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前話の区切りを間違えました。棒線の上のところは2話に入れる予定だったので、そのうち調整します。





「タリアっ! ──あぁ、いた!よかった! ちょっと戻ってきて!」


 開け放たれた入口から姿を現したのは、マデリーンだった。


「えっ? マデリーン? ど、どうしたの?」

「どうしたもこうしたもないのよっ! 何か面倒臭いことになってるから、とにかく戻ってきてっ!」

「え……でも、あの……」


『また後でね、タリア』


 不意にさっきの男の声が耳に届いた気がして、タリアはキョロキョロと部屋の中を見渡した。しかし、さっきの男の姿は既に消えていた。


(幻?──って、そんな訳ないよね。)


 おかしな提案を断りそびれてしまった。あの様子だとまた次会った時に絡まれそうだ。一瞬でも答えを迷ってしまったのが命取りだったか。


「ねぇ、タリア。知り合いにジュリアって女いる?」

「えっ……あ、ジュリアって? ジュリア……ジュリア──うーん、記憶にはないけど……」

「やっぱり!あの女の嘘だったのね!話なんて聞かずに追い返せばよかったわ!」

「待って、マデリーン。全く話が見えないんだけど」

「あなたの知り合いって女が受付で騒いでるのよ」

「知り合い……?」

「ほら、あの女よ!」


 マデリーンは廊下の先を指し示すように、くいっと顎を持ち上げた。

 その先に見えるのは役場の受付だった。

 なるほど、明らかに場違いな人間がそこに立っているのが見える。


「どうしてもあなたに話したいことがあるから取り次げってうるさいのよ。でも知り合いじゃないなら断ってくるわ。タリアはここで待っ……」

「待って、マデリーン!」


 タリアを廊下に残してその女の元へ行こうとしたマデリーンを引き止める。


「その、私が覚えてないだけで本当に知り合いかもしれないし、実はその人の勘違いかもしれない。会って直接話してみるわ」

「……わかったわ。ああいう客は何するか分からないから、何かされそうになったら助けを呼びなさいよ?」

「うん。ありがとう、マデリーン」


 お礼を言うと友人はニコッと笑った。


「朝は言いそびれちゃったけど、仕事が終わったらご飯食べに行きましょ。今日は私の奢りよ」

「うん……」


 今日は朝から上の空だった自覚はあった。マデリーンはきっとそんなタリアの心配をしてくれていたのだろう、朝からずっと──。そう思い当たると、胸が少しポカポカした。





「だから、タリアっていう女を出しなさいって言ってるでしょ?!」

「お客様、職員に個人的な用事でしたら、言伝しておきますので終業後に……」


 きゃいきゃいと喚き立てる女性に対応しているのはスチュアートだった。彼は側に寄ってきたタリアを見つけると、何で来たんだ?という表情かおをした。


 ──私も来たくて来た訳じゃないんだけど!


