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わたしの殺し屋  作者: 大里 トモキ
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 昼休み、彩りが地味なことに目をつぶれば、味、量ともに申し分ない母親の作った弁当で食欲を満たしたわたしは、続いて睡眠欲を満たすべく机に突っ伏した。心地のいい秋の陽気も手伝ってか、わずか三十秒で眠りに落ちることができた。

 しかしそれから五分後、わたしの安らかなひとときは無情にも破られることになる。原因は席のすぐ側で行われている会話だ。昼休み中の騒々しい教室にあってそのヒソヒソ声はごくささやかなものではあったけど、夏の夜のうっとうしい蚊の羽音のごとくわたしの安眠を妨げずにはおかなかった。

 盗み聞きするつもりなどなくても会話の内容が耳に入ってくる。どうやら、誰がわたしに話しかけるべきか互いに譲り合っているようだ。

 もっとも――

「ほら、さっさと話しかけなさいよ」「えー、なんでわたしが。あんたが言い出しっぺなんだから自分でやればいいじゃない」「あのー、今は眠っているようですから、また今度にした方が……」「なに言ってるの。この人、休み時間はいつだって寝てるか、でなければどっかほっつき歩いていいないかなんだから、この瞬間を逃すわけにはいかないでしょ」「そうそう。それがわかっているなら、さっさと声をかけてよね」「だから、わたしは嫌だってば」

 というやりとりを聞くかぎり、〝押し付け合っている〟とするのが正確なようだけど。

 むこうから話しかけてくるまで(もしくは、何もできずに昼休みが終了するまで)しらんぷりを決め込んでもよかったのだけど、連中の煩わしさにいいかげん嫌気が差してきたこともあり、わたしは机から身を引き剥がすようにして起き上がった。

 寝覚めの薄ぼんやりとした視界に映ったのは、わたしに先手を打たれて狼狽を隠せずにいる三人の女子生徒の姿だった。同じクラスということもあり、どの顔も見覚えくらいはあるものの、名前までは思い当たらなかった。田丸のように良くも悪くもインパクトの強い相手でもないかぎり、わたしのクラスメイトの認識などこの程度のものだ。

「何か用?」

 わたしは三人に訊いた。別に意図したわけではないのだけど、寝起きのしかめっ面と、かすれ気味の声のせいもあり、こちらの機嫌の悪さは十二分に伝わったようだ。

 わたしの非友好的な反応に最初尻込みしていた三人組だったものの、やがて意を決したようにひとりの女子が進み出た。かけているメガネが知的方面にもおしゃれ方面にも寄与してなさそうなそいつ(仮に女子Aとしておく)は、〝ここだけの話〟でもするかのように口の横を手で隠しながら言った。

「高屋さん、気をつけた方がいいよ」

「気をつけるって、何をさ?」

「田丸のこと。あの子って今、みんなからちょっと距離を置かれている感じなんだよね。高屋さんはクラスのことには興味なさそうだから、気付いていなかったかもしれないけどさ」

 いや、わざわざご教示していただくまでもなく、そんなことには気付いていますから――と、いちいち水を差すのも面倒なので、黙ってうなずいておいた。

「わたし個人としてはかわいそうだと同情せずにはいられないのだけど、でもこういうのって誰にでも起こりうるんだと思うんだよね。運命の巡り合わせとでもいうのかな。今回はたまたま、田丸のところで悪い目が出てしまっただけなんだろうしね。もちろん、〝運が悪かった〟で片付けちゃいけない問題なのはわかってはいるけどさ」

 いじめについて、わたしは女子Aとさして変わらない見解を持っていたはずだけど、それを他人にしたり顔で語られるとこうも癇に障るのはなぜだろう?

「でも、田丸の側にも非はあると思うんだよね。なんていうかあの子、空気が読めないところがあるからさ。しょっちゅうトンチンカンな発言をしたり、度々突飛な行動をとったりするものだから、みんなウザがっていたんだよね。だから、このような事態になったのは自業自得なんだと思うな。いや、本当はそういうこと言っちゃいけないんだろうけど。でも――」

「それで」わたしはさらに何か言おうとしている女子Aを遮った。これ以上、うんざりするたわごとなぞ聞いちゃいられない。「わたしにどうしろって言うわけ?」

 わたしに凄まれ、女子Aはたじろいだ。助けを求めるように後ろに控えている仲間に視線を泳がせる。女子Bが「ガンバ!」とでも言うように力強く両手の拳を握ってみせる。女子Cは釣られるようにそれに倣う。別にそれで勇気づけられたわけではないのだろうけど、女子Aは再びわたしに向き直って言った。

