act-21
次の日の早朝、まだ陽が登ってあまり経っていない時間帯。
早めの朝食を食べていたイヴのもとに「まだ食べているのですか!」と言う大きな声と共に、真っ白な髪を後頭部でお団子にまとめたミクルガが入ってきた。
「……おはようございます。ミクルガ様。あまり大声を出されるのは如何なものかと思います」
イヴの斜め後ろで控えていたターシャが静かに声を上げた。
「失礼。しかしまだ食べ終わっていないのは些か遅いのでは無いでしょうか?」
「申し訳ございません。もう終わりました、ミクルガ先生」
「……では15分後にお部屋に伺います」
「かしこまりました」
最後のフルーツを飲み込んだイヴは、口を拭きつつミクルガを見つめる。
じっとイヴと視線を合わせたあと、ミクルガは15分の猶予を与えた。とは言え、貴族の令嬢に15分など無いに等しい。ドレスを着替えたら終了だ。いや、着替え終わるかも怪しい。
イヴとターシャは急いで準備を進めた。
これから始まるスパルタに盛大なため息を吐きながら。
* * *
「お疲れだねえ」
その日の夜も、シヴァはイヴの前に現れた。
正直、朝晩のミクルガのスパルタ教育で身も心も1日にしてボロボロのイヴは一刻も早く眠りにつきたかった。
シヴァに付き合っている時間が勿体ないと感じるほどに。
「……と思うなら出ていってくれないかしら」
「ふむ。そっか、分かったよ。今日は帰るけど」
シヴァはベランダから外に出ようとして、クルリとイヴの方へと体を向ける。
「もうすぐだよ、イヴ」
もうすぐ、君の願いを叶えにあいつが来るよ。
もうすぐ、もうすぐだよ。
* * *
「お目付け役のくせに、すぐに何処か消えるんだな」
「お前が何をしているかはちゃあんと分かってる。それに、お前も僕が居ないほうが楽だろう」
「……それもそうだな。じじいがお前と行動しないと望みを叶えないなんて面倒なこと言うから」
「ねえ、お前は望みが叶ったらどうするの?」
「……対価通り、消えるだけだ」
それはきっと、彼女は望んでいない願いだ。
記憶を取り戻した魂が望むのはきっと、別の願い。
月明かりが消える。今日は新月だ。
星明かりだけが照らす暗い街を見下ろすノースを見詰めながら、シヴァは小さくため息を吐いた。
「ああ、人間はなんて面倒なのだろう」