 パッと見だけでも、女性の姿はこの場で異質さを放っているのがわかった。一目でそれとわかる上等な服を着ている。恐らくだが、この女性は貴族なのだろう。

 ますますタリアは首を傾げたくなった。貴族に知り合いなどいないはずだ。

 とりあえずこの客は引き取るから、とアイコンタクトをとるとスチュアートは渋々な様子で女性の前をタリアに譲る。


「お客様」


 声をかけると、女性は怪訝そうにタリアを見遣った。


「私がタリアですが、何かご用でしょうか?」


 女性は一瞬目を見張ったが、次の瞬間嬉しそうに顔を輝かせた。


「あなたが! リュシーに聞いていた通りの方なのね!」


 ああ、とタリアは思わず頭を抱えたくなった。


 ──そっちの知り合いか。


 そして、やはりマデリーンに面会を断って貰えばよかったと後悔したのだった。




──────────





「だーかーらぁ、待っててって言ったのになぁ……」


 ぷうっと頬を膨らませながら、マデリーンが不服そうに呟く。


「本当にごめんね」


 友人のその怒りは自分のためのものだ──その事を少し嬉しいと思ってしまう自分がいた。

 頬を膨らませるのは子供じみたしぐさだが、童顔系のマデリーンがやると何とも微笑ましい。


「断っちゃいなさいよ!」


 タリアが手元で弄んでいた封筒をビシッと指さしてマデリーンは言った。


「うーん、でもお貴族様の招待って断っても大丈夫なのかしら?」

「う……確かに……断ると面倒くさそうだったわね、あの女。完全にマウント取りに来てたもんねぇ。お貴族様だかなんだか知らないけど、あのあざとい感じは腹立つ!」

「まぁねぇ……」


 タリアは、テーブルに運ばれてきた魚の香草焼きをつつきながら相槌を打つ。


「あんたの元カレも元カレよね! あんなマウント女にコロッといっちゃうなんてバッカじゃないの?! ……あ、ごめん、つい……」

「いいのよ。私もそう思って別れたんだもの」


 タリアは仕事後に有無を言わさずこの食堂に引っ張ってこられた。そして、心配するマデリーンによって、先日の一件を洗いざらい吐かされたのだった。


 本音を言うと、まだ他人に相談して笑い話にできるほど自分の気持ちを整理できたわけではなかった。


 でも、マデリーンがこうやって怒ってくれると、タリアはみっともなく泣かずに済む。それに、あんなことがあった今日は尚更、一人になりたくなかった。


「ねぇタリア、その招待断らないにしても、本当にアイツと行くつもり?」

「ああ……」


 そうだった、そっちの問題も解決していない。

 タリアはマデリーンの指摘で、更に気分が落ちていくのを感じた。





 ジュリアと名乗った貴族風の女性は、タリアを無遠慮にじろじろと眺めながら、一通の封筒を取り出した。


「お会いできてよかったわ! あなたリュシーと幼なじみなんですってね。今度うちでパーティーをやるんだけど、ぜひ来て欲しいのよ! あなたも呼んでいいって言ったのに、リュシーったら遠慮するんですもの。だから、わざわざ私が招待状届けに来てあげたのよ。是非パートナーの方同伴でお越しくださいね」


 あちこちからの物問いたげな視線がタリアに突き刺さる。


 ──やっちゃった。


 久しぶりの地雷案件だ。

 この女性は間違いなくリュシーといたあの女だろう。


 それにしてもおかしな話だと、タリアは思った。

 リュシーは間違いなくクズ男だが、彼がタリアのことを彼女に話したとは思えない。

 浮気現場を目撃されたにも関わらず、リュシーは別れ話にうだうだと文句をつけていた。何とかタリアともよろしくやっていこうという、あれは明らかにそういった魂胆だった。

 そうやって関係を断ち切るつもりがない女のことを、仮にも将来の結婚相手に話すだろうか? 浮気と疑われてもおかしくない。それとも目の前の女性は愛人は容認する方向なのだろうか?


(そんな訳ないわね)


 もしそれならば、きっと彼女ジュリアはこの場には来なかっただろう。

 彼女がわざわざこんな平民だらけの場所に足を運んだのは、自分が貴族でありタリアとは違う世界の人間だと見せつけるため。

 そして、リュシーは自分のものだとアピールするため。

 もしかしたら職場でタリアに恥をかかせるという目的もあるかもしれないが──まぁ、その目的においては大成功だろう。さっきから突き刺さる視線が痛い。居た堪れない。


 こうなったら封筒を受け取ってさっさと帰ってもらおう。それから課長にお願いして、明日は有休をとってしまおう。

 そう決断し、封筒を受け取ろうと一歩前に踏み出したタリアの上に、ふと影が差した。


「……?」

「そのパーティーって僕でも参加できるかな?」

「あ、あなた……」


 ──さっき資料室で会った怪しい男!