「高屋さん、あなたはこのところ田丸にご執心のようだけど、悪いことは言わないからやめたほうがいいよ。なんていうか、そういうクラスの和を乱すような振る舞いは良くない結果を招きかねないからさ」

 そこまで言うと、女子Aは「わかるでしょ?」と目配せして理解を求める。その後ろでは女子Bが「わかる、わかる!」と言うように力強く首を縦に振り、引きずられるように女子Cも少し遅れてこくりとうなずいた。

 わたしにも女子Aの言いたいことはよくわかった。ようするに、彼女たちはわたしに警告を与えにきたわけだ。

 さっと周囲に視線を走らせる。昼休みも半数ほどの教室に残っているクラスメイトは、グループで固まってお弁当を食べたり、果てることのないおしゃべりに華を咲かせたり、月単位で流行が移り変わるカードゲーム(今月は〈大富豪〉ブームらしい)をしたりして、思い思いにくつろいでいる。――一見したところ、いつもと変わるところのない昼休みの光景だ。

 しかし、今日は〝いつも〟とは少しばかり様子が違っていた。ある者はちらりと横目で、またある者はじっと凝視して、といった具合に人によって温度差はあるものの、誰もが普段は気に留めることのない辺境の地であるわたしの席で行われているやり取りに注目しているのだ。

 それは田丸も例外ではない。ひとり自分の席に座り、かぶりつくように数学の教科書に没頭しているその姿は、さも次の授業の予習に忙しくて周囲の状況になどかまっていられないといわんばかりだけど、ちょくちょく教科書から視線を外し、不安げにこちらの様子を窺っているのはバレバレだった(だいたい、次の時限は体育だし)。

 わたしと目が合うと、田丸は亀のように教科書の中に首を引っ込めた。でもしばらくすると、また恐る恐る顔を覗かせ、再びこちらをチラチラ窺い始める。そんな田丸の様子を見て、わたしは「うざいなぁ……」と思わずにはいられなかった。

 女子Aはわたしが田丸にご執心だと思っているようだけど、それは誤解もいいところだ。たしかにわたしは以前、わざわざ田丸の席にまで行って朝の挨拶をしたことがある。でもそれは、しょぼくれている田丸を不憫に思い、義侠心から救いの手を差し伸べてやったわけではまったくなかった。あんなのはただの気まぐれだ。一時の衝動だ。もしかすると、眠気のせいで頭が正常に働いていなかったせいかもしれない。とにかく、あの行動に特別な意味や意図など何もないのだ。そこのところ勘違いしてもらっては困る。

 そもそも、わたしが田丸に〝自主的に〟挨拶をしたのは、あの日、あの時、あの一度きりだ。それ以降は、一遍たりともこちらから進んで田丸に何か働きかけようとはしなかった。理由は簡単、面倒臭いから。わたしの田丸に対する執心なんて、しょせんその程度のものにすぎないのだ。

 しかし、そのたった一回こっきりの気まぐれのせいで、わたしはすっかり田丸になつかれてしまったようだ。

 これまで不特定多数を対象に行われていた田丸の朝の挨拶が、わたし一人に対して向けられるようになった。せっかくの眠りが妨げられるため、こちらとしては迷惑以外のなにものでもなかった。だったら無視すればいいのだろうけど、ペットショップのゲージに入っている子犬のように瞳をうるうるさせてこちらを見ている田丸をどうしても無下にすることができず、つい挨拶を返してしまう。それに気をよくした田丸は翌日も同じように挨拶してきて……という具合に、もはや毎朝の習慣(悪循環ともいう)になっていた。

 今のところ、田丸が朝の挨拶以外でわたしに接触してくることはなかったけど(視線はやたらと感じるけどさ)、そのうち調子に乗ってこれまで以上にわたしの人生に踏み込んできやしないかと懸念を抱いていた。今さらながら、迂闊な真似をしたものだと思わずにはいられない。

 だから今回、第三者に田丸に関わるなと警告されたのをこれ幸いとして、黙って従うべきなのかもしれない。田丸と縁を切るにしても、「仕方ないよ、みんながそうしろって言うんだからさ」ということにしておけば、いくらか気も楽だろうし。いい口実を用意してくれたこいつらに感謝したいね。ありがとう、名も知らぬ三人娘さん!

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