俺何かしちゃいました?
今夜は満月だ・・・。もはや誰しもが眠っているであろう時間帯に、それでも彼は起きていた。
時折巡回してくる警邏の人以外に音を立てる者はこの城にはいない。
彼はライトといわれる魔法(さすがに生活で必要な魔法くらいは、ということで無理やり覚えさせられた)で机周辺を明るくして勉強をしていた。そんな物がなくても見えるのだが・・・・・
黙々と勉強するが、満月が気になってちっとも集中できなかった。
いつもならこんなにざわつかないのだが。
やはり土地が違うからであろうか?それともストレスのため?
なんにせよざわついていた。己の魂が。心が。体が。
幸男はため息をした。ため息をして、こう考えることにした。
考えてみれば、俺はこの世界に拉致されてから一度も外に出歩いてないじゃないか。それならば仕方がない、そういうもんだ、と自分に言い聞かせた。そう納得しようとした。
窓を開き、城から飛び降りながら彼は思う。
きっとただ単に、思いっきり走りたいだけなんだろうな、と・・・。
城壁を飛び越えると付近に森が見えた。
この国付近には森が茂っており、時折王や貴族たちが趣味の狩りのために出向くことがあるほど、危険が少ない森だった。
その森の中を彼は走る。走る。走る。
何も考えず、何にもとらわれずに、様々なしがらみを振り払うかのように、ただただひたすら走った。
なんと心地よいことか、誰にも見られず、誰にも縛られずに走ることは、なんと素敵なことなんだろう、とうっとりとした表情で思う。
そんな様を、月や星々は慈悲深く淡い光で虐げられしものを照らしながら、無感情に見下ろしていた。
彼は森の中を疾走する。木などまるで問題ないとばかりに、全くスピードを緩めずに走り回る。
この森はあまり広くはなく、その先にある草原に入るまでそう時間はかからなかった。
むしろここからさらに彼はスピードを上げる。風を感じるために。足元の草を感じるために。
と、しばらく夢中になって走っていると、どこからともなく悲鳴が聞こえてきた。
そこそこの距離があるが、すぐに向かえるだろうと彼は考えた。
悲鳴の方向に彼は猛ダッシュで向かった。先ほどの走りよりもさらに早く、音を置き去りにしながら、悲鳴を上げている者と、悲鳴を上げさせた者を確認した。
馬車で移動していたらしく、付近に馬車の残骸と傷ついた馬が、そして護衛と思わしき者たちの躯が転がっていた。
下手人は、体長2メートルほどのリーダーらしき巨漢と、その取り巻き10名ほどが一人の女性を包囲していた。
これはいかん!と思いリーダーらしき男の首に、走った勢いまま喰らいついた。
その場にいたものは動けずにいた。
あまりにも唐突すぎて、思考が全くできなくなっていた。
リーダーの頭と胴を引きちぎり、動けずにいる一番近い取り巻きに、鋭い一撃を加え引き裂いた。
その男の近くにいた二人の頭をつかんで、互いにぶつけさせカチ割る。
そんな惨状を目の当たりにして、ようやく賊が事態を呑み込めたときのは、もう二人しか残っていなかった。
「バッバケ」バケモノと言いかけた二人のうちの一人がリーダーと同じように噛み千切られ殺されるのを、しかし最後の一人は見ていなかった。
最後の一人は背中を向けて逃走していた。失禁し、ぐしょぐしょのズボンとそれと同じくらいシャツも冷や汗でぬれていた。
一刻も早くあの場から離れたかった。まさかこんなことになるとは思ってもみなかった。
そして彼は神に願った。助けてください、と。もう二度とこんなことはしないので助けてくれと。
神からの返答はNOだったようだ。
頭上から影が落ちてきた。なんだろうと思い上を見ると足の裏が・・・
最後の一人を処理し終えて、叫んでいた女のほうへ歩いて行った。
「こっこないで・・・近寄らないで!」と拒絶されてしまった。
「化け物!化け物!嫌!こっちに来ないで!」
彼は何も言わなかった。ただ黙ってその罵声を受け入れ、己のなすべきことをするために馬に近づいて行った。
彼女は目をつぶっていた。
と、不意に顔に息がかかる。まさかあの人狼が目の前に?そう懸念したが、何か違うと思い恐る恐る目を開けると、応急処置がなされた馬がこちらをじっと見つめていた。
他には誰もいなかった。あの怪物は影も形もなかった。
しばらく動けずにいたが、やがて馬に乗り、急いでこのことを報告せねばと思い城に向かって走って行った。
そんな様子を無事に見送ってから彼も帰るために歩きだした。
先ほどの高揚感はもう消えてた。悲しみだけが残った。