 咄嗟にその言葉は飲み込んだが、男は物言いたげなタリアの視線に気づいてニッと笑った。


「あなた、誰?」


 訝しげなジュリアの手からすっと封筒を抜き取った男は、それをタリアに手渡した。


「僕の名前はルドラン・ウィゴー。彼女の恋人さ」


 ルドランはタリアにもよく聞こえるように、ゆっくりと名乗った。

 これはつまりそういうことだ。

 話を合わせろと言っているのだ。


「え……」


 恋人を奪ってやったはずの女に、即日新しい男ができているとはさすがに思わなかったのだろう。ジュリアは予想外の出来事に固まっていた。

 しかし、それも数秒のことで、彼女はルドランの全身をジロジロと眺めてから鼻で笑いながら言った。


「まぁ……タリアさんにとてもお似合いの方ですのね。ええ、もちろんよくってよ。リュシーの幼なじみの方の恋人ですものね。大歓迎ですわ、是非参加なさって!」

「さぞ立派なパーティーなんでしょうね。ご馳走が楽しみだなぁ。ねぇ、タリアさん?」


 ルドランの口角がくいっと上がって、タリアはドキッとした。


「そ、そうね……」


 もう、そう答えるしかなかった。





 あの後、何食わぬ顔をして仕事に戻ったが、まさに針のむしろ状態だった。思い出すと憂鬱になる。

 そういえばスチュアートも話しかけてこようとしていた。地雷客に対応してくれた彼には理由わけを話す義務があるかもしれないと思ったが、マデリーンが容赦なく追い払っていた。


自棄やけになっちゃダメよ、タリア! あんなボサにタリアは勿体ないわ!」

「ボサ男って──」


 確かに髪は伸ばし放題でボサボサだったし、無精髭も生えていた気がする。シャツはヨレヨレで、制服のベストにはケチャップらしき染みがついていたような──タリアは思い出してクスッと笑った。


「あのマウント女は元カレとの仲を見せつけることが狙いなのよ?

 それなのにあんなだっさい男連れてったらますますあっちの思うつぼじゃないのよ?!

 そんなことになるくらいなら、私の兄を紹介するから連れていきなさい! 性格はちょっとアレだけど、顔は割とまともなんだから!

 ああっ、でも、タリアは綺麗だから兄さんに目をつけられたらいけないわ。お飾り彼氏とかにはちょうどいいんだけど、あんなクソ兄貴と結婚とか無理──でも、クソ兄がタリアが結婚したら、タリアと姉妹になれるわねぇ……。いやいやいや、やっぱりないわ!

