健全男女交際法
生まれてこの方彼女などおらず、35年の月日が流れた際は、もはや男女交際などというものは来世に期待を持つしか無いかに思えたが、奇跡なような出来事が起き、私にも彼女というものが初めて出来るに至った。
それで今日は初デートというわけで、喫茶店の前で待ち合わせ。念には念を入れて30分前に待ったが、夏の日差しは容赦なく、待っている間に私はすっかり汗だくになってしまった。
時間五分前になると、彼女が現れた。初めは歩いていたが、店頭の私を見つけると焦ったように小走り気味にやって来た。
「お、おはようございます!!すいません!!待たせてしまって!!」
彼女はペコペコと謝ったが、別に彼女は悪くなくて、どちらかといえば30分前に来た私に非があるだろう。
それにしても、なんて可愛い彼女だろう。普段は黒髪おさげの眼鏡女子なのに、今日はおさげを解いてサラリと流し、眼鏡をしてないところを見るとコンタクトレンズだろう、ノースリーブの白いワンピースもよく似合っている。全く私には勿体ない程の美少女である。
「いやいや全然待ってないよ。」
「そ、そうですか?汗が滝のように流れていますが。」
「汗っ掻きだから仕方ないのさ。さぁ、とりあえず中に入ろう。」
脱水症状気味の私は、とにかく喫茶店の中に入りたかったのだが、ここに来てアクシデント。
「ちょっと、そこの君たち待ちなさい。」
運悪く出くわしたパトロール中のおじさんポリスメン。警察官の制服を着こなし、鋭い目付きの彼を前にしては如何なる不正もすぐに暴かれてしまいそうである。
「そっちの子未成年じゃないの?そしてそこの君は良い歳そうだし、まさか援助交際じゃないだろうね?」
ビクッと私は震え、心臓の音が早くなった。早くアレを出さないと面倒なことになると、持ってきていたショルダーバッグ漁ったが、今日の日に買った新品だからあれをすぐに見つけることが出来なかった。
「怪しいね。ちょっと交番まで来てもらおうか。」
「えっ、ちょっと、待って!!」
私の右手首を掴もうとするポリスメン。万事休すかと思えたが、彼女が僕に代わってアレをポリスメンの前に付き出した。
「こういうことなんで!!」
いつも優しい彼女にしては強い言葉で、そう言い放つと、ポリスメンは申し訳なさそうな顔をして頭を下げた。
「すまないねぇ、未だに法が変わったのに慣れなくてねぇ。」
あまりに申し訳なさそうにするので、僕はようやく見つけて取り出さすことに成功したアレを提示しながら「確認することは大事ですから」と言った。
アレというのは健全男女交際法に基づいた許可証の様なもので、許可証には二人の写真と「交際許可」という烙印が押されていた。
健全男女交際法が制定されたのは三年前。その法律の内容としては『16歳以上の未成年であれど、両親の公認があれば成人と男女交際出来る』という衝撃の内容だった。その法律が出来た背景には少子化の抑制という狙いがあったのだけど、相変わらず未成年の性行為は禁止されているので、出生率が延びるわけ無い筈・・・だったのだが、徐々に出生率が延びてきているので、そこのところはおかしな話である。だが、その法律を利用した売春まがいの事件も多発しているので、その奇抜な法律の寿命は短いように思える。
ともあれ、私と彼女はその法律のおかげで付き合えているのだから感謝すべきなのだろう。ありがとう健全男女交際法。
私と彼女の馴れ初めは、私が日課である喫茶店で小説を読んでダラダラするということに興じていると、夕方、隣のテーブルに彼女が座り、同じ様に本を読み出したのである。今の時代の若者にしては珍しいと思いつつ、私はその美しい横顔に感嘆のため息を付いた。それと同時に、何故だか自分の学生時代もっとこうして、こうしておけばと、タラレバの後悔も浮かんできて、切ない気持ちになった。
何度も彼女を見かける内に、すっかりと彼女の虜になった私だったが、持ち前の内気を発揮し、声を掛けることすら出来ないので、時折チラリと彼女を見るだけに留まった。
しかしながら、転機が訪れた。
