷静に振る舞う。
「まあな。でもそれで学んだこともあったからな。」
「学んだこと?何だよそれ。」
「え?……うーんと、まあ、投げ方とかかな。」
「確かに、四城どんどんスコア上がってたもんな。」
本当は、何事も楽しんでやること、とか、自信を持って取り組むこと、なんだが、俺が言ってもらしくないだけだから、言わないでおいた。
「だろ?俺もやっていけばプロボウラーになるかもしれん。」
「たははっ、それはありえねえだろ。」
少しムッとしたが、気にしない気にしない。
「ねえー、写真撮ろうよー。」
そんなしょうもない会話をしていると、水宮が俺達を手招きしている。
「おう、撮ろうぜ。」
三堂がそう返事して、俺達は彼女の所へ向かう。
「よし、じゃあ行くよ。もっと寄ってっ。」
俺達は何とか内カメラから見切れないように近づく。
人とこんなに近づくことは稀なので、緊張する。
「はい、チーズ。」
パシャっ。
「おっけー。」
何とか撮れたようだ。
「後でLINEで送っとくね。あと、ストーリーにもボウリング中の様子あげてるから。」
まじかよ、いつの間に投稿してたんだ。
「わかったー。」
「おう。」
水宮の言葉を気にせず、俺以外のふたりは了解する。
これがイケてるグループの奴らなのか。
俺は何も言えずに、ただ頷いた。
それにしても、さっき近づいた時に水宮と高那さんの服から何かしらの良い匂いが漂ってきたなあ。
女子と仲良くなると、気分だけでなく、匂いも良いものが感じられるのか。
「おーい、四城。」
水宮のよびかけにハッとする。
こんなキモイ妄想をしているのがバレたらマズい。
「うお、えっ、な、何?」
「何でそんな狼狽えてんの?」
「いや、ちょっとびっくりしただけ。で、なに?」
「あー、いや、2回目の模試おつかれさん、特にあんたは頑張ったねって。」
「お、おう、ありがとう。ほんと皆のお陰だよ。」
俺が機転を効かせてそう言い返すと、水宮は俺達の方全員に向き直る。
「うちも皆のおかげで頑張れたよ。ありがとう。今日はリフレッシュできたし、次が最後だけど、しっかり準備してこうね。」
どうやら締めのあいさつをしたようだ。
「そうだな、俺も頑張るわ、最後まで手を抜かずな。」
「私も結果出せるように頑張る。」
三堂も高那さんも自分の決意をあらわにした。
俺もギリギリだから頑張ろう。
「じゃあ、今日はこれにて解散ってことで、あやちゃん一緒に帰ろっ。」
その言葉を最後に、俺達の遊びは幕を閉じた。
♢
「……。」
「……。」
「本当に申し訳ない。」
俺は人生で初めて土下座を使用した。
「いや、謝らんでいいって。まじで。」
水宮が必死で俺を立たせようと腕を掴む。
11月8日。
2回目の模試の結果が返却された。
俺の結果は、410点。
まさかの10点アップだった。
俺は1週間ではあったが、平日は家に帰ってから寝るまで4時間は勉強をしたし、休みの日には7時間した。
俺なりに一生懸命頑張ったのだ。
間違いなく俺は俺を褒めても良いと思う。
しかし、現実はそうはいかない。
1週間本気でやった奴よりも、ずっと4月からコツコツやってきた人の方がすごい。
それが目に見えて結果に現れた。
勿論、悔しいのもあるが、いつも勉強を見てもらっている水宮を初め、時に俺を精神的に支えてくれた高那さんや三堂にも、顔を見せられない。
「ごめん、本当にごめん。」
俺は大変恩義がある彼女に贖罪をしたいが、自分の何を削って差し出せば良いのか分からない。
ただ、謝ることしか出来なかった。
「四城は本当に頑張ったよ。例え1週間だとしても、うちらがちゃんと勉強と向き合ってたのを見てた。そして、これで終わりじゃない。まだ、1回ある。だから、大丈夫だよ。」
水宮が座り込み、俺を抱きしめて優しく語りかけてくる。
彼女の体温は温かく、俺は少し安心した。
しかし、気持ちはまだポジティブの地点にまで上昇できていない。
「俺は、今回ので自信をなくした。そんな俺がもう1回挑戦しても上手く行くだろうか。あと2週間しかないのに。」
そう、3回目の模試は残り14日ほど。
今から90点あげて大逆転なんて、厳しすぎる。
「むしろ、あとそんだけあるんだよ。この前本気出した時よりも時間はある。行けるよ。」
「うん。」
俺は返事はするが、土下座は辞められない。
しばらくの間、地面に突っ伏す俺とそれを包む水宮という構図が続く。
俺がいつまでもその状態でいることに不満を覚えたのか、水宮が立ち上がった。
「もう!早く勉強するよ!いつまでそうやってるの?ここで頑張んなきゃ、あんたの頑張った1週間は無駄だよ!むーだ!」
俺はその言葉にハッとさせられる。
無駄、か。
日がなソシャゲをして快楽を貪る日々を過ごしていたいつもの俺ならその言葉を軽んじていただろうが、今回の俺はそれを蔑ろにできなかった。
ここまで来て諦められるのか?
俺は自分に問いかける。
俺の久々の本気をこんな結果で終わらせて良いわけがない。
俺の心が熱くなる。
ふつふつと沸騰しているのが分かる。
それに呼応して、体の血の巡りも活性化したのか体も暖かくなる。
そうだ、今こそ立ち上がる時だ!
