15話
ゴブリンの巣から立ち去った彼は、そのまま町を大きく迂回して町の反対側にある山へと逃げるように入り込んだ。
山へ入り込んでしばらくは小走りで進んでいたが、やがて確認するように背後を振り向き、誰もいないことを確認して、大きくため息をしてその場に座り込んだ。
座り込んでじっとして、何もしていないと嫌でもさっきのことを考えてしまう。
わかっていたことだった。あのようなリアクションを返されるのはわかっていたはずだった。感謝なんてされはしない。ただ恐れられ恐怖されるのはわかっていたはずなのに。
頭を振るってそんな悪い考えを頭の中から振り払おうとしたが、無駄だった。
考えないようにすればするほど、逆にどんどん悪い考えに頭を支配されていく。男たちの命乞いの声がまだ耳元で反響している。
助けてくれと、殺さないでくれと、たった今言われているかのように何度も何度も頭の中で鳴り響いている。
冒険者達やあの男の恐怖に見開かれた目が、自分にすがるような目をして凝視してくる光景が脳裏に瞬く。
そんな光景により叫びだし、泣き出してしまいそうになってしまった。全身から力が、まるで栓を抜いた風呂のようにみるみる抜け出すのを、彼はギシギシと奥歯をかみ締めることでどうにか耐えた。
しばしそうやって襲い来る激情を、彼は何とかして内側に押さえ込んで蓋をすることに成功した。いつものように。これが初めてのことではなかったからそこまで時間はかからなかった。
そう、初めてのことではない。だからこそ彼はこうなるとわかっていた。わかっていてなお、それでも彼は冒険者たちを救った。
闇に沈んでゆく己の心を何とかして奮い立たせるために、彼は立ち上がり、咆哮した。ごちゃ混ぜになった心を奮い立たせるために。内にわだかまる黒い感情を吹き払うために。
その雄たけびは人間のようで、狼のようでもあった。まるで大地そのものを震わせるかのような壮絶で、しかしどこか物悲しさを感じさせる厳かな咆哮だった。
その咆哮で木々はざわめき、鳥たちはその場を後にした。地上にいる動物たちはその恐ろしい咆哮を聞き、恐怖に足が凍りつき、動くことができなくなった。
しばしの間、森からは完全に音がなくなった。
ひとしきり叫び終えた彼は、最後の仕上げとばかりに地面を思いっきり殴りつけた。
ズズンと腹に響く音とともに、地面が陥没しすさまじい砂埃が舞い上がった。
一陣の風が吹き、砂埃が晴れると、彼はもう平常心を取り戻していた。
ようやく平常心を取り戻した彼は、さてどうしようかと途方にくれてしまっていた。
本来なら一週間ほどはあの町に滞在することにしていたので、こんなことになってしまい計画が破綻してしまったのだ。
これからどうしようかとうんうん唸っていると、背後からいきなり何かが襲いかかってきた。
「ゴブー!」という奇声を発しながらゴブリンが殴りかかってきた。
「何だお前か・・・」そう言って無造作に腕を振るい、いきなり襲ってきた無粋な輩を叩き割った。
「はぁ・・・少しくらいは浸らせてよ・・・」とぞろぞろとこちらににじり寄ってくる魔物たちに、ついそんな言葉をこぼしてしまった。
だがその言葉は魔物たちにすればまったくナンセンスな言葉だ。彼らに感傷などというものは無い。あるのは腹を満たすことと子孫を繁栄させる事だけなのだから。
(こいつらも大変だな~・・・)襲いくる魔物たちを次々引きちぎりながら、彼はそんなことを考えていた。