プロローグ
雨が降っている。無慈悲で無感情で、それでいて誰に対しても平等な慈悲深き雨が。
そんな雨が降りしきる地で、一人の男が俯いて佇んでいた。
彼の周辺には無数の屍と、その屍のものであろう臓物や夥しい血が、雨に打たれてひっそりと朽ち果てるときを待っていた。
雨に流され、少しずつ霞んでいく血を見て、この血の半分以上は自分の血なんだろうなと、ぼんやりとした頭でそう思った。
かぶりを振るってそんな考えを振り払って、そして曇天の空を能面のごとき満ち足りた表情とガラス玉の様な生き生きとした目を向けた。
曇天を睨み付けながら、彼はいつもの様にこう思う。
どうしていつもこうなるんだろう・・・・・・・。
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時はしばし遡る
教室に入るなり彼が目にしたのは一人の生徒の机の周りに群がり、ヤジを飛ばしたりちょっかいを出している男子生徒たち数名だった。
まわりの生徒たちを蹴散らしてやりたい衝動をどうにか堪え、彼は、石川幸男は席について本を取り出し読み始めた。
たびたび本から目を外し事の様子を確認していると、3人の生徒が話しながら入ってきた。
3人は入ってくるなり、いじめられている生徒に気が付いた。
3人は同時に机の周りにいる生徒たちのほうへ小走りで向かい、いつものように口論をはじめた。
あのいじめられている生徒が、いったいどういう経緯でいじめられることになったかは幸男は知らない。
だが、きっと大した理由ではないはずだと、幸男は思う。
虐げるものはいつだって、大した理由ではないのに弱者をいたぶり続けるのだ。その弱者が消えるまで永遠に・・・。
口論がいつものようにヒートアップしている。校庭では野球部やサッカー部員たちが汗水流して必死に朝練をしている。
この町のどこかで、誰かが絶叫しながら死んでいく声が聞こえる。
誰かがこの学校のどこかで、愛をささやきながら性行をしている音と匂いがする。
何事もなかった。何事もなく世界は回っている。何事もなく自分は虐げられず、我慢せねばならないことも沢山あるが、それでもマシな生活を過ごせている。
こんな風に人生が、ずっと続けばいいのに・・・。
彼はそう願ったが、それでも世界は無関心で、それでいて慈悲深く、やはり無慈悲な存在だった。
初めに気付いたのはやはり幸男だった。
彼は五感が、それ以上に第六巻が非常に優れていた。
何かくる。自分にとって、いや、この場にいるすべての者にとっての災厄で最低なことが。
「みんな教室から!」
飛び出せ!という言葉は、ついに他の者の耳に届くことはなかった。
教室の床が光っている。
教室内にいる生徒が口々に疑問の声を上げる。
誰もその場から動けなかった。幸男ですら動けなかったのだ。他のものはきっと指一つ動かせなかったに違いない。
その間にも光はどんどん強くなり、ついに視界をすべて覆い尽くすほどの閃光が放たれた。放たれてしまった。
閃光は教室にいるもの全てを、幸男のささやかな願いをその場に置き去りにし、連れ去った。