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わたしの殺し屋  作者: 大里 トモキ
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 わたしはおもむろに体を起こし、席から立ち上がった。ほぼすべての生徒が到着し、騒がしさが最高潮に達した教室の中を歩いて行く。行き先は教壇の手前の席でしょんぼりとしなだれている小さな背中。その席の前でわたしは立ち止まる。

 わたしの行動に真っ先に反応したのは、田丸以外のクラスメイトだった。わたしが田丸に何をしようとしているのか訝しみ、ひそひそと囁き合いながらその動向を窺っている。

 目当ての相手もわたしの存在に気がついたようだ。田丸はびくびくした様子でわたしを見上げる。その小動物のような大きな瞳は、「……いじめる?」と問いかけているかのようだ。

 わたしは「いじめないよ」と言うように軽く微笑むと、あらかじめ用意しておいたセリフを口にした。

「おはよう、田丸さん」

 ざわ……と教室の空気が揺らいだ。クラスの連中が一様に耳を疑っているだろうことは想像がついた。なんせ、これまで世間から自らの存在を絶っていた人間が、存在しないことになっている相手に接触したのだから。

 信じられないと思っているのは田丸も同様で、知らない言語で話しかけられたかのようにしばしぽかんとしていた。

 やがて理解が追いついたのか、これまで暗く沈んでいた瞳にみるみる光が戻ってきて、外にまで溢れんばかりにキラキラし出した。

「おはよう、高屋さん!」

 まるで救い主の名でも呼ぶかのように歓喜に満ちた声で田丸は言った。その笑顔のあまりの眩しさに、わたしは思わず怯んでしまった。喜んでもらえてなりよりではあるけど、たかが朝の挨拶をしてもらえたくらいでそんなにうれしがらなくてもいいだろうに。

 ともあれ、これで〝したいこと〟はし終えた。田丸の畏敬の眼差しとクラスメイトの不審の視線を一身に浴びながら、わたしは自分の席へと戻っていった。

 椅子に座ると再び腕の中に顔を埋め、居眠りを再開しようとする。だけど、いくら眠りの泉に身を浸しても、どうしても沈み込むことができずにいた。どうやら、奥底からこんこんと沸き上がってくる高揚した気分によって眠気はすっかり消え失せてしまったようだ。その思いがけない事態に、わたしは困惑せずにはいられなかった。

 とはいえ、他にすることもなかったし、なにより今顔を上げて周りの様子を目の当たりにするのはなんとも気恥ずかしいものがあったので、そのまま机に伏したまま、担任が来るまで眠りの泉の水面をたゆたっていることにした。

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