act-08
学園の中庭は所々にベンチが設置されている。
程よく日差しが入るように設計されている中庭には、色とりどりの花が咲き誇り、婚約者の居る生徒に人気の場所だ。
「お待たせしてしまい申し訳ありません。アルベルト様」
普段、放課後の中庭は愛を囁く生徒たちの溜まり場のような場所なのだが、今日に限って中庭にはアルベルト以外、誰も居なかった。
イヴは遠目からその景色を確認し、思わず踵を返しそうになりながらも、なんとかアルベルトの所へと向かう。
「いや。4年にもなると時間に余裕が出来るだけなのでお気にせず」
「……有難うございます」
ふわり。とアルベルトはポケットから真新しいハンカチを出すとベンチの、アルベルトが座る隣へと敷いた。
ここへどうぞ。と言うか、ここに座れ。という合図だとイヴは思った。
「失礼します」
きっと時分が立ったままではアルベルトは話し出さないだろう。
イヴは仕方がなしにアルベルトの隣へと座る。
「さて、今日ここにお呼びした理由なのですが」
アルベルトはそう口火を切ると、僅かに腰の位置をずらしイヴの方へと体を向けた。
ふわり。とアルベルトから爽やかな香りがした。
「イヴ・フェイル侯爵令嬢。私の妻になってはくれませんか?」
* * *
ぼふり。
屋敷に帰ってそのまま自室へと向かい鍵をかけてベッドに飛び込む。侍女長に見付かれば咎められるその行為も、今は誰も見ていない。
『私の妻になってはくれませんか?』
アルベルトからの突然の申し出に、イヴは驚いた。
確かに夜会ではずっとダンスに誘われていた。ドレスや髪型、アクセサリー、そのすべてを褒めてくれていた。あまり褒められたものではない短いこの髪も、よく居る藍色の瞳も。
(でも、あの人じゃない)
きっとアルベルトに憧れる令嬢であれば舞い上がるその褒め言葉も、今日の申し出も、しかしイヴの心は動かなかった。
(ああ、どうして私はここにいるの)
誰かが私の名前を呼んでいる。
いいえ。いいえ。これは私の名前ではない。
いいえ。これは私の名前よ。ほら、
(早く消えてしまいたい)