「……そうだな。ここまで来て無駄にさせるわけにはいかない。」
俺はゆっくりと立ち上がる。
足にしっかりと力を入れながら。
そして、完全に直立した後に真剣な眼差しでまっすぐ水宮の顔を見る。
水宮は面食らった顔をしている。
「わかった、残り2週間しかないけど、やろう。俺は最後まで全力を出すよ。」
水宮はポカンとした顔をしていたが、すぐに元の顔に戻る。
「そうやね!最後までやり通そう!」
俺達はお互いに握手をする。
今日が、本気の再スタートだ。
♢
俺は心に火をつけた直後、勉強に早速取り掛かった。
そこから2時間、18時になり、俺達は解散の流れとなる。
「今日はありがとう。喝を入れてくれて助かった。」
俺はお礼の言葉を言う。
最近はありがとうと素直に言える機会が増えた。皆と関わることで俺も変わっているのだろうか。
「いや、大丈夫だって。でも、良かったよ。とりあえずは、四城が立ち直ってくれて。」
「ん?とりあえずってどういうことだ?」
水宮は言葉を詰まらせる。
そして、何かを言おうとして言えずにいる様子が続く。
「嫌なら言わなくてもいいぞ。」
俺は逃げ道を渡す。
こんな時期だし、勉強以外の場面で無理をする必要はない。
しかし、水宮は。
「ありがとう。でも、言うよ。」
水宮は息を大きく吸って吐き出す。
そして語り始めた。
「あやちゃんの点数。四城は知らないと思うんだけど、450点だったんだ。」
俺は驚く。高那さんは着実に点数を伸ばしている感じではあったが、まさかプラマイゼロとは。
「それ、俺より酷いじゃないか。」
俺はさっきまでの態度を猛省する。
俺はてっきり皆500点を超えていると思っていた。
実際、水宮と三堂は500超えてたし。
高那さんも余裕で突破していると勘違いをしていた。
「私は昼休みの時、すごく心配したんだけどね。あやちゃんはずっと、大丈夫、もうちょっと頑張るだけだからってしきりに言ってたんだよ。でも、帰る時は何度もため息つきながら予備校の方角へ向かって行ったからさ、やっぱりほっとけなくて。」
友達思いの水宮、かつ、中学校から一緒の高那さんだ、1番気がかりだろう。
「もう1回勉強会に戻ってもらえるよう、言ってみたら?」
俺は疑問を口にする。
「それが、予備校の予定もあるし、四城くんは私よりも点数が低いから、私が入って迷惑をかけられないって言って、入りたがらないんだよねえ。」
水宮が悲しそうな顔をする。
しかし、高那さんがそう言うなら無理に誘うことはできない。
「そうか。残りまで日数少ないから焦ってるんだろうな。高那さんもすごく頑張ってると思うから、メンタルのケアはした方が良いと思う。それは水宮にしかできないから。」
俺は親身にアドバイスを贈る。
「それ、あんたが言うの……。でも、そうだね。アドバイスはありがたく受け取っとく。」
確かに俺が言うのはちょっと違ったか。
「いやー、しかしなあ。あと2週間だからなあ。本当に点取れるか心配だわ。もう1週間か2週間くらい期間があればいいんだがなあ。」
俺は伸びをしながらそんなことを口にする。
「1週間……2週間……伸ばす方法……。」
水宮は俺の言葉を聞いて、腕を組みながらぶつぶつと呟いていた。
「なんだ?そんな方法あるのか?」
俺は水宮を少しからかうように尋ねる。
「やだなー、そんなのあるわけないじゃん。」
水宮は真っ向から否定した。
そりゃそうだよな、と俺も思う。
しかし、その後も水宮はたまに考えごとをしているらしく、俺の話を聞いていないこともあった。
期間にそんなに拘るやつだったのか、と思いながら、くだらない会話を続けた。
♢
試験前日、俺は帰りの電車に揺られていた。
俺は最近ルーティンとなっている、英単語帳の単語暗記を赤シートを使って行っていたが、少し疲れたので顔を上げてボーッと外の風景を眺める。
今日の景色は、住宅街の向こう側に沈んでいく夕焼けだった。
「きれいだな。」
思わず呟く。
何だかんだ、こうやって夕焼けをじっくり見る余裕を持っているのは久しぶりかもしれない。
ここ1ヶ月は、放課後に水宮と毎日勉強会をして遅くまで学校やカラオケ店といった屋内にいたから帰るのは夜だった。
また、電車に乗るといつも英単語帳を見ていたので、外を見たい欲も湧かなかった。
本当なら、明日は試験なのでこんなことをしている場合ではないのだが、もはややれることはやったという満身創痍状態になっている。
こうして、明日に向けて少しでも体と心を休めるのがベストだろう。
俺は夕焼けを立ったまま見続ける。
客観的に見たら引かれるだろうか。
そういえば、今日は珍しく勉強会がなかったことを思い出す。
1回目も2回目も、前日はいつも以上に念入りに勉強会での水宮の指導が激しかったが、今回は、
「今までと違って、今回は最初から最後まできちんと頑張ったからね、今日は休憩だよ。しっかり休んでよ~?」
あと、私この後用事あるし、と水宮の方から勉強会の中止を求められた。
俺はこれまで大変お世話になってきたので、断る理由もなく受け入れた。
しかし、この後にある用事って何だろうか。
明日は大事な試験だし、そんな時に用なんて入れなくて良いのにな。
そう思ったが、水宮はとっくに合格点を獲得していたことを思い出す。
既に共通選抜のスタートラインに立てている水宮にとって、明日の試験はただこなすだけの作業なんだろうな。
「俺とは次元が違ったかー。」
なんて口に出してみる。
言ったところで何か変わるわけでもないのに。
それならば、明日は水宮に試験前に最後の確認をしてもらおうとひらめいた。
これで、最終確認も安心だな。
そう思い、そろそろ休憩もやめるかと考えて、単語帳を開いた矢先。
ブブブブブ。
俺のズボンのポケットが振動する。
「なんだろ。」
そう思い、スマホを取り出すと、水宮からの着信が来ている。
俺は電車の端っこに行き、通話ボタンを押し、口を手で隠す。
「もしもし?今電車なんだがどうした?」
俺は囁きながら応答する。
「あっ、ごめんよ、ちょっと聞きたいことがあって。」
「今すぐにか?」
「んーまあー、すぐに終わるし今がいいかな。」
「何だ?」
「あのさ、ぶっちゃけ明日のテストって自信どう?」
「は?」
いきなりそんなことを聞かれて、呆気にとられる。
「それ、何で?」
「いや~、何か当日対策できたらいいかなと思って。」
水宮は俺のために最後までサポートしてくれるのか。素直に嬉しい。
「ありがとう。じゃあ数学が自信ないから直前にチェックできるやつ、お願い。」
「わかった。とりあえず今から考えてみるよ。ありがとう。」
「いや俺こそありがとう。わざわざすまないな、そこまで気を遣わせてしまって。」
「ううん、うちは余裕だから、大丈夫だよ。」
「そっか。まあ明日はお互い頑張ろうな。」
「うん、そうだね。しっかりやってやろう!」
そうだな。俺も休憩せずに最後まで追い込まないとな。
「あとさ、変なこと聞くんだけど、もうひとついい?」
「ん?何だ?」
そこで一瞬、水宮の声が途切れる。
そして。
「もし、試験を少し延期にできることになったら、嬉しい?」
は?
試験を延期?
