act-04
「本当に良いの? あんな跳ねっ返りに『ノース』の名前あげて」
「ふふっ。お前を付けたんだよ、問題ないでしょ」
真っ白な更地が続く、人界とは別の空間。
空は常に灰色の雲に覆われていて静かに雪が降り積もる。
地面は降り積もった雪で見渡す限り真っ白だ。
「なあノース。あいつは、危険だ」
「分かってるよ。だからお前が見ててやってよ。シヴァ」
ノースと呼ばれた男は、遠くに見える小さな明かりをやけに眩しそうに見つめる。シヴァはそんなノースの横顔を眺めながら、『あいつ』の事を思い出す。
ノースがある日突然連れてきた、元契約者。
銀色の長い髪と血のように紅い瞳を持つその男は、死んだ恋人を甦らせるためにノースと契約した。
「あの契約、本当なのか」
「もちろんだよ」
「……バカだな」
「でも、あの契約がある限り、あいつは無茶しないだろう?」
逝聖者と契約した人間は、『死んだのち地獄に落ちる』か『願いを叶えた直後、自ら逝聖者になる』かのどちらかで、基本、契約者は前者の地獄に落ちることを選ぶ。
当たり前だ。
せっかく願いが叶ったんだ。その瞬間、人間を辞める選択を出来るはずがない。
しかしあいつは願いが叶ったその瞬間、ノースに言った。
「俺を逝聖者にしろ」
と。
* * *
「逝聖者にも名前があるのね」
「……ああ」
イヴは椅子に掛かっていた厚手の上着を羽織ると、裸足のままゆっくりとバルコニーの方へと歩みを進める。
暖炉で暖められていた部屋は、ノースたちがバルコニーの扉を開けたことによりすっかり冷えてしまった。
「どんな願いでも叶えてくれるの?」
「もちろん」
「そう」
ノースたちからたっぷりと距離を取ったイヴは、じっとノースの瞳を見つめる。
遠目でも分かるほど真っ赤な血のように紅い瞳は思いの外澄んでいて、まるで宝石のようだと思った。銀色の長い髪は風に遊ばれている。細い細い糸のようだ。
「ただし、お前の1番大事なものを貰う」
「大事なもの?」
「ああ」
感情を映さない紅い瞳が、一瞬、悲しみの色を見せた気がした。
「大事なものと言っても、何をあげれば良いのか分からないけれど」
「それは願いに応じて俺が決める」
「……そうなの。………何でも叶えてくれると言うのなら」
イヴは言葉を区切ると、1度目を伏せる。
小さく呼吸を整えるとノースの瞳を真っ直ぐに見つめて
「私を消して欲しい」
「……死にたいのか」
「いいえ。消して欲しいの。すべての人の記憶から、そしてこの世から、私と言う存在を」
この世はつまらないわ。
だってあの人が居ないんだもの。
でも、あの人って誰?