act-25
イヴはこの1ヶ月、今まで出会った人たちに会う時間を作っていた。
忘れら去られるのだから、会ったところで彼らに意味は無いのだが、イヴ自身のけじめのようなものだ。
そして今日、苦手な父と同じテーブルについている。
何処かで時間が欲しいと父の秘書に言伝てを頼むと、1週間後、夕飯に帰ると返事をもらった。
母が亡くなってから仕事を増やし家に帰って来なくなった父と、最後にまともに話したのは何時だっただろうか。
「珍しいな、お前が言伝てを頼むなど」
「どうしてもお話がしたかったので」
目の前に座る父は、つい先日、説教をされた時に見ているはずなのにイヴが記憶しているより老けている。
目元のシワも、隈も、白い髪も、歳を感じる手も、昔より出たお腹も、全部、まるで知ってる父ではないようで不思議な感じがした。
「……お父様は、私のことがお嫌い、ですか」
手元の皿に視線を落とし、辛うじて聞き取れるだろう大きさの声で紡いだ言葉は驚くほどに震えていた。
カチャリ。
目の前から食器同士がぶつかる音がした。
「……お前は」
記憶よりも低い父の声が、空気を揺らす。
「お前は、ティニアが産んだ私の子だ」
「……」
「ティニアは身体が弱く、お前を産むのを医者も、私も止めた。しかしティニアはぜったいに産むと譲らなかった」
父の口から母の名前が紡がれるのが、なんだか少し変な感じがした。
「お前が産まれてから体調が芳しくないティニアを見るのが辛くて仕事を増やした。亡くしてからはお前とどう接して良いか分からなかった」
伯爵家令嬢として相応しい振る舞いを。と礼節ばかりを口にし厳しかった父と、今、目の前で言葉を選びながら話す父が重ならない。
「厳しく接することしか、私は知らなかった」
不思議な気持ちで父を見ていると、ふと、父が顔を上げ視線がかち合った。
イヴと同じ藍色の瞳が弱々しく自身を見つめる。
「……すまなかった。イヴ」
それは、もう久しく父の口から聞くことの無かった自身の名前。
「私は、お前を大切に思っている。大事な娘を、嫌いになれるはず無いだろう」
その瞬間、イヴの瞳から涙が溢れた。
* * *
後で父の秘書から聞いた話では、ジャンフィットはイヴが産まれてからは職場でやれ娘がハイハイを始めただの、娘が歩いただの、言葉を発しただのと喜び、ママという単語は直ぐに覚えたのに、全然パパと呼んでくれないと悲しんだり、中々にうるさかったらしい。
人は見えている側面だけでは無いんだなと、イヴは思った。