頭の中に疑問符が出現する。言っている意味が分からない。
「どういうことだ?」
「だから、もうちょっと勉強する時間欲しかったなあってことだよ。今まさに、そう思ってる?」
やはり分からない。
言葉の意味が分からないというより、今この時にその質問をする理由が分からない。
ただ、聞かれているからには、答えた方がいいだろうか。
「まあ、どちらかというと、そうなるな。やっぱり1回目の時から真面目にやるべきだったなと思うわ。」
「そっか。あやちゃんも試験延期できたらいいなって言ってたよ。」
「そうか。」
そこで会話が途切れる。
俺はこれ以降どういう話で繋げた方がいいか考えてしまった。
ただ妙案が浮かばない。
15秒して、とりあえず何か喋ろうと声を出しかけると。
「うん、ごめんね、とりあえずそのふたつが聞きたかっただけ。ありがとね。」
水宮に先に話されてしまった。
「お、おう。」
「じゃあ電車の中だし、うち、切るね。ここまでお疲れ様。今までありがとう。試験頑張ってね。」
水宮からまくし立てられるように、一方的に言葉をぶつけられ、俺が何かを返す前に電話が切れてしまった。
いや、一体今の電話は何だったんだろう。
少し考えたが、水宮に時々起こる気まぐれかという結論に至った。
変なことするからな、あいつ。
俺はとりあえず彼女からのエールをポジティブに捉え、単語帳を再び開いた。
♢
3回目の試験当日。
俺は試験を受ける席に座った。
今までは2回とも、文化ホールみたいな広い教室で受験をしていたが、今回は教室ほどの空間で試験を受けることになった。
大学には大量の受験生が来ているからな、色んな所が会場になるんだなと感じた。
俺は席に座り、自分なりの最終確認を始める。
試験までにはあと30分ほどある。
結構な範囲と量を見直せるだろう。
俺はひとつずつ重要事項を確認しながら、水宮の到着を待った。
彼女の最終チェックもあれば、俺は万全の状態を迎えられるはずだ。
そこから5分が経過した。
俺は古典の復習を終え、世界史の復習をしようとしたその時。
パンッ。
何かの破裂音が遠くから響いた。
俺は何が破裂したのかを知るため、周りを見渡す。
割と反響したので、一部の生徒もきょろきょろしている。
まあ、タイヤか何かの音かなと思っていると、スーツを着た人達が続々と俺達の教室を走って横切っていく。
結構なスピードだ。
風を切る音と駆けていく音が中々すさまじく、教室の学生が一斉にそちらの方を振り向く。
一体何事だろうか。
俺は大人達の意図を読み取ろうと考える。
あの音が原因だろうか――――。
パアアアアアアアアアァァァァアアッッッッッッッッッンンンンンンン!!!!!!!!!!
轟音。
パアアァァァァァアアアッッッッッッッンンンンンン!!!!!!!
激音が再び駆け抜けていく。
パアアアアアアアアアアアァァァァァァァァッッッンンンンンン!!!!!!!!
3度目の爆音。
世界が一瞬聞こえなくなる。
頭が揺さぶられた気がする。
目の前が音のやかましさにより、真っ白になっていく。
俺は意識を失った。
……。
「はっ!!」
俺が五感全ての感覚を取り戻した時には、周りの人達が慌てふためいていた。
涙を拭う女子生徒、教室を走って出ていこうとするが廊下の人のごった返しに阻まれている男子生徒達、中にはスマホを一心不乱に操作している人もいた。
そんなこれまで見たことのないパニックを俺はただ見ることしか出来なかった。
そして、人々の喧騒にかき消されつつも、大人の人達が必死に叫んでいた。
「皆さん、落ち着いてください!
ゆっくり、ゆっくりで良いので、周りの爆発物に気をつけて避難経路を進んでください!」
そこで、俺は廊下の人だかりが避難を行っている真っ最中であることに気がついた。
また、あの衝撃的な音は爆発物によるものだったことにも気がついた。
ということは、この施設内、いや、大学には爆弾が仕掛けられている?
俺はその考えに至ると、一気に冷や汗が出てきた。
やばい。
やばい。
早く脱出しなければ。
俺はそう思うが、教室外の様子を見るととても簡単に外に出られるとは思えない。
ならば、窓から出てようかと窓をあけるが、途中で引っかかってしまう。
どうやら、大学の窓は全開ができない仕組みになっているらしい。
俺は一瞬悩む。
このまま待つか、いちかばちか人の波に紛れ込むか。
俺は――。
その時、俺の脳内に水宮、三堂、高那さんの顔が出てくる。
彼ら彼女らが辛そうな顔が出てくる。
そうだ、今皆は不安に思っているに違いない。
俺も不安だが、皆の安否が心配だ。
俺は腹をくくった。
「よし、行くしかない。やるぞ。」
そう呟いた俺は、勢い任せに廊下へ飛び出した。
♢
「おおっ、四城、無事か?」
もみくちゃにされながら何とか外に出ることができて15分。
幸運にも三堂と出会うことができた。
「三堂、まさかこんな人のいる中で出会えると思わんかったわ。見た感じ大丈夫そうで良かった。」
「ああ、四城も大丈夫そうだな。お互いに良かった。未だに耳が聞こえにくいけどな。」
そう言うと、三堂は耳を軽く叩きながら元の状態に戻そうとする。
しかし、やっぱりすぐには戻らないみたいで、諦めたように会話を続けた。
「よし、とりあえずひとりと出会えたし、一緒に高那と水宮を探しに行こうぜ。」
「お前、部活のやつらは探さなくていいのか?」
「部活の友達はさっき何人か会った。話した感じ平気そうだったし問題ないさ。そして、大事な試験だったのにこうなっちまって、四城の方が気がかりだったからな、こうして来たわけだ。」
「心配してくれたのか、ありがたい。そうと来たら動こう。」
「おうっ。」
俺達は見知った姿を求めて歩き回るが、なにぶん人が多すぎる。
360度視点を動かしながらじっくり辺りを見渡す、そして、別のところへ前進していく。
すると、拡声器を持った人が大声で話しているのが聞こえてきた。
「これより警察が大学内で爆発物の調査を行います。今後の危険性が排除される見通しがたちませんので、本日の試験は中止と致します。再試験の日程については、後日皆様の学校を通じてお伝え致します。繰り返します――。」
「おい、試験中止ってマジかよ。」
三堂が驚いている。俺も同じ気持ちだ。
しかし、落ち着いてふたりを探すことに切り替える。
「まあ、あの音があればそうなるよな。試験が延びたのならそれでいい。それより、ふたりを探すぞっ。」
「お、おう。四城お前冷静だな。」
三堂は俺の後をおっかなびっくりついてくる。
そんな時、俺の携帯が震える。
一旦立ち止まり、画面を見ると、高那さんからの連絡があった。
「おい、高那さんからLINEが来た。裏門前にいるらしいぞ。」
俺は三堂に報告する。
「わかった。行こうぜ。」
俺達は裏門目掛けて走り出した。
数分かけて裏門へ辿り着くと、高那さんがこちらに駆けてくるのが見えた。
「四城くん、三堂くん、大丈夫っ?」
その言葉に俺が応える。
「ああ、両方共に無事だ。高那さんは?」
「うん、私も何もないよ。良かったあ。」
高那さんはほっと胸をなで下ろす。
さて、あとは水宮だけだな。
「水宮を見てないか?」
「ごめん、今日まだからすちゃんと会ってないんだ。」
「そうか、別の教室で受験することになってたのかな。」
3人ともに水宮の行方で思い当たる節をしばらく考える。
しかし、大学の中では心当たりがなかった。
「とりあえず、手当たり次第に探そうぜ。」
三堂が提案する。
俺達は頷き、再び校舎の方へ走っていった。
だが、途中で大学の職員に呼び止められ、俺達は大学を出ることを余儀なくされた。
結局、水宮の居場所は分からぬままだった。
♢
週明けからいつものように学校が始まった。
再試験は2週間後の土日で行われるらしい。
とりあえず、再試験日程も決まり、俺も長く勉強時間を確保出来て一安心した。
不謹慎な物言いだが、試験が延期されて少し良かったと感じてしまった。
しかし、気がかりなことがひとつある。
水宮がここまで1日たりとも学校に来ていないのだ。
俺達はあれから、水宮の状態を確かめるために、チャットでメッセージを送っているのだが、一向に返事がない。
担任の先生に聞いても、何で来ていないのか分からない有様だった。
俺達3人は休み時間に頻繁に集まり、どうすれば彼女との連絡を取れるか話し合った。
そのひとつとして、何回か水宮の家を訪れてたが、インターホンを鳴らしても誰も出ず、収穫なしで帰った。
他にもいくつか案を計画して、実行したが成果は出なかった。
そして、金曜日の朝になった。
この日も来ていなかったら、水宮は丸5日休んでいることになる。
俺は、そろそろどんな手段を使っても連絡をとりたいと思っていた矢先、朝のホームルームで田中先生が語り始めた。
「えー、今日は大事なお知らせがあります。」
その後に田中先生は皆の様子を一瞥する、そして、しばらく口をつぐんでいたが、続きを語り出す。
俺達はその間、田中先生を見つめることしか出来なかった。
「水宮 烏さんですが、この度学校を辞めることになりました。」
……。
…………。
………………え?
