act-28
「……最近流行り始めた病で、治療法はまだ」
朝、いつもの時間、いつものようにメイドが扉を3度ノックし声をかけた。
「お嬢様。おはようございます。起きていらっしゃいますか?」
いつもは暫くするとリールから返答があるのだが、その日は珍しく返答が無い。メイドはまだ寝ているのだろうかと今度は少し強めに扉を叩いた。
がしかし、やはり返答はない。
無断で部屋に入るのは憚られ、メイドはメイド長にことの仔細を伝えた。
メイドから指示を仰がれたメイド長は、少し時間をおいて再度声をかけ、返事が無ければ部屋に入るようメイドに伝えた。
そして、時間をおいてもなお、返事の無いリールの部屋に入ると
「……っ! お嬢様! お嬢様! リールお嬢様!!」
ベッドの上で、リールは血を吐いて気を失っていた。
* * *
「リール……」
綺麗にされた自室のベッドの上。
リールはいまだ目を覚まさない。
アルジェはリールの手を両手で握り混み、その顔を見つめる。
クラシカルな室内は、リールが祖母から譲り受けた年代物のテーブルや椅子、化粧棚などがある。
落ち着いたこの部屋にアルジェが入るのは、実のところ数度目だ。
モスグリーンの厚いカーテンは開けられており、レースのカーテンだけが窓に掛かっている。ベッドから離れた窓を少しだけ開けているので、外の空気がレースのカーテンをわさわさと揺らす。
「お願いだから、目を覚ましてくれっ」
ここ半年で急激に流行り始めた病は、いまだ治療法が確立されておらず、国内では死者が増えていた。
移ることは無いが、死を呼ぶ病として今や国内外で危険視されている。
「アルジェ様、ご当主がお呼びです」
「……わかった」
リールの父親に呼ばれたアルジェは、リールの額に小さく口づけをすると「誕生日おめでとう」と呟き部屋を後にした。
「アルジェ……」
リールの父親の書斎に入ると、そこにはアルジェの父親もいた。
テーブルを挟んだ2人の空気は重い。
気遣うように自身を見る2人に、アルジェは少しだけ吐き気がした。
「婚約破棄のお話なら、お受け致しかねます」
「……っ! しかし!」
先手をうち言葉を紡ぐアルジェに、リールの父親は声を上げた。
「あの子は、……リールは、治るか分からないんだ」
「それでも俺はリールと結婚したいんです。リール以外と結婚する気はありません」
お話はそれだけですか?と続けるアルジェに、アルジェの父親はゆっくりと頷くとアルジェは頭を下げリールの部屋へと戻った。