act-27
「リール」
ぽつり。
呟いた名前は、イヴの瞳から感情を消した。
『アルジェ、アルジェ……』
虚ろな瞳のイヴの口から、イヴではない声が漏れる。
それは焦がれてやまない、最愛の人の声。
「……リール、なのか」
月明かりの照らすバルコニーで、藍色の短い髪がふわりと風に揺れた。
それを冷めた眼差しで見ていたシヴァは、小さく息を吐くとスルリとイヴの隣に立つと、アルジェと呼ばれたノースに視線を向ける。
「さて、君の願いを叶えよう。アルジェ・ノース」
大仰に両手を広げたシヴァ。
その瞳は血のように赤く、鈍く輝いている。
「君が逝聖者に願った願い。リール・アルフィートとまた人生を歩みたい、だっけ。良かったね、100年頑張った甲斐があった」
* * *
アルジェ・ノース。
それが逝聖者の本当の名前である。
100年前、アルジェは身分の高い貴族だった。
婚約者であるリール・アルフィートも、同等の位を持つ貴族で、彼らは生まれてすぐに婚約者として定められた。
家同士が決めた婚約者なぞ、大概にして上手く行くことはない。
しかし、彼らは婚約者という立場なんて関係なく、愛を囁きあう間柄になった。
鈍い銀の髪と、少しくすんだ赤い瞳。すらりと高い背に、無駄なくついた筋肉。物腰の柔らかい言葉遣いと、甘い笑顔。誰もが憧れるアルジェと、ワインレッドのふわふわとした髪と銀色の瞳を持ち、色白で人形のような愛らしさのリール。
幼い頃に政略結婚の相手として結ばれた2人。しかし、とても幸せで、とても満ち足りた日々だった。
結婚式を翌年に控えたリールの15歳の誕生日までは。