俺は田中先生の言っていることが理解出来なかった。
クラスの人達も驚きを隠せず、近くの人達と話し合うが、先生は止めもせず話を続ける。
「学校を辞めた理由はお伝えすることができませんが、あまり気にすることなく、目の前の受験に集中してください。私からは以上です。」
淡々と話を終えた田中は教室をすぐに出て行った。
途端に生徒のざわめきが大きくなる。このクラスにいる全員が状況を飲み込めていない。
「何で水宮は辞めたんだ?」
「分からない。何か心に傷を負ってたのかな。」
「あんな明るい子が?」
「でも、人って何が起こるか分かんないから。」
口々に水宮が辞めた原因を憶測で話し合うクラスメイトたち。
俺はそんな声を無視し、高那さんの机へ向かう。
「おいっ、高那さん、何か聞いてないか?」
「ううんっ、何も知らされてないっ。」
高那さんは首を左右に振る。
「なんでっ、からすちゃん、私達を置いていったの……?どうして……?」
高那さんはそう言って涙をこぼし始めた。
俺も同意見で突然の別れに泣きそうになるし、勝手にいなくなったあいつに対して腹が立つ。
俺は語気を強めて言った。
「一緒に田中先生のとこまで行こう。先生は理由を伝えられないって言ったから、辞めた原因を知っているはず。聞きに行こう。」
高那さんは溢れた涙を拭いながら頷く。
「うんっ、行こうっ。」
俺は彼女の手を掴んで教室の外へ向かう。
女性の手に触れる経験は今までなかったが、そんなことを気にしている場合ではない。
俺達が教室を出た直後、教室の後ろの扉が開いた。
「俺もっ、俺も行かせてくれ。」
三堂が慌てて走って来た。
「よし、行こう。」
俺は瞬時に承諾した。
そして、田中の後を追いかけた。
♢
俺達は職員室へ戻る途中の田中に向かって叫ぶ。
「先生!待ってください!」
俺の声に彼は振り返り、立ち止まった。
少し息を切らしながら、俺はまくし立てる。
「水宮が退学ってどうしてですか!?納得できません!理由を教えてくださいっ。」
田中は悩みながら答える。
「教えたいのは山々なんだが、あんまし良い理由ではなくてだな……。とりあえず、どんなにお前達が言っても、退学を取り消すことはできないんだ。」
残酷な事実を叩きつける田中。
俺達はそれでも食い下がる。
「退学を取り消す方法はあるかもしれないでしょう!?まずは、水宮に降りかかった問題を聞き、そこから俺達が何とかします!」
高那さんも俺の言葉に乗っかる。
「そうです!私達は3年の春から今までずっとからすちゃん、いえ、水宮さんと共に受験を乗り越えようと頑張ってきました。いきなりこんな形で終わるなんて、辛すぎます!」
三堂も腕を捲り、続く。
「俺らは、大学受験の変更という大人たちの都合とこれまで向き合ってきた仲間なんだ。また、あんたたちは大人だけで隠し事をして、俺達子どもを手懐けるつもりか?今回はそうは上手く行かせないぜ?」
三者の意見をぶつけられた田中はたじろぐ。
そして、顎に手を当てて考える仕草をした後、こんなことを伝える。
「原因は、水宮からお前達には言わないよう伝えられてるんだが、それでも聞きたいか?」
今度は俺達が狼狽える。
水宮自身が言わないでと言ったって?
それを深堀りしている俺達は、水宮に迷惑をかけているのか?
俺は考える。
これ以上突っ込むべきか止めておくべきか。
しかし、本音は簡単には変わらない。
「やっぱり知りたいです。お願いです。教えて頂けませんか。」
俺は深く頭を下げた。
こんなお願いの仕方しかできないけど、知りたいんだ、真実を。
田中先生は、俺の様子とふたりの様子を見て、諦めたようだ。
「……分かった。俺の負けだ。話そう。」
そして、語り始めた。
「水宮は、簡単に言うと、この前の大学での爆発を起こした張本人だ。」
俺達は衝撃を受ける。
水宮が、あの事件の主犯だって?
