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わたしの殺し屋  作者: 大里 トモキ
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「私は今、仕事を依頼してくれる相手を探していたところなんです。その仕事とは、もちろん人殺しです。私は殺し屋ですからね。しかし、仕事の内容が内容だけになかなか依頼人にありつくことができず、ほとほと困り果てていました。そのときです、一人ぽつんとベンチに腰掛けているあなたの姿を見かけたのは。『この人だ!』そう私は直感しました。『この人なら私に殺しの依頼をしてくれるに違いない!』と。そこで、ぶしつけながらこうしてあなたに声をおかけした次第なわけです、はい」

 セールスマンのように熱心に売り込みをかけてくる男の話を、わたしは黙って聞いていた。といっても、巧みなセールストークに引き込まれていたわけではもちろんなく、呆れて言葉を失っていたにすぎないのだけど。

 わたしは混乱した頭でこのバカげた状況を理解しようと試みる。

 目の前にいるのはモデル体型のイケメン。そこはいい。おおいによろしい。問題はさっきは気にもかけなかった服装だ。地球温暖化の影響なのかは知らないけど、十月を前にしてもまだ暑い日が続いているというのに、男は重苦しいトレンチコートの襟を高々と立てて着込み、さらにレトロなソフト帽までかぶっている。しかも、どちらも黒一色だ。その異様な姿はまるで、子ども向け推理マンガに出てくる冷酷非道な殺し屋を思わせた。さっきこいつのことを〝雑然としたこの公園にはそぐわない非現実的な雰囲気〟があると感じたのは、なんてことはない、この場違いな格好のせいだったわけだ。

 思うに、こいつはいわゆる〝かわいそうな人〟なのだろう。二浪の末なんとか入った三流大学を数回の留年を経て卒業したはいいものの、不景気のせいでなかなか職にありつくことができず、やっとのことで入社したブラック企業も社長が金を持って夜逃げしあっさり倒産、その上住んでいたアパートが火事で全焼して全財産を失った挙げ句、恋人からも一方的に別れを告げられてしまった。そんな度重なる心痛のせいで頭がどうにかなってしまい、錯乱の果てに自分は殺し屋であると思い込むに至ったのだ。いうなれば彼は、人間らしい心をすり減らさずしては生きていけない、現代社会という過酷な生存システムが産み落とした哀れな犠牲者なのだろう。

 あぁ、なんてかわいそうなのかしら。せっかくいい男だっていうのに、もったいないわ……。

 ――なんて想像を逞しくして勝手に同情してはみたものの、あいにくわたしは〝かわいそうな人間〟の妄想にいちいち付き合ってやるほど物好きではない。この手の〝あっちの世界〟にいっちゃってるアブナイ輩はまともに相手をしないにかぎる。

「――というわけで、いかがでしょう? わたしに殺しの依頼をしてはみませんか」

 期待に満ちた声で訊いてくる殺し屋(そう言い張るのだから、そういうことにしておいてやろう)に対し、わたしはしつこいナンパ男をあしらうようにぱっぱと手を払って答えた。

「けっこうです。わたしはスイス銀行に振り込めるほどのお金は持ち合わせておりませんので」

「料金のことでしたらご心配なく」わたしの冷淡な応対などものともせず、にこやかに殺し屋は言った。「ただ今、特別キャンペーンといたしまして、新規のお客様にはもれなく一人無料で殺して差し上げておりますので」

「特別キャンペーンって……」

 競合他社の乱立によって殺し屋業界でも激しいシェア争いが起こり、顧客の獲得に必死なのだろうか? 妄想のくせして、嫌なところだけ現実的だなぁ。

 別に殺し屋のヨタ話を真に受けたわけではないけど、もしタダで人を殺してくれると言われたら、わたしはいったい誰を殺ってほしいと願うだろう?

 思い浮かぶのは、子どもたちの輝かしい未来を妬み、包丁を手に小学校に押し入ったうらぶれた中年男や、取り調べで「人を殺すことに興味があったので、少年法に守られているうちにやってみた」とふざけた供述をしているという、わたしと同年代の少年、神の名のもとに無辜の人々(彼らにとっては「物質文明という毒によって汚された哀れな亡者ども」ということになるようだけど)に無差別テロを行った新興宗教の教祖といった、テレビや新聞を賑わせた面々だ。ほかにもネットで探せば許されざるべき悪党などいくらでも見つけることができるだろう。その中から殺すべき相手を適当にチョイスすれば、少しは世のため人のためになるのではなかろうか。

 とはいえ、自ら率先して社会の悪を正そうという意欲はいまいち湧かなかった。わたしだってろくでもないニュースを見聞きすれば人並みに憤りはするし、被害者の心中を察すると胸が痛まずにはいられない。でも、それだけだ。しょせんわたしは、安全な場所から興味本位で惨劇を眺めているだけの野次馬にすぎないのだから。そんな人間が、自分とは直接関わりのない事柄に人の命を奪うほどの情熱を持って臨めようはずもないのだ。それに第三者の義憤なんてものはしょせん、世間が公認する的に石を投げつけることによって日ごろ溜まった鬱憤を発散しているにすぎないのだろうし。

 自分自身の問題として考えられるよう、もう少し身近なところからターゲットを見繕ってみよう。

 口うるさい母親。いけ好かないクラスメイト。わたしのことを目の敵にしているとしか思えない数学教師。今朝、電車でわたしに痴漢行為を働いたスケベオヤジ。以前、芸能界関係の人間だと偽ってわたしをものにしようとしたナンパ男――。

 ざっと頭を巡らしただけでも、腹が立つ人間の顔などいくらでも思い浮かべることができた。もしかするとこの殺し屋は、わたしのそんな殺伐とした人間性を見込んで殺しの話を持ちかけたのかもしれない。

 もっとも、そいつらを殺したいほど憎んでいるかといえば、決してそういうわけではなかった。これは別に、わたしがどんな悪辣な相手でも許すことのできる寛容な精神や、「いかなる理由があれど、人が人の命を奪うなど決して許されないのだ」という高邁な道義心の持ち主だからではない。わたしが殺意を持ち得ないのは、単に他人に対してそのような重苦しい感情を抱くだなんて煩わしいと思っているにすぎないのだ。

 ……そう、他人に対しては。

 わたしに殺してほしいと願う相手がいるとすれば、それはこの世でたった一人だけだ。

「ねえ」わたしは殺し屋に訊いた。「殺してもらう相手って、誰でもかまわないの?」

「もちろんです。ならずもの国家の頭目から、三丁目の鈴木さんにいたるまで、ご依頼を受けたからには誠心誠意を込めて殺してご覧にいれますよ」

 そう殺し屋は明言した。「三丁目の鈴木さんって誰よ?」というツッコミはさておいて、その答えにわたしは満足した。そこまで言うのであれば殺しを依頼してやろうじゃないの。

「それじゃあ、どうしても殺してほしい人間がいるんだけど、頼んでもいいかな?」

「はい、喜んで。いったい誰を殺せばよろしいのですか?」

 嬉々として依頼を待ち受ける殺し屋にわたしは言った。


「わたしは、わたしを殺してほしい」

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