これはきっと夢だ。そうに違いない。
―――――――――――――――――――――――――――
「イザベラさん! どうしてこんなことをしたんですか!」
鮮血舞う『魔王の間』にて、魔人界史上最強にして最恐の魔王【氷血の魔王】イザベラに対してその真意を問う。
『……エマさん、私は気が付いてしまったのですよ。人間と魔人、人間界と魔人界、その両界の間には絶対に埋められない憎悪の連鎖、歴史がある事をね』
血の涙を流しながら、美しい赤髪の魔王は無表情のまま語る。
「それでも! それでも貴方は『人間界と魔人界の未来の為に頑張る』そう言ってたじゃん! 私と貴方が手を取り合えばきっと成し得る未来のはずでしょ!」
しばしの沈黙の後、重々しい声色で答える。
『……残念ながら賽はもう投げられてしまったのです。愛する家族も、友も、その全てを斬り捨てて私は"魔人界の未来"を選んだのです。一度始まった憎しみの波は、どちらかが消え失せなければ止まることはありません。エマ、私たちは全てを知るのが遅すぎたのですよ』
「そんなことない! 今からでも間に合うよ! だから一緒に―――」
空気を切り裂く氷の一閃がエマのすぐ隣をかすめ、城壁の壁を切断する。
『貴方か私、どちらかが死んで初めてこの世界の覇権が決まるんです。さぁ、構えなさいエマ・シャルロット。私は平和と安寧を手に入れるためにここで貴方を殺します』
「……それがイザベラさんに残された、ただ一つの"願い"なんだね」
『……ふっ。貴方と出会えて本当に良かったです』
「私もだよ」
そして激戦の末にイザベラ・スカーレットは敗れその一生を終えた。
―――――――――――――――――――――――――――
【『???』】
―――んっ、あぁ……頭痛えな……ってか今何時だよ?
痛む頭を押さえながら、いつもの様にPCの電源を入れるべく、ベッドから立ち上がった。
しかし、いつものルートで机に向かったのにも関わらず、目の前には大きな姿鏡が一枚置いてあるだけだった。
「……あれ?」
目の前には奇怪な光景があった。
早々に結論を出そうとする脳みそを一旦シャットダウンし、両の掌で顔を何回か叩きもう一度姿鏡を見てみた。
「…………」
しかし、残念ながら先ほど見た光景に変化は見られなかった。
俺は震える手を抑え、鏡に映る自分自身の姿を見つめながら現状の整理をする。
俺の名前は江呂下 大助。
年齢は17歳。趣味はギャルゲーをする事で、一部ネット界隈では「ギャルゲマスター」と呼ばれているくらいには有名なただのギャルゲ好き男だ。
まぁ要するに、好きな女の子のタイプが黒髪清楚系と金髪ツインテ幼馴染の、ごくごく一般的な高校生だってことだ。
……いや、だったというべきか。
一番最後に覚えている記憶を引っ張り出してみる。
俺は昨夜、乙女ゲー中毒者である妹、江呂下 書多子からとある乙女ゲーを攻略して欲しいと懇願され、そのゲームの攻略を行っていた。
そのゲームの名は、『☆イケメンワールド♡ わくわくドキドキ異世界攻略☆ ~貴方だけのハッピーエンドを見つけてね~』
通称『イケわく』
舐め腐ったタイトルではあるが、このゲームは日本ではかなりの人気を博していたらしく、世論調査では10人に1人は遊んでいるという結果が出るほどだった。
実に、日本人らしいというかなんというか。
だが、『イケわく』には一つだけ大きな問題点があった。
そう、誰もこのゲームのハッピーエンドをクリアできなかったのである。
発売から一か月以上の時間がたってもこのゲームの攻略者は出てこず、誰もが初クリアを目指して寝る間も惜しんで奮闘していた。
そして、あの日
俺は一週間の死闘を乗り超えて、このゲームの「ハッピーエンド」を攻略することに成功した。
食事や睡眠を犠牲にした、とても長い戦いだった。
ちなみに、ゲームの内容は結構シンプルで、RPGと乙女ゲーの融合といった作品だった。
主人公の「エマ・シャルロット」がイケメンどもを攻略していき、ハッピーエンドを目指しますっていうそんなありふれた乙女ゲーだ。
そう、あまりにも難易度が高すぎるという点を除いては。
クリアした今だからこそ言えるが、このゲームを作った奴は人間辞めてるくらいには相当に頭がおかしい。
そもそも、何で最初の選択肢に即死トラップ仕込んでんだよ!