「そして、爆発させたのはペットボトルだ。彼女はその中にドライアイスを詰めていた。」
ドライアイス。
俺はその言葉にひとつ心当たりがある。
それは、夏休みに科学博物館へ行った時。
子ども達がフィルムを飛ばすのに使っていたものだ。
「じゃあ、あれはペットボトルを爆発させていたってことですか?」
高那さんが尋ねる。
先生はそれに頷いた。
「ああ、そうだ。ペットボトルの中にドライアイスを入れると、凄い勢いで爆発する。これは普段過ごしている時にも気をつけなければならないことだ。」
そして、先生は一瞬黙ったが、話を続けた。
「問題は、その爆発によってペットボトルが勢いよく辺りに四散したことだ。それにより、破裂した時にその横を通っていた大学職員の目にペットボトルの破片が入ってしまった。」
破片が目に。
ただでさえ目はデリケートなのに、そんなものが入ってしまえば危険だ。
俺達の間に緊張が走る。
「幸運だったのは、それが原因で職員の方が失明しなかったことだ。目を怪我して視力が落ちたが、治療によりいずれは完治するだろうと言われている。」
俺達は安堵する。
水宮のせいで重症者を出さずに済んだわけだ。
「ただ、水宮のやったことは、学生だとしても犯罪だ。試験を中止にさせた威力業務妨害に加え、人に傷害を負わせた。かなり悪いことだ。それは分かるな?」
田中先生に言われ、俺達は頷く。
「警察から学校にその事件の連絡が入ったのが日曜日、そこから個別に水宮と水宮の親御さんと、俺と校長先生でしっかり昨日まで話し合った結果、退学をするということになったわけだ。水宮も自分のやったことはとても許されないことだと話し、それで納得した。そして、話し合いの最後の方で、今回の件はお前達に話さないで欲しいと言われた。迷惑をかけたくなかったんだとさ。これが事の顛末だよ。」
田中先生は俺達を見ながら、真剣に語ってくれた。
俺達は伝えてはいけないことを教えてくれた先生に対して、もはや怒りはなく、感謝の念しか残らなかった。
「先生、教えていただきありがとうございました。この恩は忘れません。」
俺も真剣に感謝の意を述べると、先生は、
「よせよ。お前達の思いが強かったからだよ。」
と言ってくれた。
「まあ、俺は教師っていう立場上、あんま強くは言えないが、正直水宮は明るく優しい子だったし成績も優秀だったし、やっぱり悪い子じゃないと思ってる。四城や高那や三堂が水宮と今後も仲良くしたいって言うんなら、俺は止めないよ。」
だから、これから先のことはお前らが決めろよと言って、先生は職員室へ戻って行った。
♢
その日の放課後、俺達は水宮の家へ訪れた。
インターホンを鳴らしても反応がなかったため、2・3時間ほど家の周りで待機をしていたが、物音がしたり、明かりが灯ることもなく、夜を迎えた。
俺は何としても水宮と話をしたかったため、24時間この辺りに居ても良いと思っていたが、近隣の人に悪いし、高那さんには門限があるしで、解散となった。
あとは、各々LINEで水宮にメッセージを送ろうという作戦になった。
俺は10件ほど個人チャットに投下した。
「水宮、今までありがとう」、「今度は俺達がサポートするから、一緒に大学受験の勉強をしよう」、「俺が不甲斐ないばかりにこんなことをさせてしまって申し訳ない」など、感謝や謝罪を俺なりに精一杯に込めたLINEをした。
その日の夜、俺は三堂や高那さんらと連絡がつかないことを言い合っていたが、突然スマホの上部に「からす」からの通知が届いた。
しかも、2件続けて届く。
俺は急いでアプリを開く。
そこに書かれていたのは。
「ごめんね、今までありがとう。」
「応援しています。さようなら。」
というたった2文のみだった。
俺は即座に水宮にメッセージを送る。
「俺の方こそごめん、これまでありがとう。」
「でも、これでお別れなんて寂しい。ずっとこれからも居て欲しいよ。」
「さよならなんて言わないでくれ。」
最初の2つのメッセージはすぐに既読がついたが、最後のはつかない。
その間に俺のスマホ画面上部は賑やかになる。
どうやら、三堂と高那さんにも水宮から連絡が来たらしい。
俺はそれに対応せず、じっと真ん中を見つめている。
せっかくのこの機会を逃すことはできない。
俺が、水宮のおかげで共通選抜を受けられる姿を見せたいのだから。
俺はまだ、水宮から一方的に助けられてばかりで、まだその恩を返しきれてないのだから。
ずっとトーク画面を見続ける。
見る。
見る、のだが。
「水宮がいなくなった!!」
「三堂が写真を送信しました。」
の二言に目を奪われてしまう。
急いで三堂とのトークに向かうと、そこには水宮が退出したという写真があった。
俺のところはどうだと戻った瞬間。
直近のトーク欄に、「メンバーがいません。」と書かれていた。
呼吸が荒くなる。
ゆっくりとそこをタップする。
「『からす』は退出しました。」
そこには無慈悲な文言が遺されていた。
心臓が止まる感覚。
乱れる呼吸。
にじむ視界。
「あっ、ああっ……!!」
俺は顔を覆う。
俺はどうしたら良かったのだろうか。
何故水宮の考えに気づいて、止めてあげられなかったのだろうか。
俺は自分のことばかり考えていて、彼女のことを何も考えていなかった。
俺は知らぬ間に水宮に負担を強いてしまっていたのではないか。
そのことに、後悔と涙が止まらない。
俺は、俺は、俺は。
何もできない自分に深い嫌悪感を覚え、その日は一日中泣いていた。
次の日、俺は反省の意を込めて3人で水宮の家に行ったが、もう彼女の家はもぬけの殻だった。
近所の人が俺達に、昨日引っ越したことを教えてくれた。
俺は、結局水宮に直接「ごめん」と言えなかった。
「ありがとう」を言えなかった。
「さようなら」も言えずに、俺達の関係は終わってしまった
♢
あれから3年が経った。
俺は水宮との別れの後、必死に勉強した。
2回目とは違う、もはや死にものぐるいで勉強をした。
その結果、延期になった3回目の模試で、何とか500点を突破することができた。
そのまま、共通選抜・2次試験も突破し、無事国公立大学生になった。
三堂も高那さんも、大学は違うが国公立大学生となり、ネットで受かったことを知った俺達は仁泉高校前に集まり、叫びながら喜びを爆発させていた。
そして、俺は大学3年生になった。
お酒も飲めるようになったし、毎日夜中まで遊ぶこともあった。
3年の夏休み、県外で一人暮らしをしている俺は久々実家に帰ってきた。
いつもの通り、実家に帰ってきてはダラダラとする。
課題やら期末テストやらに追われている学期中と比べて、何も考えずに羽を伸ばせることは素晴らしいと思っていた。
そんなある日、俺は日帰りで出掛けようとしていた。
場所は、最寄り駅から5、6駅離れたところ。
そこに最近大型のアウトレットモールができたらしい。
俺は基本的に出不精ではあったが、ずっとこのままで過ごすのもどうだかなあと心の中では思っていたため、良い機会だと考えた。
当日の朝、いつもより3時間ほど早く起床する。
俺は歩いて駅まで向かった。
