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わたしの殺し屋  作者: 大里 トモキ
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「あ、そうですか。じゃあ、やめます」

 という殺し屋の声が聞こえた。

「……え?」

 わたしがゆっくりと目を開けると、殺し屋は持っていた銃を懐にしまっているところだった。

「ど……どうして……?」

 わたしはかすれた声で訊く。どうして、ここまで追い詰めたわたしを殺さないの?

「どうしてって、それはあなたが『死にたくない』と言ったからですよ。依頼人が依頼を取り下げた以上、それに従うのは当然じゃないですか。わたしは殺し屋です。むやみに殺しをする殺人鬼とは違うのですよ」

 なにそれ? つまり、わたしが最初から「やっぱり殺されるのはやめた」って言ったら、こんな追いかけっこなんかしなくてもよかったってこと?

「は……あはは……」

 緊張の糸がぷっつりときれ、わたしはその場にへたり込んでしまった。しばし呆然としたまま、ひんやりとした地面の感触をお尻に感じていた。

「でも、どうしてです?」殺し屋は訊いた。「どうして、あなたは殺されたくないと思ったのですか? ご依頼されたときは今すぐにでも殺してほしそうな様子でしたのに」

 わたしは殺し屋を見上げた。さっきまでの冷酷さの様子は微塵もなく、穏やかな笑みを浮かべている。

 その笑顔にほっとしたわたしは、ぽつぽつと語り出した。

「わたしはね、十七年ほど人間やってきたけど、その間あまり生きててよかったと思えたことなんてなかったように思うんだよね。といっても、とりたてて不幸な人生だったわけではまったくないんだけどさ。ただ、毎日が変わらないことの繰り返しのように感じられて、それがつまらなくて、いつも退屈していたんだ。そんな人生に、わたしは絶望していたんだと思う。

 世の中には日々の食べ物にも不自由していたり、戦渦に巻き込まれたりといった不幸な人はいくらでもいて、そんな人たちに比べたら、わたしの絶望なんて安いものにすぎないんだろうね。そんなことは当のわたしが一番よくわかっているよ。……でもね、安かろうがなんだろうが、絶望には違いないんだよ。

 ねえ、わたしって生きているのかな?

 そりゃあ、生物学的には生きているんでしょうよ、心臓が動いているからね。……でも、なんていうか、自分が生きているという実感がまるで湧かないんだ。

 こんな生きているんだか死んでいるんだかわからない人生に意味なんてあるの? 生きているだかわからないんなら、いっそのこと死んでしまっても別にかまわないんじゃないか――そんなふうに思っていたんだ。

 そんな時、あなたがわたしの前に現れた。誰でも殺してくれるって言った。だから、わたしは頼んだんだ。『わたしを殺してほしい』って……」

「ですが、あなたはその依頼を撤回なされた。それはどうしてです?」

 わたしのとりとめのない告白を黙って聞いていた殺し屋が今一度問いかける。

「それは――」

 なぜわたしは殺し屋を見た瞬間、とっさに逃げ出してしまったのだろう。殺しを依頼した時にはなかった死を恐れるわけができたのだろうか。頭の中をひっくり返してみたものの、特別それらしい理由は見当たらなかった。

 あるとすれば――

「最近ね、なんだかうまくいっている感じがするんだ。親との仲とか、学校での交友関係とかさ。どうせ命が長くないんだからということで、悔いの残らないよう積極的に行動してみたことがどうも功を奏したみたいなんだよね。そうやって日々を過ごしていたら、なんとなく死ぬのが惜しくなっちゃったのかもしれない」

 自分のあまりの単純さにわたしは笑ってしまう。

「宝くじで三億円当たったとか、芸能界にスカウトされたとか、どっかの大富豪に見初められたとかいうのならまだしも、そんな些細な理由でもっと生きていたいと思えちゃうなんてさ。ホント、バカみたいだよ」

 殺し屋さん、あなたもおかしかったら笑ってもいいよ。

 しかし、殺し屋は笑わなかった。だから、わたしも笑うのをやめて話を続ける。

「でもね、そんな些細なことであっても、わたしにとっては希望なっているんだ。こんな日々が続くのなら、人生もまんざら悪いものじゃないかなって気がするんだ。これから先も生きてみてもいいかなって思えたりするんだ。――それっておかしいかな?」

 わたしの問いに殺し屋は首を振り、

「そんなことないですよ。よかったじゃないですか」

 殺し屋は微笑んだ。わたしも笑顔で返す。

 ……でも、その笑みはすぐに萎んでしまう。

 生きることに希望を見いだせたのはいいことだ。人に言われなくてもそれはわかっている。わたしは今まさに、生のありがたみを実感しているところなのだから。

 だけど――

「そんな日々がいつまでも続くとはとても思えない。どうせすぐに親なんてウザいと思うようになるだろうし、田丸や中沢のことだってやがて鬱陶しく感じるに決まっているんだ。些細な幸せなんてものは、やはり些細な嫌なことであっさりと壊れてしまうものなんだよ、きっと。そうなったら、再び人生に絶望してしまうかもしれない。また死んだ方がましだと思うようになるかもしれない」

 ……そうなったとき、わたしはいったいどうしたらいいんだろう?

「ご安心ください。そのときは私が殺して差し上げますよ」殺し屋は優しい笑顔で言った。「あなたとの契約は一時停止になったものの、破棄されたわけではないのですから」

 恐ろしいことを言われたはずなのに、なぜだかわたしは救われたと感じた。

「麻美ちゃーん! どこー?!」

「麻美さん! 無事なら返事をしてください!」

 わたしを呼ぶ声が聞こえた。やがて路地の向こうから田丸と中沢がやって来るのが見えた。

 マル、ケイ……。二人ともわたしを探しに来てくれたんだ……。

 わたしはすぐさま立ち上がり、

「わたしはここよー!」

 二人に存在を知らせるべく大きく手を振ってみせた。

 わたしの存在に気付き、二人は足を速める。

 それを確認したわたしは、ふと横を向いた。

「……え?」

 そこに殺し屋はいなかった。あたりを見回してみたものの、あるのはひんやりとした路地裏の静寂だけ。目立たない効果を狙っているようでいて、その実、周囲から浮きまくっていた黒ずくめの男は、まるで最初から存在していなかったかのようにこの場から消え去っていた。

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