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黄昏時の歌姫  作者: 凪司工房
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 彼女と出会ってから作った曲が、彼女の為の曲に変わってから、私の日々は何とも忙しいものに変化した。

 コンビニのアルバイトを終えるとさっさと帰宅してパソコンに向かう。食べるのはおにぎりやサンドイッチ、そういった“ながら食料”で、それも満腹になると作業効率が落ちるからと少なめに食べる。代わりに糖分補給と称して甘いもの、特にチョコレートを大量に消費した。コーヒーも缶やペットボトルでは間に合わないので、インスタントの粉を買ってきて、無くなる度に粉を溶かした。

 お陰で胃腸はボロボロで、夕方に教会に足を運べない日も増えてしまった。

 彼女の曲の為に彼女に会えない。

 そんな状況になっても、渾身の一曲を完成させる為に必死だった。辛いとか苦しいとか、体調が悪いとか。そういうのを全部ひっくるめて楽しかった。充実していた。


 歌詞も含めた曲が完成したのは十一月も終わりの頃だった。

 その日、二週間ぶりに教会を訪れた私は、そのドアの前に貼られた『取り壊し命令』の告知状と、立入禁止のテープが貼られているのを目撃した。


 ――もう彼女と会えない。


 大好きな場所が壊されるよりも真っ先に頭に浮かんだのがそれだ。連絡先も聞いていないし、そもそも下の名前しか知らない。彼女は私のフルネームを知っていたが、だからといって連絡先が見つかるものでもないだろう。それに私は本名を晒してネット上で活動している訳ではない。

 彼女との唯一といっていい接点が断たれてしまい、私は宙ぶらりんになった気持ちと新曲を抱え、しばらくそこでぼんやりと時間を潰したけれど、やはり彼女は現れてくれず、よく分からない、それこそ失恋をした時と同じような喪失感に全身が襲われ、翌日は三十八度の熱を出して寝込んでしまった。


 学生時代から、いや、もっと以前だ。保育園の頃、好きになった女性がいた。女の子、ではなく、女性だ。彼女は園児の母親ではなく、姉で、おしとやかな品のある笑顔を湛えている、女神のような人だった。毎日ではなく、それこそ週に一度、あるいは月に数度、年の離れた小さな妹を迎えに来る彼女を、私は楽しみにしていた。彼女は私を見るといつも話しかけてくれ、私がしどろもどろになり、顔を真っ赤にして先生の後ろに隠れてしまうのを、楽しんでいた。けれどその彼女がある日「遠くにいってしまうことになったから、もう遊んであげられないの。ごめんなさい」と告白してきた。後で先生から聞いて知ったのだけれど、彼女は結婚したそうだ。


 それが私の失恋の原初体験だ。

 彼女に会えない、ということが本当の意味で実感できたのはその告白を受けてから一月ほど経ってからだった。ブランコを一人で漕いでいる時に突然、彼女の顔と声が過ぎった。それをきっかけに訳も分からず私は泣き出して、周りにいた同じくらいの年の子たちもそれに釣られて泣き出して、公園は大騒動になってしまったことがある。

 私は思うのだ。ひょっとすると曲を作ろうとした元々の動機は、あの失恋の悲しさをどうしようもなかった私に、何か言ってあげたかったのかも知れない。

 十二月に入り、私は教会の取り壊しが始まったことを知った。


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