駅で電車に乗り、適当に窓の外を眺める。
見慣れた駅名が次々とアナウンスされ、その度に止まる。
2駅目を過ぎた辺りで俺が通っていた高校が遠くに見える。
俺は高校3年生のことを思い出す。
俺が本気を出して勉強と向き合っていた日々。
そして、共に受験に立ち向かった仲間。
高那さん、三堂。
そして――水宮。
俺は当時のことを振り返り、懐かしむ。
しかし、今では誰とも連絡をとっていない。
高3の共通選抜が始まる前は、夜ご飯を食べながら決起集会をしたり、春休みには1回だけ集まって遊んだりしたんだけどな。
もう、大学に入った後からは連絡を取らなくなってしまった。
3人とも、違う大学だしな。
今では、たまにインスタでふたりのストーリーを見ることしかしていない。
三堂はラグビー部に入って体とか顔が傷だらけだけど楽しそうに笑っている写真が載せられているし、高那さんは1年前彼氏ができたみたいで、旅行に行くたびにツーショットをあげている。
俺は、大学に入ってからもソシャゲやら遊ぶことしかしてないから、それを見ながら充実しているなあと思うだけだ。
変わってしまった。
皆、変わってしまったよ。
俺は感傷に浸りながら、過ぎ行く高校を眺める。
そこから、俺はあの時から今まで何をしていたか、印象深いことを考えているうちに、目的の駅まで着いたので、降りることにした。
ここから、バスで30分かければアウトレットだ。
♢
アウトレットモールに到着したはいいが、特にめぼしいものはなかった。
そもそも、こういう場所はブランドの服とかカバンとかが売っている場所であって、おしゃれに無縁な俺には関係のない所だったと痛感させられた。
一応、フードコートで昼ごはんは食べたが、結局これも駅前のショッピングモールと並んでいる店は変わらず、わざわざ遠くまで来た意味はなかったと言える。
俺は何しに来たんだろうかと後悔しながら、閉店より3時間早い16時にここを抜け出した。
そうしてバスを使って駅まで戻ってきたは良いが、予定より早く駅に着いたので時間を持て余す。
俺は駅前に何の店があるかを探すためにぶらぶら歩き回ることに決めた。
5駅離れたとこなんて、普段あまり行かないからな。
駅の周りには割と様々な店がある。
食べ物のチェーン店から金券ショップ、予備校、果てはガラス細工の店まである。
ただ、特別興味を持つ店は見つからず、だんだん周りだけでなく、駅から少し離れた所にまで足を伸ばしていく。
すると、1件のリカーショップを見つけた。
「リカーショップか……。」
俺はお酒はそれなりに飲むが、普段はコンビニやスーパーで買うことが多かったため、専門店で買うことはなかった。
俺は酒のジャンルとしては、チューハイからハイボール、日本酒まで好みの範囲が広めではあったので、専門店でなら普通の店よりも面白い商品が見つかると考えた。
そこで、その店に入ることにした。
店内に入ると、まずビールがお出迎えしてくれた。
そこに少し驚きながら通路に向かうと、見渡す限り、酒、酒、酒のオンパレード。
さすが専門店だと感じつつ、どのような商品が陳列されているかを見ていく。
コンビニにあるようなものもそうだが、ご当地の特産品や外国からの輸入物もある。
一通り物色して悩んだ末に、クラフトビール2種類とおつまみを数点ほど買うことに決めた。
買い物カゴにそれらを入れてレジへ向かい、レジで店員さんに会計してもらう。
「レジ袋はいりますか?」
「はい、お願いします。」
そんな当たり前なやり取りが行われる。
「合計、1056円になります。」
俺は1000円札と100円玉を財布から取り出す。
現金を置いた後に店員さんの顔をふと見てしまった。
明るい茶髪が肩までかかっている、そんな女性。
大学生のバイトか何かだろうかと感じた。
すると、向こうも俺の視線に気づき、こちらを見てくる。
じっくりとお互いが相手の顔を見る。
「……ッ!!」
突然店員さんが何かに気づいたかのように驚き、慌てて俺が出したお金を自動精算してくれるレジへと放り込む。
俺は一体何でそんな態度をとっているのか検討がつかなかったが、気にせずお釣りを待つことにした。
「あ、あのっ、44円のお釣りです……。」
店員さんはどもりながら俺に小銭を渡してくれる。
この数秒で何があったんだろうか。
俺はお礼を言い、レジ袋に買ったものを入れようと、すぐそばの商品を詰める場所へ移り、ささっと袋に入れて帰ろうとする。
「す、すみません。」
その時、後ろから誰かに呼び止められた。
俺は足を止め、振り返る。
そこにはさっきの店員さんがいた。
かけている店のエプロンを手で握りしめた状態で立っている。
「何ですか?」
俺は呼び止められる理由が分からなくて尋ねる。
何か悪いことでもしてしまったか。
店員さんはしばらくもじもじとするが、ついに言葉を発した。
「もしかして、四城、くん……ですか?」
「へ?」
まさか、俺の名前を呼ばれるとは想像がつかなかった。
思わず拍子抜けするが、返事をする。
「まあ、そうですが……。どちら様ですか?」
それを聞いた店員さんの顔が一気にぱあっと明るくなった。
「私、いや、うちだよ、水宮だよ。四城。」
えっ、水宮?
脳が混乱してくる。
一体どうしてこんなところに?
何で俺に話しかけてきたんだ?
「あ、えっと。」
どうしよう、数年ぶりの再開とは言え、何を話せば良いのか、何から聞けば良いのやら。
そんなことしか言えないほど、俺の頭はパニックになっていた。
「ごめん、うちは四城と色々話したいんだけど、今バイト中で手が話せないから、とりあえず今の連絡先だけ教えるね。また、バイト終わったらこっちから連絡するから。」
そう言って、水宮はスマホを取り出し、俺にLINEを見せてきた。
「さ、早く、QRコード読み取って。」
いきなりスマホの画面を見せながら迫られる。
俺は相変わらずの水宮の突発的な行動にされるがままに従い、QRコードをかざす。
そこには、高校の時と変わらず「からす」という名前の後ろに烏の絵が書かれたマークがついていた。
「じゃっ、また後で。」
水宮はレジに戻っていき、ちょうどやって来たお客さんの対応を始めた。
俺は今の状況を理解出来ずに、ただ呆然とアルバイトをしている彼女の姿を眺めていた。
♢
あれから家に帰り、夜ご飯を食べて、ビール片手にスマホをいじっていると、午後9時辺りに水宮からメッセージが来た。
「お疲れ~。いきなりなんだけどさ、今度どこかご飯でも行って話さない?」
俺はどう返答すれば良いか悩む。
姿を消して3年も経つというのに、ずっと友達だったかのように話し始める彼女に困惑しているからだ。
普通だったらいきなり縁を切った人と久しぶりだからって声をかけるだろうか。
少なくとも絶対に俺はできない。気まずいからだ。
それを難なくこなすというのは、元々明るいキャラだったためか、それとも能天気なだけか。
もしかして、俺をマルチか何かに誘うつもりなのでは、と不安がよぎる。
それならば、知り合い欲しさに俺に接してくるのも納得がいくか……?
