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わたしの殺し屋  作者: 大里 トモキ
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 わたしは団地が建ち並ぶ敷地に足を踏み入れた。わたしよりも長い歳月をこの場所で過ごしてきた五棟の建物は、夕焼けの頬紅で彩られた血色のよい顔で温かくわたしを出迎えてくれた。

 いくつもある台所の多くは夕餉の支度の真っ最中のようだ。どこかの家では今夜はカレーらしく、いい匂いが外にまで漂っている。

 敷地の隅のデッドスペースはちょっとした公園になっており、狭いながらもブランコや滑り台といった定番の遊具が設置されている。わたしも小さい頃は使用する順番を巡って他の子どもとよくケンカしたものだけど、遊びのスタイルが変化したのか、そもそも団地に住んでいる子どもの数が少なくなったのか、そうした騒がしい光景はとんと見かけなくなってしまった。

 現在、その公園には五歳くらいの男の子が一人で遊んでいた。砂場の中央にそびえる砂山にトンネルを開通させようと奮闘している。その道のベテランとして、「砂を水で湿らせてから掘削すれば砂が崩れにくくなるよ」とアドバイスのひとつもしてやるべきだろうか。

 そのとき、どこからか「マー君、ごはんよー!」という若い母親とおぼしき声が聞こえてきた。その声に子どもの体がびくりと反応し、腕を持ち上げてしまったせいで、半ばまで掘り進められていたトンネルが崩落事故を起こしてしまった。子どもはぺちゃんこになった砂山を見てがっかりした表情を見せたものの、すぐに興味を失い、立ち上がって団地に向かってパタパタと駆けていった。

 どうやら彼が噂のマー君だったようだ。もしかすると、この強烈なカレーの匂いはこの子の家なのかもしれない。子どもは例外なくカレー好きだから、マー君もきっと大喜びだろう。でも、ニンジンはいらないよ。

 わたしはマー君がほっぽり出していったプラスチック製のシャベルと小さなバケツを砂場の縁のところに片付けてやると、どこか懐かしい感じのする夕暮れどきの雰囲気にしばし身を浸した。こんな子ども時代にタイムスリップしたようなノスタルジックな感覚は、夜遅くまで外をほっつき歩いていた頃には味わうことができなかったものだ。

 もっとも、最近ではそれは決して珍しいことではなくなっていた。学校が終わったら駅前の本屋やコンビニをちょっと覗く程度の寄り道しかせず、まっすぐに帰宅する――というのが、このところのわたしの生活サイクルとなっている。

 別に「更生していい子になりました」という話ではない。ただなんとなく、以前のように特に用もないのに夜の町に繰り出そうという意欲がなくなってしまっただけだ。今にして思うと、当時のわたしはいったい何が楽しかったのだろうか。

 なんにせよ、子どもが夜遊びをしなくなったのは、親にとっては喜ばしいことであるはずだ。「こんなに早く帰ってくるだなんて、なんていい子なんでしょう!」と賞賛されてしかるべきだね。今のわたしにはその権利がある。

 なんて冗談はさておいて、わたしも家に帰ることにしようか。「今日のおかずはなんだろなー」、なんて育ち盛りの子どものようなことを考えながら、家のあるC練に入っていった。

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