 じゃあ、ちょっと遠いところに住んでるんだけど従弟とかどう? すぐに呼べば来週のパーティーには間に合うように来られるかもしれないし!」


「どうって言われても……」


 タリアは苦笑した。マデリーンの妄想癖は今に始まったことではないが、今夜は特に酷い気がする。


「悪いことは言わないから、アイツだけは絶対に止めなさいよ? タリアはあの男がなんて呼ばれてるか知ってる?」


 ぷりぷりしながら骨付き肉を豪快にかじるマデリーンは、そんなタリアに気づかない。


「庶務課の穀潰し、給料泥棒、サボリキング、昼行灯、妖怪顔なし!」

「ぷっ……」


 随分と沢山のあだ名があるものだ。それにしても、同じ役場で働いてるのに今まで顔を合わせたことがないのが不思議だった。


「ああ、それはアイツが就業時間のほとんどを自分の席で寝て過ごしてるからだと思うわ。あんな勤務態度で、何でクビになんないのかしら、ねぇ?」


 マデリーンは首を捻っていた。

 確かに、その話が本当ならば見覚えがないのも頷ける。


「ホントに……何であんな男と付き合うことにしちゃったのよぅ……タリア~」


 付き合ってる訳ではない。まだ完全に同意はしていない。全くの他人から職場の顔見知りくらいに昇格はしたが、恋人とは程遠い。

 そうマデリーンに伝えようとしたタリアは、彼女の様子がおかしいことに気づいた。


「マデリーン、あなたお酒でも飲んだ? 顔が赤いわ」

「お酒なんて飲んれないわよぅ。私飲めないんらかや……ジュース、ジュースらかやこれぇ~」

「あっ、それ私のお酒だわ。大変! ちょっと、お水飲める? ほら、マデリーンしっかりして!」


 飲みたい気分だったタリアは、少しキツめのカクテルを頼んでいた。マデリーンは、それを間違えて飲んでしまったようだ。

 自分はお酒に強い方で一杯飲んだくらいでは酔っ払いやしないが、彼女は違ったらしい。

 タリアは慌てて水を飲ませようとしたが、時遅し。彼女は幸せそうな顔をしながら、テーブルに突っ伏してしまった。


「マデリーン、起きてぇ……」


 今日はとことん厄日なのだろう。今すぐ帰って寝てしまいたい気分だったが、さすがにマデリーンをこのままにはしておけない。


「どうしよう」


 起こしてみて起きればいいが、ちょっと揺すったくらいではうんともすんとも言わなかった。目を覚ますのがいつになるかもわからない。

 少なくとも店は出た方がいいだろうが、マデリーンの家や彼女の友人の連絡先などを、タリアが知ってる訳もなく。


 そうなると、自分の部屋へ運ぶしかない。


 しかし困ったことに、ここから宿舎までは少し距離がある。

 タリアは筋骨隆々の騎士でもなんでもない。しがない役場の職員だ。一方のマデリーンは小柄とはいえ、一般的な成人女性である。運ぶのはちょっとどころではなく無理がある。


「あぁ、もう、マデリーン起きてよー!」

「んんーもうお腹いっぱいらかや……デザート……デザートちょうらい……むにゃむにゃ」


 酔っ払う前にあれだけ食べていたのに、まだ食べ物の夢を見るのか。しかもデザートを要求している。

 起きる気配は全くない。


「はぁ……何とかするしかないわよね」


 いよいよ覚悟を決めて呟いたその時──。


「手伝おうか?」


「ひ……っ!?」


 突然背後から声をかけられてタリアは、肩をビクッと揺らした。


「あっ……」


 果たしてそこに立っていたのはルドランだった。


「偶然ですね」

「そ、そう……偶然ね」

「何か困り事だったみたいだから、声をかけたんだけど……迷惑だったかな?」

「い、いえ……そんなことないわ」


 何故ここに──そう思ったが、その言葉は飲み込んだ。もし、彼にマデリーンを運んで貰えたら助かるだろう。一瞬、そんな思いが頭を過ったからだ。


 職場で何故か恋人宣言されてしまったが、実際のところは今日会ったばかりのほぼ知らない人だ。友人の身を預けて大丈夫だろうか? とはいえ、自分の部屋に運ぶのだから当然タリアも付き添う。タリアが側で見張っていれば、酔った友人にも悪いことなんてできないだろう。


 ──よし、運んでもらおう。


 数十秒の熟考ののち、タリアは決心した。

 立っているものは親でも使えと言う言葉もある。

 きっと彼がここにいたのは神の采配だ、偶然だ、そうに違いない──そう考えなければ、怖い。


「お言葉に甘えるようですみません。できれば彼女を私の部屋まで運んで頂けないでしょうか?」

「お安い御用だよ。公務員の宿舎に住んでるよな?」

「えっ? ……あ、はい。では、私は会計を済ましてくるので、少しの間彼女を見ていてくれますか?」

「あぁ、ご心配なく。君達の会計なら僕が済ませておいたから。僕が彼女を背負うから、タリアさんは鞄を持ってきてくれるかな?」


「え゛……」


 びっくりし過ぎて変な声が出た。

 しかし、彼はタリアにそれ以上考える時間を与えず、驚くほど手際よくマデリーンを背負い、その鞄をタリアに手渡した。


「さぁ、行こうか」

「は、はい!」


 だから、さっさと店から去ろうとする彼の背中に向かって彼女の頭に浮かんだのは(あんな前髪でよく前が見えるわね)という、何とも間抜けな疑問だった。





ジュリアちゃんは悪役令嬢じゃなくて普通の男爵令嬢。

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