「いやいやいや。」
俺は邪念を振り払うために、否定の声を出す。
もし水宮がマルチに入ってくれるカモを欲していたならば、俺の顔を見た時にあんなに取り乱したりはしない。
むしろ、LINEで言ってきたような快活さを持って俺と話をするだろう。
だから、そんなことはしないと思う。
それに、俺はあの時突如としていなくなった理由を知りたいし、爆発させた理由もずっとあの頃から知りたかった。
こうして、偶然にも再び巡り会ったのだから、ここで聞かないと頭の隅で引っかかった状態のままだ。
それは、俺は嫌だと感じた。
俺は水宮と会うことを決心した。
「バイトお疲れさん。いきなりすぎてびっくりしたけど、いいよ。いつがいいかな?」
俺が送信すると、数秒後に既読がついた。
それから、俺達は日程の段取りを決めていった。
♢
1週間後の夜、俺の最寄り駅と水宮の最寄り駅の中間にある駅で、その駅から少し離れたとこにあるファミレスの入口で、俺は水宮を待った。
まさか、居酒屋とか、ちょっとお高いレストランとかではなく、ファミレスとは。
21くらいの年齢になっても、18の時と変わりはしないのだなと感じる。
そんな昔と今とを比べながら待っていると。
「おーい。」
水宮が小走りでやって来る。
俺はそれに対して手を挙げる。
「いやあお待たせ。ごめんね、ちょっと遅れちゃって、バイトが長引いちゃったんだ。」
「いや、いいさ。大して待ってないし。」
「そっか、良かった。じゃあもう入っちゃおう。」
俺たちはファミレスに入り、店員さんの案内を受けてテーブルに座る。
「ところで、何でファミレスなんだ?」
俺はメニューを手に取って、中身を眺めながら尋ねる。
「え?だって、そっちの方がお互い話しやすいかなと思って。」
俺は顔をあげる。水宮もメニューを見ていた。
あの時の光景が急に蘇る。
そういえば、水宮と前にファミレスに行ったような気がする。
いや、違う。
ファミレスに一緒に行ったのは高那さんだ。
「高那さん、か。」
その名前にとても懐かしさを感じる。
彼女は今何をしているのだろう。
高3の思い出が連鎖的に呼び起こされる。
「ん、何か言った?」
昔のことを考えることに夢中になっていた俺が我にかえると、水宮がこちらを見ていた。
「ああ、いや、何でもない。」
「そう?分かった。」
水宮はまたメニューに視線を落とす。
俺も同じことをする。
「うちは、あやちゃんとあれから連絡とってないよ。」
突然の言葉に心臓が飛び跳ねる。
「聞こえてたのか、俺の呟き。」
「まあ、聞こえちゃったって感じ。気にしなくていいよ。」
いや、気にするのは俺の方だが。
そんなやり取りをしているうちに、お互いに頼むものが決まったので、店員さんを呼ぶ。
俺はハンバーグステーキ、水宮はチキンステーキとグラスワインを注文した。
料理が運ばれてくる前に、俺は決着をつけなければならないと思った。
全てを消化した後で食べた方が飯がより美味しくなると考えたからだ。
俺は水宮に対して真剣な顔で向き直る。
水宮も俺の顔を見て居住まいを正す。
ちょっと緊張しているようだ。
「単刀直入に聞く。何であんなことをした。」
彼女は酷く困った顔をする。しばらく右へ左へ目が動いていたが、やがて正面に目が戻った。
「……簡単に言うと、あやちゃんと四城を助けたかったから。」
俺を、いや、俺達を助けたかったから?
意味が分からないが、俺は何も言わずに待つ。
水宮はぽつりぽつりと言葉を紡いでいく。
「あの時、3回目の模試の前、かなり四城は追い詰められていたと思う。あやちゃんも。」
それは、そうだったと思う。
俺は水宮の言葉で救われたとは言え、2回目までより更に必死こいて勉強をしていた。
それは、常に傍にいた水宮には分かっていたことだろう。
また、高那さんも、かなり落ち込んでいたという話も聞いたことを思い出す。
あの頃は俺達の中では病んでた人が多かったな。
「だから、うちは本当に何とかしてあげたいと思った。でも、ただ勉強を教えるだけじゃあ難しいんじゃないかって思ったんだ。代わりにできることはないか昼も夜も考えてた。」
俺はそこで思い出す。
試験の前日に不可解な電話をしたことを。
今でも鮮明に覚えている、あの言葉。
俺は水宮の話を遮ってそれを言う。
「もし、試験を少し延期にできることになったら、嬉しい?」
水宮は目を丸くする。
「そうっ、それだよっ。うちが言ってたよね。覚えてたんだ。」
俺は頷く。
「ああ、それだけはやけに頭に残ってた。」
水宮は笑顔になる。
「そっかあ、覚えてたんだあ。えへへ。」
「ああ、覚えてた。」
そこから、水宮はちょっとの間照れていたが、やがてこほんと息を整え、続きを話し始めた。
「それで、あれこれ考えていたら急に閃いたんだ。四城の初めての勉強会の時の爆発させたらどうだっていう発言と、科学館での小学生の子たちがドライアイスでフィルムを飛ばしてた光景が、結びついたんだよ。そこから、うちはあんたとあやちゃんに電話をして、急いでドライアイスと飲み物を買いに行ったわけ。」
俺は再び水宮の話を止める。
「何で、ペットボトルなんだ?」
「それは、フィルムよりも体積が大きいから、良い具合に大きい音が鳴るかなって思ったんだ。それに、簡単に調達できるし。うちは、威嚇射撃のようなつもりだったんだよ。試験を延期するって電話では息巻いていたけど、ほんとに延期できるとは思わなかったし、少しでも試験を妨害できたらいいなってくらいの気持ちでやったんだ。」
「良い具合に、ねえ。それにしては、耳が割れそうなほどの轟音だったけどな。」
俺は目を閉じて試験当日のすさまじい音を思い出しながら言う。
「そうだよね。うちもペットボトルをいくつか設置したんだけど、最後の1個を置く間際にえげつない破裂音を聞いちゃって。そこで予想とは違う凄さに怖くなって、持ってたペットボトルを捨てて、大学の外まで走って逃げたんだ……。」
そこで、水宮は顔を下に向けて、申し訳なさそうにする。
「その後、いくつか爆発音がするのを聞きながら大学の校門を出て、すぐに電車に乗って家へ帰って行ったんだけど、家に着いてリビングを開けた途端、お母さんがテレビでうちがいた大学の様子が中継されているのを見ている現場を後ろから見てしまったの。そこで自分が大変なことをしでかしたことに更に怖くなって、部屋に引きこもってほとぼりが冷めるのを待ってたんだ。だから、学校にも行かなかった。」
水宮は体の震えを抑えるように手で押さえる。
「おい、大丈夫か。嫌なら話さなくてもいいんだぞ。」
俺は心配になり、話をやめさせようとする。
しかし、水宮は顔を左右に振った。
「ううん。最後まで話させて。もうこの話ができるの今しかないから。贖罪をさせて欲しい。」
そう言われると俺は何も言い返せない。
再び黙り水宮の話を聞くことにした。
「3日後かな。警察と田中先生がうちに来たんだ。そこで、私に容疑がかかっていることを知らされた。破裂したペットボトル付近にうちの学生証が落ちてたのと、私が試験前に走って校門まで向かっている姿を目撃した人がいて、そうなんじゃないかって。うち、怖くなって逃げた時に学生証を落としてたことにその瞬間に初めて知って。その時は誤魔化そうとしてたんだけど、そこからペットボトルの破片で怪我をした人がいるってことも聞かされて、ここで誤魔化しても良いレベルじゃないことに気がついて、白状したんだ。」
