act-07
あの人とは誰のことだろう。
あの人はあの人よ。ほら、貴方の名前を呼んでいるわ。
いいえ、これは私の名前じゃない。
いいえ、いいえ。これは貴方の名前よ。
* * *
「……イヴ・フェイル侯爵令嬢、少し宜しいかな」
授業の合間の時間。次の授業の準備をしているところに、穏やかな男性の声が聞こえてきた。
顔を上げ声の主を確認すると、そこには濃い青い髪を短く切り揃えたアルベルト・ローゲンがいた。長めの前髪から覗く髪と同色の瞳は真っ直ぐにイヴを見ている。
「アルベルト・ローゲン様……」
イヴは先日の夜会の件だろうと思いながら、やはり若干の気まずさでアルベルトの視線を避けた。
アルベルト・ローゲンは、ルクレール・ローゲン伯爵家の嫡男である。ローゲン家は代々、外務のトップに君臨する歴史ある家で、現当主のルクレールの手腕は歴代随一と言われているらしい。
その嫡男であるアルベルトは現在、王立学園の4年生。
濃い青い髪と同色の切れ長の瞳、筋の通った高い鼻に、薄い唇。引き締まった体躯と長い脚。女性を魅了する見た目故に社交界では引く手あまた。将来はルクレールの跡を継ぐことが決定している有望株と言うこともあり、繋ぎを作りたい者が後を立たないらしい。
「放課後、中庭に来て頂けませんか?」
「……わかりました」
「では、また後程」
同じ侯爵でも歴史はローゲン家の方が古い。立場的にはイヴは断れる立場では無いので、素直に返事を返すとアルベルトは満足したように微笑み立ち去っていった。
「イヴさん、ローゲン様と何かあったんですか?」
アルベルトの背中を見つめながらアリシアがイヴに問う。
イヴはアルベルトの背中を一瞥したあと、アリシアを見ながら「この前の夜会でダンスを断ったの」と呟いた。
「……それはまた」
「あの人、夜会の度にダンスに誘ってくるからちょっと面倒で」
「ローゲン様にそんな事言えるのイヴさんくらいですよ」
社交界でのアルベルトの人気は計り知れない。
基本、女性からダンスを誘うことはしないので、アルベルトと踊りたい令嬢たちは彼の周りでアピールをする。しかしアルベルトはその令嬢たちをほぼ相手にしないのだ。
「……人気なのね」
「まあ私はタイプじゃないですけどね」
「アリシアも大概だと思うわ」
「そんな事無いんですが。おかしいですねー」
ふふ。と笑うアリシアにイヴは何とも言い難い表情で返した。