何で王子を救う為に主人公が突然異世界に行かなきゃいけないんだよ!
何で制限時間をオーバーしたら即死するんだよ!
何でセーブもロードもできないんだよ!
何で残機は一個だけなんだよ!
何で即死選択しか残されてないルートが沢山あるんだよ!
と、まぁ。
こんな具合にイかれたゲームではあったんだけど、俺はそれをなんとか世界最速でクリアすることに成功した。
―――で、何故俺が今、ゲーム『☆イケメンワールド♡ わくわくドキドキ異世界攻略☆ ~貴方だけのハッピーエンドを見つけてね~』に登場する悪役令嬢 「イザベラ・スカーレット」になっているのかの理由を知っている者がいたら教えてほしい。
……俺は鏡に映った自身の姿を再度確認する。
柔らかくふわふわした赤毛に、サファイアの様に美しい青い瞳。
まるで10歳頃かそこらの様につやつやと光る肌。
……………………。
『いや、なんでイザベラなんだよ!!!!!』
俺は突っ込まずはいられなかった。
いや、おかしいじゃん!
何で女なんだよ! 俺は男だぞ!
普通こういうのって男の方に転生するんじゃねーの!?
しかも、何でよりにもよって「イザベラ」なんだよ!
せめて女の子に転生するなら主人公の「エマ」の方だろ!
ふざけんなッ!
ってかなんで俺はゲームのキャラに転生してんだよ!
…ん?
……そもそもなんで俺は今こんなところにいるんだ?
ゲームをクリアしたあの日、少し作業をしてから俺は疲れてそのまま普通に寝たはずだ。
それが何で、目が覚めたら幼少期の「イザベラ」になってんだ?
……よく考えたら意味不明だよな。
俺は別に不幸な事故にあって死んだわけでもないし、神様的な存在からウェルカム異世界をされたわけでもない。
ただ普通にゲームをクリアして寝ただけだ。
すると、コンコンっと部屋をノックする音が聞こえた。
俺は慌てて「イザベラ・スカーレット」になる。
「ど、どうぞ」
慣れない口調で入室を許可する。
すると、奇麗な黒髪を携えたメイド服姿の畜生が部屋に入ってきた。
「お休みの所失礼します。お嬢様、お食じ―――、、、、お嬢様、何か悪い物でも食べたのでしょうか?」
メイド服を着た女性は俺の顔を見るや否や、怪訝そうな顔つきで問いかけてきた。
「失礼ね! どう見てもいつも可愛いイザベラちゃんでしょ! それで、カミラは何の要件があって部屋に来たのかしら?」
紹介しよう、こいつの名前はクソら……失礼、カミラ・ラークウィン。
イザベラの侍女を務めている現役の暗殺者だ。
物語上では、主人公のエマが「イザベラ」にとって不都合なことをした場合に限って襲ってくる厄介者のトラップだった。
少なく見積もって俺はこいつに10回は殺されている。
そもそもの話、なんで学校のテストで「イザベラ」より高い点数取っただけで殺されなきゃいけないんだよ!
