act-23
「1ヶ月後の満月に」
ノースはそう言って消えた。
* * *
「メルーニ男爵家のご令嬢とアトレー子爵家のご令嬢のことなんですが、」
翌日のお昼休み。
学園のテラスで昼食を摂っていると、アリシアが固い声音で呟いた。
数日前、車停めでいつも一緒になる両家の馬車が見当たらなかったので、何か知っているかアリシアに聞いていた。その時はアリシアも知らなかったようだが、どうやら情報を仕入れてくれたらしい。
食堂とは違い、1日中開放されているテラスは主に放課後お茶をするために使用されることが多い。元王城菓子職人が作るお菓子が美味しいと人気のテラスだ。
「メルーニ男爵家のご令嬢は現在、1部の記憶が無いと言う噂です。噂ですし、学年も違うので本当かは分からないですが」
そう言うと、アリシアは昼食後の特製ケーキを一口、口に運んだ。
いつもは幸せそうに頬を緩めるその表情は、今日は少し硬い。イヴは自身の目の前にある同じケーキを口に入れた。
「アトレー子爵のご令嬢は……」
ケーキを飲み込んだアリシアはその流れで紅茶を一口飲み、話を続ける。メルーニ男爵家のことを語った時より重たい口調に、イヴは首を傾げた。
そんなイヴにアリシアは紅茶を見つめたまま「イヴさんはご存知ですか? アトレー子爵のご令嬢を」と聞いてきた。
「アトレー家のご令嬢ならお茶会と夜会で何度かお会いしたわ。綺麗な金色の髪が印象的なとても可愛らしい方だったけど……」
「はい。可愛らしい顔立ちで、爵位は高くないですが夜会などでは人気でした。寵愛の対象として、」
アトレー子爵家のご令嬢の顔を思い出しながら、イヴは「まあそうなるわよね」と呟いた。
何処かの夜会で見掛けた彼女は確か、上位伯爵の嫡男から言い寄られていた。しかしその嫡男には夜会を共にする許嫁が既におり、アトレー子爵のご令嬢は第ニ婦人として寵愛対象で囲いたいと話しているのを耳にしたことがある。
「で、そんなアトレー子爵家のご令嬢は、何があったの?」
「……お顔の左半分が、爛れてしまったらしいのです」
「…………」
アリシアの、カップを持つ手が白くなっている。
下を向いているアリシアの表情は見えないが、今、きっと、とても悲しんでいる。
顔が半分爛れる。それは、どんなに辛いことだろう。
想像も出来ないその絶望感は、イヴの中に怒りを灯らせた。
(大事なものを代償に……とは言ってもいくら何でも、これは)
何の感情も映さない赤い瞳を思い出し、イヴはゆっくり息を吐き出した。