町中で彼女が柄の悪そうな二人組に襲われたところを目撃。ベタな展開のチャンスだったが、喧嘩などしたことがない私はその場から動くことは出来ない。このまま動けないだろうと予想出来たが、ふと私を後押しする力が現れた、それは35年間まともに使われたことの無かった勇気というモノだった。
なけなしの勇気を振り絞り「やめなさい!!」注意した結果。若者の一人に鼻を殴られ鼻血を出して倒れることに相成った。まぁ、私が殴られたおかげで、興を削がれた若者達が舌打ちしながら、その場を後にしてくれたのだから御の字である。
「だ、大丈夫ですか?」
優しい彼女は、私のことを心配してハンカチも貸し与えてくれた。
「あれっ?喫茶店でお会いしませんでしたかね?」
しかも、覚えててくれた。幸せ過ぎる。
それからはトントン拍子だった。喫茶店で会うと笑い合ったり、相席して好きな小説について話し合ったりした。すると暫くして、喫茶店で奇跡が起こった。
「あなたのことが好きです。付き合ってください。」
なんと彼女の方から私に告白してくれたのだ。あまりのことに驚いて、思わず私は食べていたナポリタンを鼻から出してしまった。
「ゴホッ!!ゴホッ!!」
「大丈夫ですか?」
「いや、その・・・私は歳上でして。」
「愛に歳は関係ありません!!」
「あっ・・・そ、そうですか。」
普段大人しい彼女からそう言われては、私は反論できず、そのまま三日後には彼女の両親に挨拶することになってしまった。彼女の両親は目をパチクリさせて驚いていたが、最終的は私達の仲を認めてくれた。
それで役所から健全男女交際許可書を頂き、今日に至るというわけだ。
今でも夢じゃないかと思うが、頬が赤くなる程つねって痛かったので、大丈夫だろう。
喫茶店で彼女はアイスティを頼んだ。私の勝手な思い込みだが、白いワンピースの女性にはアイスティがよく似合う。テーブルに向かい合うように座ったが、時折他の客がチラチラこちらを見てくる。気持ちは分からんでもない、こんなオッサンが美少女連れてるんだから見たくなる気持ちもあって当然だ。
「今日はこの後、水族館でしたよね?」
「う、うん。」
二人とも騒がしいのが苦手なので、水族館は我ながらベストチョイスだと思う。
「あ、あの、突然ですが、つかぬことを聞いても良いでしょうか?」
「つかぬこと?良いよ何?」
彼女は急にモジモジし出して、顔を真っ赤にした。一体どうしたことだろう?
「あなたも私に欲情したりするんでしょうか?」
「・・・ふぇ?」
あまりのことに頭がフリーズしそうだったが、私はゆっくりと頭で彼女の言ったことを噛み砕いて考えた。正直、彼女に欲情したことはある。というより自分の彼女に欲情しない方が失礼ではないか。
それにしても、どうしてこんなことを彼女は聞いてきたのだろう?
「い、いえ!!つ、付き合ったら、男性は性的行為をしたくなるかと思いまして・・・単なる好奇心です。はい。」
未成熟の女子である彼女である。付き合うことで様々なことを考え、葛藤しているのだろう。嬉しいなぁ、未だかつて親以外で私のことで、これ程まで悩んでくれた人が居ただろうか?いや、居ないな。
「君に欲情することもあるけど、でも行動には移さないよ、私には理性があるからね。大丈夫・・・多分ね。」
これ程魅力的な女性が彼女なのに、指一本触れられないのは中々に大変だけど、鋭意努力する次第である。
私の考えを聞いて何を思ったか、彼女が突然立ち上がった。そして私に向けて、こう宣言したのだ。
「私が卒業したらセックスしましょう!!」
驚いた、私は確かに驚いたのだが、それ以上に嬉しかった。35年間誰も隣に居なかったのは、この時、この瞬間の為だと本気で思った。
だから、私は嬉し涙を浮かべながらこう答えた。
「はい。」
セックス発言で喫茶店に居ずらくなった私達は、早々に喫茶店を出て、水族館を目指して歩き出した。
「楽しみですね。」
「そうだね。」
不釣り合いなカップルの首には、紐の付いた交際を認める許可書がぶら下がっていた。