act-22
ミクルガのスパルタ教育が終わりを迎えた日の夜、イヴのもとにノースとシヴァが現れた。
「イヴ・フェイル。お前を消してやる」
初めて目の前に現れた時と同様に、バルコニーの手すりに腰を掛け足を組むノースは前置きもなにもなく、そう言った。
唐突に言われたイヴは、ノースの言葉を理解するのに暫くの時間を要した。
外は雲の無い綺麗な夜空で、雪が降る気配はない。
月が明るく街を照らしている。
「お前の願い通り、消してやる」
「……」
それはイヴが願ったこと。
しかし、叶えられるはずないとも思ったこと。
「今までお前が関わった人間の記憶からお前は消える。それが願いだろう?」
イヴが今までの人生で関わった人間の記憶から、イヴに関する記憶だけが消える。
父の中からも、
ターシャの中からも、
アリシアの中からも、
ミクルガの中からも、
学園の生徒や教師の中からも、
この街に住む人の中からも、
「私が消える」
「ああ。そして、イヴ・フェイルが消える」
望んだことは、本当にそう言うことだったのだろうか。
消えるとは、そう言うことなのだろうか。
今になって、体が震える。
「……代償は?」
口の中がカラカラで、自分でも驚くほど渇いた掠れた声が言葉を紡ぐ。
正確に聞き取れたのだろう。ノースはイヴを見下ろす視線を一層冷たくし
「イヴ・フェイルという魂の消滅」
と呟いた。
* * *
「……ノース。あいつ、1000人の願いを叶えたってさ」
「100年か。案外掛かったね」
「そりゃあ、色々条件付いてたからね」
一面真っ白な世界は、人間界とは別の空間。
空は灰色の雲が覆いつくし、絶えず雪が舞っている。
そんな世界の一角にある岩の上には、1人の男が座っていた。
真っ白な髪と真っ白な髭を蓄えたその姿は、おとぎ話のサンタクロースのようだが、髪に隠れた耳は尖り、髭に覆われた口には牙がある。
真っ赤な瞳で遠くを見つめるその男の足元には、薄紫の髪を自身の指を絡み付けながら男を見上げるシヴァがいた。
「叶えるの? 本当に」
「最初の契約がそうだったからね。違えると僕が消えちゃう」
「……それは困るな」
「でしょ?」
男は手のひらを上に向ける。雪が1つ、男の手のひらに落ちた。
「あの子の魂はどうするのさ」
「それは彼が決めることだけど、消すのかな」
「残酷だな」
「そんなもんでしょ?」
男がそう笑うと、シヴァは寂しそうに同意した。