act-29
新月の夜、今は亡き領主の屋敷、2階東端の部屋
そこにある化粧台の鏡に向かって願いを唱えよ
さすれば願いを叶えてくれるモノが顕れるであろう
昔聞いた噂話を、アルジェはその時、唐突に思い出した。
街を見下ろすように高台に建てられ、街の何処からでもその姿を見ることが出来る昔の領主の屋敷。その屋敷は曰く付きで、取り壊そうとする度に事故が起こり何時しか取り壊すことを諦めたと言う話は、この街に住んでいれば1度は聞いたことがある。
噂話だと一笑したが、今思い出したのはきっと、何か運命なのだろう。
明日はちょうど新月。
「リールの病が治るなら、俺は」
部屋で1人、窓から見える屋敷を眺めながらアルジェは小さく頷いた。
* * *
次の日の夜。
アルジェは1人、高台に建つ領主の屋敷の前にいた。
朽ちた屋敷は外観を無数の蔦が覆い、窓ガラスは全て割れ落ちている。裏口にあたる木製の扉は歪んでいるのか押しても引いてもびくともしなかった。
しかし、正面玄関にあたる大きな観音開きの扉は、少し体重をのせ押すとギィィっと音を立てながらゆっくりと開いた。
「流石にちょっと不気味だな」
室内は色んなものが散乱し、窓ガラスが無いため雨風を防げず絨毯などはどす黒く汚れている。
新月のため届かない光。手持ちの燭台は辛うじて足元を照らすのみだ。
アルジェは意を決してゆっくりと歩み出す。2階東端の部屋、その化粧台へと向かって。
* * *
「リール・アルフィート。君はアルジェとまた生きることを望むのかな」
100年前のあの日、アルジェが願ったのは「リールとまた、人生を歩みたい。いつになっても構わないからまた、愛する人と愛する時を刻みたい」
それを直ぐに叶える術は、流石に悪魔でもなかった。
死人を甦らせることは悪魔だとしても出来るかことでは無かったから。だから悪魔はリールの魂をアルジェと出会うまで他人の中で生かし、アルジェが探し出せるようにした。