一旦、水宮は話をやめる。
一呼吸おいて、続けた。
「その次の日に、学校に両親と行って、今後どうするかをうちと、親と、校長先生と、田中先生で話した。とりあえず向こうは訴えるつもりがないことを校長先生から聞いて安心して、いや、しちゃいけないんだけど、うちは皆に友達に迷惑をかけたくないから学校辞めますって言ったんだ。」
俺は横槍を入れる。
「俺は、水宮に恩義があるし、他のふたりも良いやつらだし、水宮が俺達のためにやってくれたことだと知ってるから、迷惑には感じなかったと思う。だから、本音を言えば少なくとも俺は辞めて欲しくはなかった。」
水宮は少し嬉しそうな顔をする。
「ありがとう。実はうちもそう思ってた。でも、実際にうちは業務を妨害したし、人を傷つける犯罪をした。やっぱりそれは許されることではないと思う。だから、ケジメを自分でつける意味でも辞めたんだ。うちが辞めたところで、何かが変わる訳でもないんだけど、ね。」
俺はそれをきちんと受け止める。
「いや、水宮の行動は立派だと思う。俺だったらもうすぐ卒業だし、大学受験も近いしで人生狂わされたくないから、退学したくないって懇願してただろうからな。もちろん、世間的にはそれでも良くは思わない人も多いかもしれないけれど。」
「ありがとう。そう言ってくれると嬉しい。……それで、学校を辞めるって言って帰って来た後、家族で話し合いをして、ここに居続けたら近所の人たちにうちのことが悪く言われるかもしれないってことになって、引っ越すことを決めたんだ。決めた直後から、噂が広まる前に早くした方が良いってことで、すぐに引っ越し業者に電話をして、2日くらいで小さい荷物をダンボールとかに収納して、早々にこの街を出ていったんだ。」
だから、1週間後にはもうもぬけの殻だったのか。
「でも、水宮の家族が出ていっても行く宛てがないだろう?」
「そうだね。そこは母方のおばあちゃんの家に行くことになった。その家はうちがバイトをしている市内にあるんだ。」
なるほど。身内の家ならば急な連絡でも対応はできるか。
そこで、水宮は息をふうっと吐いた。
全てを語り終えたからか、清々しい表情に見える。
「うん、これがあの事件の顛末だよ。」
俺は笑顔でそれに応える。
「ありがとう。よく分かったよ。」
水宮が最後まで俺達のために動いてくれたことも、水宮は根っこから悪いやつではなかったこともだ。
あの時は、言い方は悪いが水宮がおかしくなってしまったのかと考えてしまったが、こいつは高3から今までずっと「水宮」だったのだ。
「失礼しまーす。」
その時、店員さんが料理を持ってくる。
俺達は店員さんに感謝をし、料理に手をつけた。
♢
食事中も俺達は様々な話をした。
水宮はあれから高卒認定試験を受験して合格したが、大学には行かず、今はあそこのリカーショップでアルバイトをしていること。
水宮がいなくなってから、俺達がどのような日々を過ごして高校を卒業したかということ。
俺の大学生活や、俺が知る限りの三堂や高那さんの近況も話した。
俺達が無事国公立大学に進学できたことを知った水宮は、
「良かったあ。」
と、目に涙を浮かべてとても喜んでくれた。
俺はそれを見て水宮のお陰で行けたことを何度も伝え、感謝した。
そんな楽しい時間も終わりに近づき、俺達はファミレスを後にした。
俺達はゆっくり歩きながら駅へ向かう。
終電まではあと1時間ほどだ、まだ間に合う。
今日会う前は久しぶりに水宮と会うということで、非常に緊張していたが、いざ会ってみると、昔と変わらず楽しく会話できたので安心した。
また、水宮の考えていたこと、あの事件の真実も知ることができ、心の中の詰まりが解消され大変良い気分である。
水宮も自分のやった罪を告白できたことや、俺達が順調に大学生をやれていることを知ったお陰か、はたまた、ワインを飲んだお陰か、終盤は当時の高那さん並に常にニコニコしている状態だった。
お互いにテンションが高いからか、帰りの会話も、将来どうしたいとか、今度また遊ぼうよとか、ポジティブなものばかりだった。
そうして、俺達は駅に着いた。
俺達は帰る場所が反対方向なため、改札をくぐり中で別れの挨拶をした。
「じゃあ、水宮、また遊ぼうな。俺夏休みだし、連絡貰えばいつでも遊べるから。」
「うんっ、遊ぼう!明後日シフトが渡されるから、それ貰ったら連絡するね。」
「分かった、じゃあ、またな。」
「うん、バイバイ。」
俺達は背中を向けて歩き出す。
俺は今日とても気分が良い。
「ごめん」は言わなかったかもしれないけれど、「ありがとう」は言えたし、「さようなら」も今回はきちんと言えた。
そして、水宮もまた仲良くなれた。
もう十分すぎるほどだ。
最後の最後で失った青春を取り戻すことが出来た。
俺が満身創痍で階段を登ろうとすると。
「四城ー!」
水宮の大きい声が飛んできた。
俺は立ち止まり、水宮が向かった方へ体を向ける。
この駅構内は夜も遅いせいか、俺達以外の姿は見えない。
ここにいるのは、水宮と俺だけ。
「何だー?」
俺も声を張る。
普段は叫ばないから、自分の声が相手に届いているか不安だ。
「あのさー。」
どうやら届いているらしい。
「うちは、正しいことをできてたかなー?」
俺はつい、ふっと笑ってしまう。
何で最後にその話題が出るんだよ。
いきなりそんな話が出てくるのはおかしいだろう。
しかし、水宮が正しいことをしてたかどうかか。
難しい問題だ。
世間的には悪いことをしでかしたのは間違いない。
すぐには答えられない問題だと思っていたが――。
「おう!水宮は正しいことをしてたぞ!」
先程より声を張る。
これは自信を持って答えなければならない。
水宮はそれに対して、笑顔で叫ぶ。
「分かった!ありがとーー!それだけ!おやすみー!」
一方的に感謝を述べて、階段の方に姿を消して行った。
それを見て、俺も階段を昇り始める。
そうだ。俺の答えは間違っていない。
一般的には犯罪をした悪者でも、俺達にとっては水宮は「正義」だったのだ。
俺達のために自分のことを顧みず、試験をぶっ壊してくれた彼女は、俺の中で永遠にヒーローだ。
俺は、そんな彼女が今後困難に陥った時は、助けてやらねばならない。
それを打破する手段が例え悪いことだとしても、俺はやるだろう。
俺は、俺の「正義」に則って、それを実行するのだ。
俺は、インスタを開き、三堂と高那さんのDMを開いた。
今度、4人で遊ばないかというメッセージを送るために。
俺の「正義」の一歩が、始まった。
おわり
ここまで読んで頂き誠にありがとうございます。
初めて書いた小説なので、小説として至らぬ点もままあったかと思いますが、それでも最後まで読んで頂き大変嬉しいです。
本当はもう少し内容を盛り込むこともありかと考えましたが、あまりに長くなると張った伏線の効果が薄れてしまうことや、物語が冗長過ぎて本題から逸れてしまうことを恐れたため、短編としてコンパクトにまとめました。
読んだ感想や、何分初めてですのでこうしたらもっとよくなるなどのアドバイスを頂ければ嬉しいですし、助かります。
次作は気長に話のネタを思いついたら作っていこうと思います。
改めて、拙作を読んでくださりありがとうございました。