理不尽な事極まりない。
このように、『イケわく』にはメインキャラではないモブに、即死系の地雷が設置されている事が多くあったのだ。
「……そうでした。お嬢様、お食事の時間になりましたのでお呼びに参りました」
どうやら即席のイザベラで何とか騙せた様子だった。
幾万のヒロインを攻略してきた俺からしたらまぁ、余裕ですけどね。くドヤァ
「……わかったわ。お父様とお母さまを待たせる訳にはいきません。すぐに向かいましょう」
カミラの後を追うように食卓に向かった。
――――――――――
少し歩いてから目的地に到着し、俺は目の前の非現実的な光景に驚きを隠せなかった。
大きいなシャンデリアが部屋の中央に吊るされており、金持ちの屋敷あるあるの白いクロスが敷かれた長テーブル。さらには、趣味のいいステンレスガラスによって、高貴さがあふれ出たまとまりのある空間がそこにあった。
「……お待たせして申し訳ございません。お父様、お母様」
『『!?』』
『ちょっと、あなた! 見て頂戴、イザベラが敬語を使っているわ!』
『た、確かに……。いつもは窓ガラスを割りながら入ってきてたというのに……』
『ど、どうしましょう……何か重い病気になってたりするんじゃ……』
『これはいけない。すぐにでも『獄楽卿』を呼んで診てもらわなければ!』
女性の方が母親のカルティエ・スカーレット
男性の方が父親のレイブン・スカーレット
どちらもイザベラと同じ赤い髪の毛に、青い目をしていた。
ってか、こいつ……幼少のころから色々と悪さしてたんだな。
ゲームでは人間界にある羅武螺舞学園編から登場していて、それ以前の頃の回想シーンとかはなかったから、俺的には完全に初見の情報だったりする。
「お父様、お母様。心配しなくても大丈夫だよ! ちょっと、大人に憧れちゃっただけだから!」
この咄嗟の10歳女児ムーブ……流石俺だな。
いや、ギャルゲーマーたるものこのくらいできて当然か。
『……そ、そうか。それなら構わないんだが……もし、体調が悪かったりしたらすぐに言うんだぞ?』
『そうよ。イザベラは私たちの大切な一人娘なのだから』
「……うん! 分かった!」
俺は強く握りしめた拳を一度解き、笑顔のまま自身の席に座った。
目の前に置かれた、香ばしい赤いスープに映る自分の顔を見ながら色々と思い出す。
そう、このゲーム『イケわく』のクリア条件についてだ。
『イケわく』には大きく分けて三つのエンディングがある。
・一つ目は、ラスボスである「イザベラ」を倒して、後の平和な世界をイケメン達と過ごすハッピーエンド。
・二つ目は、ラスボスである「イザベラ」と共に倒れて、イケメン達だけを生かすトゥルーエンド。
・三つ目は、ラスボスである「イザベラ」を倒すことには成功するが、フラグ不足による強制バッドエンド。
……つまりは、どのエンディングを迎えるにせよ、「俺」は死ななければならないのだ。
――――――は?
畜生がぁぁぁぁぁぁぁぁ! ふざけんじゃねーよ! 今からでもいいからエマちゃんルートにしろよオラ! 何が「イザベラは死ななければならないのだ」だよ。ふざけるのも大概にしろ。
―――ふぅ。
……こんな状況にも関わらず、俺が案外冷静なのは何故なのか、と気がかりな人もいるかもしれない。
実はこれにはちゃんとした理由がある。
運営の「神様.com」曰く、
『『イケわく』には大きく分けて三つのエンディングがあり、基本的にはこの三つを攻略したらクリアとなります。ただし、貴方の選択肢次第では、もしかしたら幻の四つ目のエンディングにたどり着くかもしれませんね』との事だった。
つまりは、まだ誰も知らない「イザベラ」救済ルートが存在する可能性が残されているのだ。
『あら、イザベラ。早く飲まないとスープが冷めちゃうわよ』
俺は目の前に置かれた真っ赤なスープを見つめ続けている。
そして、今すぐにでも飲み干したいという衝動に駆られた。
「お母様。私今ダイエット中なの……」
「こらこら、子供がダイエットなんてするもんじゃないぞ。それに、ちゃんと食べないとお母さんの様に大きくなれないぞ」
「あらあら、あなたったら…ふふふ。今日はイザベラの大好物の新鮮な人間の血なのにどうしたのかしらね」
俺は黒い翼を「ばさっ」と開き、自身のキャラ設定を再度確認する。
彼女の名前はイザベラ・スカーレット
魔界四大貴族が一つ、スカーレット家の次期党首、吸血鬼イザベラ・スカーレットその人である。