act-02
ユベルト王国。
ここは豊かな自然が広がる小さな国。
歴史の古いこの国は、建国以来ずっと王政を敷いており、今の国王は第29代だ。
今の王には3人の息子と2人の娘が居るが、後継者争いは無く長男であるリニック王子が次期国王として既に国内外に発表済みだ。
2人の姫は政略結婚として隣国に嫁ぐことが決まっているが、どちらも順調に愛を育んでいると言う。
その隣国とは2,000年ほど前に戦争があったが、今では持ちつ持たれつの関係で以来、争いごとは無いという、とても恵まれた珍しい国であった。
国産物は豊かな土壌で育てた葡萄を使ったワインで、国内には沢山のワイン生産所がある。
とても平和な国。
そんな平和な国には1つ、絶対に隠し通さねばならない秘密があった。
* * *
「それは、月が出ている雪降る夜に現れる、逝聖者と呼ばれる存在」
「逝聖者?」
「ええ。そうよ」
「なんで誰にもひみつなの?」
「それはね、逝聖者が魔法を使えるから」
小さな頃、まだ母が生きていた時に聞いた逝聖者のお話。
他国には絶対に隠し通さねばいけない、我が国の唯一の秘密。
失われた魔法を使える、唯一の存在。
「まほうってお水をたくさん出せたり、雷を落とせたりするあのまほう?」
「ええ。そうよ」
昔はどの国にも魔法を使える人間が居たらしい。
らしい、と言うのは今はもうどの国にも使える人間がいないので、本当かどうか分からないのだ。
おとぎ話でしか知らないその魔法は、なんでも出来ると読んだお話に書いてあった。
「ならお母様のご病気もまほうで治せるの?」
「怪我を治すことは出来るかもしれないけど、病気は無理なんじゃないかしら」
「……ご病気、治らないの?」
「そうね」
その魔法を使える唯一の存在、それが逝聖者。
月明かりの中、雪が降る夜に現れる魔法使い。
「でも逝聖者ならお母様のご病気も治せるよね!」
何でも1つだけ願いを叶えてくれると言われている逝聖者は、しかしここ何十年と姿を見た者は居ないらしい。
「来たらお願いしてくれるかしら?」
「もちろんよ! お母様のご病気を絶対に治してあげるわ」
「ありがとう、イヴ」
確かにそう約束をした。
しかし母が生きている間に逝聖者が私の前に現れることは無かった。
なのに、何故。
なぜ、今頃現れたりするの?