act-20
「あと、少し。もう少しだ……リール」
昼食後、いそいそと部屋に戻ると鍵を掛けた。
ターシャが運んでくれた紅茶を飲みながら、秘密の部屋から持ち出した本を捲る。
一人掛けとは言い難い大きめのソファーは、濃い青のビロード生地で覆われている。高めの肘掛けに身体を預け本を読むイヴの姿は、ジャンフィットが見たら眉を寄せるだろう。
「……」
読んでいる本は古文書だった。
母が長年かけて集めた秘密の部屋の本棚には多種多様な本が並んでいる。
恋愛小説やサスペンス、絵本、歴史書、辞典や図鑑、他国の文化書、料理本、などなど。初めて足を踏み入れた時は、流石に雑多過ぎるのでは?と感じるほどだった。
「……黙って人のものを摘まもうなんて、はしたないですよ?
シヴァさま」
「……あれー? 気付いてたのか。失敗しっぱい」
本から視線を外さずに声を上げたイヴに、シヴァはクッキーを摘まもうとしていた手を止め返事を返すと、改めてクッキーを手に取り口に放り込む。
「僕たちにマナーとかは関係ないからね」
「……あなた方は食事を採るのですね」
「人間界の食べ物なんて久しぶりに食べたよ」
イヴは読み終わったページに栞を挟むと本を閉じ、シヴァへと向き直る。
明るい昼間にシヴァを見ているのが不思議で、じっと彼を見つめているとシヴァがニヤリと笑った。
「昨日の本の話」
「昨日の本?」
「逝聖者の始まりのやつ」
シヴァは真っ直ぐにイヴの目を見つめ「気になるでしょ?」と付け加える。
「君は本当の話かと聞いたよね」
「ええ」
今は秘密の部屋の、もとあった棚に戻してあるその本。赤い革張りのその装丁は、古いはずがとても綺麗だった。
「半分本当で、半分嘘、かな」
シヴァはまた1つ、クッキーを摘まむ。
「半分本当で、半分嘘?」
「そ。2000年前くらいだったかなあ、ノースと言う人間が居た。その人間が悪魔と契約した。それは本当」
「……あなたはどうしてそれを知ってるの?」
「……僕たちは長生きなんだよ。まあ信じられないならどうでも良いけど、知りたいって言ったのは君でしょ?」
立っているシヴァはイヴが知っている人間の中でも背が高く、椅子に座ったままのイヴは見上げるのが辛くなってきていた。
「で、これ知って本当にどうしたいのさ?」
小首を傾げるシヴァと同じように、シヴァの問いにイヴは首を傾げる。
「わからない。けど、知らなきゃいけない気がしたの」
漠然と、『ノース』を知らなければと思った。ただ、それだけ。