地鳴り
「なぁ、何であんたはこんな山奥に一人で住んでんだ?」
あれから数日が経ち、本日の素材集めを終わらせ家に戻り夕食の準備を進めながら、リビングで机に突っ伏している魔女に向かって思っていた疑問をぶつけてみた。
「はー?なにー?あんだってー?」どうやらかなり疲れていたらしく、今の話の内容が耳に入っていなかったようだ。
「なんだーお疲れかー?」「誰のせーだと思ってるんですかー!お前が果物食いあさらなけりゃこんな事しなくて済んだんですけーどーねー!」
(しまった・・・)
こうなった彼女をなだめるのは酷く面倒であり、やはりなだめるのにえらく時間を費やしてしまった。結局彼の疑問に答え始めたのは夕食が出来上がり、互いに席についたときだった。
「して、なんで?」
再度疑問をぶつける彼に、魔女は大きなため息をしてから話し始めた。
「別に大した事じゃないし。町の連中のレベルが低すぎてやってらんなくなっただけだし」
そう語る魔女の表情を見て彼は察した。
なるほど、彼は思った。例え特異な異能を持っていなくても、集団にいれば虐げられる者は虐げられるのだ、と。
「まーあ私みたいなレベルが高いやつはギルドとかで変な名前で呼ばれるような連中の中では生きていられないって事ですよ!」
先ほどの表情と打って変わって、ケラケラ笑いながら自分と他者とのレベルの違いについて誇らしげに語っていた。
「変な名前~?」「そうよ!」
「たとえば~・・・、そう!教会の騎士で聖騎士なんて呼ばれてるのとかよ!あんな低レベルの「アンリエッタ=ニコラス=スター3世」「え?」
嬉々として異名を持つ者を上げ、馬鹿にしようとした矢先に、幸男がアンリエッタ=ニコラス=スター3世と言ってきた。
「アンリエッタ=ニコラス=スター3世」「いや」
「アンリエッタ=ニコラス=スター3世」「ちょ・・・」
「アンリエッタ=ニコラス=スター3世」「」
「アンリエッタ=ニコラ「あ~!もういい!」
何度もしつこくアンリエッタ=ニコラス=スター3世と連呼する幸男に、魔女がまた怒り出した。
「あーちきしょう!どーせ私はただのアンリですよ!ただの!ムキー!」
怒りだしたアンリは、幸男に罵詈雑言をぶつけ、それでもまったく反応しない彼に余計に怒りだし、杖を持ち出してきて、彼はまたそれから逃げるために外を走り回る羽目になった。
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「さー後はこの液をぶっ掛けるだけよ!」
翌朝、いつもよりは早めに叩き起こされた彼は外に連れ出され、そこで大量の樽に入っている液体に目を見張った。
何日かかけてようやく素材が集め終わった素材を使い、彼女独自の調合方法により作られた神秘の急成長薬。
「いやー多いのー・・・」「そりゃああんたが沢山素材持ってきたからね。これなら何回も使えるわね」
確かに大量の素材を取ってきたが、まさかここまで大量に作るとは思っていなかったので、この量の多さに彼は驚愕を禁じえなかった。
「さあ運べ!おら!この犬野郎!」「えーえーわかったから蹴るな、蹴るな・・・」
催促する彼女をあしらいながら、彼は樽を担ぎ、その中に入っている薬品を手近なみかんの木にぶっ掛けた。
「あーかけるのはその中の10分の1くらいでいいわ!」「あいあい」
指示されたとおりに中身の10分の1ほどを掛け、効果のほどを確認するために離れて様子を見守った。
すぐに効果は出た。
実がまばらにしか付いていなかった木に、見る見ると実がなっていく。まるでビデオ再生の早回しを見ているかのようだった。
「おーすげ、おー」「やった!やった!おかあさん私やったよ!」と互いに効果のほどを確かめて、その効果のほどに満足していた。
「ほら早く全部やっちゃいなさい!」「あーい」
アンリに促されるままに、彼は自分が食べた木の実がなっている木に薬品を掛けて掛けて掛けまくっていった。
早朝に始めた作業が終わったのは、日が完全に昇ってからだいぶ時間がたってからだった。
「終わった~・・・」「おつー」
ようやく作業が終わり、終わったと声を出す彼に、彼女はねぎらいの言葉を投げかける。
「あーあ・・・これでお別れね・・・・」「そーね」
作業が終わった。これにて彼はもはや完全にここに留まる理由がなくなった。
アンリは、何て言葉を掛ければもう少しここに留まってもらえるだろうか、と彼女はあれこれ考えていたが、結界に異常を感知し、また幸男は異様な臭いがした方向に両者は同時に顔を向ける。
「なに・・・これ・・・?」「なんだぁ・・・このにおいは・・・?」
何かが来る。大きな存在が一つとそれに似た存在がいくつか。
何かはドスドスと音を立てながら、こちらに向かってきている。
そしてそれの姿が目視で確認できた。
「ふぉ、フォレストリザード?!あんなに沢山!」
フォレストリザードの大群が、結界を乗り越えて幸男たちに襲い掛かってきた。